第一〇四話 無終県での歓待

 先のいくさ――右北平ゆうほくへいの戦いで驚異的な戦果を挙げた私達は田疇でんちゅうの案内で黄巾賊に攻められていた無終むしゅう県の県城けんじょうへと入城した。


 黄巾賊の魔の手から県城を救った私達は県長けんちょうや民から、かつてないほどの賛辞を受けた。


 人から褒められる度についつい頬が緩んでしまう。


 とりあえず、今日一日は無終県で歓待されることとなった。


 その日の晩。県城内の料理屋、酒屋等で義勇兵達がタダ飯を食らっている中、私は外を歩いていると、


「俺達も付いて行くぜ『黄巾殺し』様!」


「良かったら我が家の干し肉を持って行ってくださいませ!」


 通り過ぎる街の人々に話しかけられてしまう。義勇兵が増えたり、食糧が増えたりと良いこと尽くめだ。


「使いものならなくなった武器があるなら鍛冶屋の俺が打ち直してやるぜ」


「武器に関しては問題ありませんので大丈夫です。その心遣いだけでも感謝いたします」


 私は鍛冶屋の申し出を丁重に断った。


「なんでい! ぼったくろうと思ったのによ!」


 たち悪すぎだろ。


 鍛冶屋は肩をいからせて大股で去って行った。


「さてと、私もそろそろ何か食べるとしましょうか」


 私はどこで食事を摂ろうかと迷っていると、


「も、申し訳ありません!」


「うわ」


 大慌てでスライディング気味に土下座する斉周せいしゅうが目の前にやって来た。うわ、とか言ってしまった。


「あのひとなにやってるのー?」


「見てはいけません」


 子供が土下座している斉周に指差すと両目を親に覆い隠されていた。


 恥ずかしいから止めてくれ斉周。


「あ、あの顔を上げてください、とりあえず、あの料理屋に入りましょうか」


 呆れながら土下座男の肩に触れ、近くにあるこじんまりとした料理屋に彼を誘う。


 料理屋は石造りの建物で室内に入ると、奥には台所があり、左右には座敷があった。私と斉周は履物を脱いで、右側の座敷に上がった。


 適当に料理を注文したあと。


「我が君、先の戦いの前で私としたやり取りを覚えているでしょうか?」


「もちろん覚えてますよ」


 斉周は最初に退却してくることを進言していたが私は兵法書『孫子』に書いてあること引き合いに出して、黄巾賊を撃退しにいくことに納得してもらっていた。


「最初は我が君がとる軍事行動には半信半疑でしたが見事な成果を挙げてくれました。感服いたします、私が浅はかでした」


 卓に両手をついて頭を下げる斉周。それに対して私は首を横に振る。


「無理もありません、少々、無茶な作戦でしたから」


 それに今の斉周は実戦経験が少ない。知識に捉われて臨機応変に戦術を模索し、選択することが難しいのかもしれない。正直、私もその辺のことが上手く出来ているかは怪しい。


「それにしても、よく『孫子』に書いてある二文の言葉だけで軍事行動に納得してくれましたね」


 私は斉周に『孫子』の行軍こうぐん篇に書いてある『兵の数が多ければ多いほどよいというものではない』という言葉と虚実きょじつ篇の『敵に兵力が多くても、戦えないようにしてしまえばよい』という言葉を言ったことを思い出す。


「察しはつきましたよ。我が君は行軍篇の言葉を証明すれば自ずと虚実篇の言葉が実践できるとおっしゃっていましたね」


「ええ」


 私は頷く。


「私達の軍勢は敵の三分の一でした。そこで我が君が最初にとった行動は陣形を組まないことで素早く敵の近くまで迫るということです。そして敵の目前に到達した私達は単純明快な細長い陣形を組み、対して敵は陣形をまともに組めず前列に弓兵を置くので精一杯だった。これは兵の数が少ないことで私達は素早く陣形を組むことができ、相手は兵の数が多いせいで急に現れた私達に対して陣形を組めなかったことが起因です!」


 と、言い切ると斉周を大仰に腕を広げながら立ち上がる。私に羨望の眼差しを送っていた。


「まさに『孫子』に書いてある通り、兵の数が多ければよいものではないということを証明し、敵の兵力が多くても戦えないようにすることを実践しています。まさに天才です」


「…………」


 私は何も言わず腕を組んだうえで、右手で口元を覆い隠す。頬が緩んでしまう。


 天才ときたか、うへへ。


「私なんてまだまだですよ」


「おお」


 謙遜するフリをしている私に驚嘆の声を上げる斉周。


 滅茶苦茶、気分が良い!

 

 私は手の下で思いっきりニヤケていた。


 そのとき、私は料理屋の店主が横で立ち尽くしていることに気付く。困惑した顔をしていた。


「あ、あの……注文された家鴨あひるのあつもの(吸い物)持ってきたんですけど……置いていいでしょうか」


「「あ、はい」」


 私は腕を組むのをやめて、斉周はスッと座った。

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