第四話 賊と共に天下統一なんて嫌に決まっている
私と
十里離れた場所に来たと判断できたのは、寺院に入る前、近くに
程全は手足を縛れられて、床に転がっていた。ちなみに私は何故か縛られていなかった。自ら馬に飛びついて、賊に着いていって寺院に入ったので賊からは「なんだこいつは……」と呟かれた。
程全は、転がりながら喚いていた。
「解放しろ! すぐに! くそ! くそ!」
「うるせぇガキだな、痛めつけてやろうか」
「死なすなよ、へっへ」
賊が程全を素手で殴ろうとしている! と、止めなければ!
「ちょっと待ってください!」
私は叫んだ。すると寺院に居る賊が私に注目をする。
「なんだこのガキは?」
「勝手に馬のケツにしがみついて、着いて来やがったんだよ」
「金にならないガキはいらねぇんだよ、帰れ帰れ」
帰るわけにはいかない、その子から俺の人脈づくりライフが始まるのだ! と思っていたが、さすがに目の前で痛めつけられようとしている子供を見逃せなかった。まぁ、今の私も子供なんだが。
「あなた達、その子をどうするつもりなんですか?」
「あ? 金と食いもんに変えるんだよ」
なるほど金銭と食料目的の誘拐か。と思った矢先、
「それだけじゃないだろうがよ。てめぇら目的分かってんのか」
寺院の奥から男が一人出てきた。屈強な肉体で明らかに他の賊と格が違って見えた。おそらく、賊の頭領だろう。
「貰うもん貰った上でこいつら
「すいません! そうでしたそうでした!」
やはり、賊の頭領だ。他の賊の腰が低い。というか聞き捨てならない言葉が聞こえた。程親子を殺す? つまり雍奴県の県長と程全を殺すという事に違いない! それはまずい!
程全は賊の頭領を見て目を見開いていた。
「お前は! 父さんの部下の!」
「よく覚えてたな、てめぇの親父には免職されてな、おかげで賊になっちまったんだよ」
「お前が父さんに漢王室の役人へ賄賂を渡すように勧めたからだろうが! この逆賊が!」
「相変わらず、うるせぇガキだな。大人の怖さを俺が直々に教えてやるよ」
賊の頭領が程全殴りかかろうとしていたので私はつい勢いで「その子を殴る前に話を聞いてください!」と言った。
賊の頭領は私に反応した。
「大体、てめぇは誰なんだよ! おい、こいつも縛っとけ!」
「わ、私は田豫と申します。それと縛るのはやめてください、あ、あの私は、その、程親子を策略で亡き者にする事ができます!」
私は相手の気を引く為にとんでもない事を言った。私の悪魔的発言に程全は憤慨する。
「なに言ってんだ! 見損なったぞ、命欲しさに裏切るのか! お前は天才児なんかじゃない、ただの屑だ!」
賊達は喚く程全の口を塞ぐために縄を掛けている。
「ガキは黙ってろ!」
「んー、
私は屑扱いされたので軽く泣きそうにだった。君を助ける為だ! 許してくれ。でも……きっと助けた暁にはきっと褒美を貰えたり、助けた事がきっかけで役人に注目されて、そのまま功績を重ねれば将来、官位に推薦してもらえるかもしれない。ぐへへ。おっといかんいかん。つい欲が出てしまった。そう簡単、官位なんて貰えるわけないのに。
賊の頭領は胡坐をかいて私を見る。
「策を話せ。にしてもガキの癖に根っからの悪人だな」
食いついた! ってか誰が悪人だ!
横目で程全を見ると私を親の仇を見る様な目で睨んでいた。彼が本気で怒っているからこそ、賊は私の言葉に真実味を感じるはずだ。敵を騙すには味方からと『孫子の兵法書』にも書いてあった。謀らずとも今はそんな状況になっている。『孫子の兵法書』というのは、紀元前五百年頃に中国で生まれた兵法書だ。その兵法書は日本の戦国時代にも用いられ、二十一世紀の有名経営者までも愛読していた知る人ぞ知る書物でもある。
私は咳払いをした。弁舌力が試される場面だ。いざ、尋常に勝負!
