第八七話 物騒な異名だ

 劉備りゅうびが率いる義勇兵の参謀役として私の代わりに簡雍かんよう孫乾そんけんがあてがわれているが、少々、不安ではあった。


 彼らは内政や外交面において頭角を現す優秀な人物ではあるが、軍略面となると話はまた別だ。


 案外、問題ないかもしれないが、そもそも、彼らはまだ二〇歳で戦闘経験が不足しているはず。


 一四歳の私が何を言ってるんだと思われるかもしれないが、不安であることには変わりない。


 そのことを劉備に告げると、


「参謀として優秀かは分からぬが、黄巾賊を相手にするにあたってうってつけの人物ならいる」


 うまい話をされた。


「反乱が起こってからまだ四日目なのに黄巾賊専門家みたいな人がいるんですか?」


 私は半信半疑だったが、劉備にその人のところまで案内してもらった。


 ――――私達は魚陽ぎょようの県城から南へと向う。


 そして、夕方。


「着いたぞ」


「想像以上に遠かったんですけど……」


 私達は馬に乗って、約五〇里(二〇キロ)移動していた。


「のんびりと移動してたから、日が暮れそうだ」


 劉備はあっけらかんとしていた。


「ヒヒーン!」


 馬から下りると、愛馬の『白来はくらい』は突然、いななく。


「突然、働かせられたので疲れたのであろうな」


 劉備は『白来』の首筋を撫でる。


劉殿りゅうどののせいですけどね」


 私は疲れを含ませた声色を出した。


 県城から二〇キロ南にはきょうがあった。郷というのは集落の集合体で、県城程ではないがちょっとした町でもある。そのため、有象無象にある集落と違い、県城と同じく漢王朝が管理している。


 馬を連れながら町を歩いていると昨日今日、顔を見なかった面子がいた。


「へっへ! 俺様に敵うやつはいねえのかあ⁉」


 地べたに座っている張飛ちょうひが卓の上で腕相撲していた。


 その横で簡雍かんようが、


「この男に腕相撲で勝ったら、銅銭を五〇〇銭! 参加料は五銭だよ」


 張飛を利用して商売を始めてた。


 私は二人を見なかったフリをし、劉備に付いて行った。


 しばらく歩き、劉備がとある建物の前で立ち止まる。


獄舎ごくしゃですよねこれ」


「その通り」


 犯罪者が収容される木造建築物があった。


「先日、魚陽を攻めてきた連中の一部がここにいる」


「つまり、収容されているのは黄巾賊ですか。てっきり捕まった者はすぐに処断されるかと思いましたが……このご時世、一々、犯罪者を収容してたら獄舎が足りなくなりますからね」


 私が自分の考えを述べていると、官軍の兵が檻車かんしゃ(護送車)を引いて来る。


 そして護送車は私達の前で止まる。その中には髭を生やした中年男性がいた。


 私が檻車の中にいる男について説明を求めようとすると劉備が独りでに説明してくれる。


「この男の名は黄龍こうりゅう、そなたが張白騎ちょうはくきを討ち取ったことで黄巾賊は瓦解しそうになったがこの男がまとめたらしい。小方しょうほうである張白騎を支える小方補佐しょうほうほさという役職というわけだ」


 あのときは見事に黄巾賊の士気を落としたかと思ったが、すぐに攻撃に転じたので少しはできる指揮官がいるなとは思ったが、この男だったか。


「この男を参謀の一人にするつもりですか」


「一応な。ただ、参謀として頼りにしているわけではない。黄巾賊について詳しいはずだろうから、この男の情報を元に簡雍らに作戦を立ててもらおうと思っている」


「偽の情報を掴まされたらどうするんですか?」


「今や黄巾賊と繋がりを絶たれたこやつがそんなことをして得はないだろう。それに大丈夫だ。そこまで太平道に傾倒している信者ではない」


 劉備がそう言うのなら大丈夫なんだろう。


「劉備とやら、よく俺の前に上司を殺した人物を連れてこれるな……」


 黄龍は尻すぼみに喋る。


「一時的かもしれぬが、そなたはこれから義勇兵に加わる。どのみち、田豫とは顔を合わすことになるだろう。それとも仇でも取るつもりか?」


 劉備は黄龍に尋ねる。


「いんや、その気はない。俺は住む家を失って流浪してたまたま太平道の連中が救ってくれたから付いて行っただけだ。能力を買われて小方補佐の任に当たってたに過ぎない」


 黄龍は淡々と喋る。さっきは劉備に呆れてただけで、私に対しての敵意は感じないので本当のことを言っているのかもしれない。


 太平道に恩はあれど、恩に報いる気もないということか? そういう性格の人間なんだろうか?


「お前、役人どもからなんて呼ばれているか知っているか?」


 黄龍は劉備から私に視線を移す。


「魚陽を救った英雄とか、時代の風雲児とか、ですかね」


 私は目を瞑り、嬉しそうに語る。


「『黄巾殺し』、それがお前の異名だ」


「怖すぎだろ」


 取り繕わず、眉間にしわを寄せて突っ込む。


 なんて嫌な異名なんだ。かっこよくないぞ。


「七〇〇〇人の賊の前で小方を騙し討ちし、啖呵を切った。しかも、一四歳のガキがだ。これが脅威と呼ばすにはいられないだろう。普通であれば畏怖する、となれば『黄巾殺し』という異名が付くのも無理もないだろう」


 むむむ、確かに。人の畏怖の念から生まれた異名という感じはする。


 これで役人達が私の顔を見るとサッと顔を反らしてた理由が分かった。単純に恐れていたのか。


「劉殿、黄龍は捕まっている状態なんですけど、もうすでに役人と取引をして外に連れ出せるということですか?」


「その点は抜かりない、簡雍がここに滞在してくれててな