「まず『孫子の兵法書』に
「なんだと、てめぇ兵法を知ってるのか」
「私はまだ若輩ものですが
「なにぃ!」
賊の頭領だけではなく他の賊も驚く。無理もないこの時代は本当に識字率が低いのだから。その上、六歳の子供が兵法を会得しているような口ぶりに肝を抜かれているのだろう。もっとも私はこの時代で『孫子の兵法書』を読んでいない。前世で『孫子の兵法書』について触れた事があったからである。と言っても全ての内容を知っているわけではないし、それ以前にほとんど覚えていない。いずれは読むつもりではあるが。
賊の頭領は言う。
「おもしれぇ、で、どう倣おうってんだ?」
「かの書物には『城攻めは下策』と書かれています」
「どういう事だ?」
「つまり、敵が有利な地形で戦おうとするのは愚者のやる事という意味です。私達は、県の守備兵より人数が圧倒的に少ないでしょう。ならば平野で戦うのは愚策、敵をここにおびき寄せるのです」
「待て待て、なんで戦う事になってんだ?」
「程全が攫われた時、近くに彼の取り巻きが居たので町では程全が攫われたという話は伝わっています。賄賂を贈らない清廉潔白な人物ならば、必ず息子を探しに来ます。手遅れになる前に先手を打たなければなりません」
「お……おお、そうだな」
私は持ち得る知識と推測で賊の頭領相手に捲くし立てた。というかこの人は元役人なのだろう、私の様な子供の言葉に圧倒されている意味が分からないぞ。読み書きが出来そうにも見えない。いや人を見た目で判断したらいけないんだけど。もしかしたら異民族出身なのかもしれない。
とにかく今は、このまま一気に畳みかける!
「近くにある亭の役人に程全がここに捕らわれている事を矢文とかで伝えましょう。文書には、あなた方の目的である金銭と食料を持ってくる事と、県長がここに来る事を条件として程全を開放する旨を伝えます」
「ここに来させるだけか?」
「いいえ、程全はここで逃げられない様にどこかにきつく縛り付けましょう。そして私達はこの寺院から離れて、県長達が来るのを待つのです」
「あ? そんな事したら人質が取られるだろうが!」
「遠くから県長が来るのを確認出来たら、行動するのです」
「行動?」
「ええ、幸いここは朽ちていて風が通りやすくなってます。その上、木は乾いています。遠方から火攻めをするのですよ」
私はニヤッと笑った。とんでもなく恐ろしい事を言ってるのは自覚している。子供離れした発想に賊達の顔が引きつっていた。ってかあれ? そんなにビビる事? この時代はもっと残虐非道な行為があちこちで行われているんはずなんだが。いや、私がまだ子供だからか。
賊達は騒めく。
「ガキの癖にこいつ俺ら以上に終わってるな」
「碌な男にならねぇぞ」
「むしろここで消した方が世の中の為だ」
あなた方がそれを言うな、と言いたいのをぐっと堪えた。
「田豫と言ったな……」
賊の頭領は恐ろしい者を見る目で尋ねた。
「はい」
「火攻めをした後はどうするんだ」
「火攻めをしたら相手は程全の救援に向かうでしょう。相手が寺院に入っていった所を後方から攻めるのです!」
「……上手くいけば寺院どころじゃねぇ……雍奴県を落とせるかも知れねぇぞ!」
「いかかでしょう、私をあなた達の仲間に加えてください」
「いいだろ! 田豫! 俺達で旗揚げだ!」
ああ! ここから私達の天下統一事業が始まるんだ! ってなるか‼ いかんいかん! ついつい盛り上がってしまった。
頭領は場を締めようとしていた。
「てめぇらやるぞ!」
「「「おー!」」」
滅茶苦茶盛り上がっている。そして程全は「
とりあえず場を凌いだはずだ。後は隙を見て程全と逃げるだけだ!
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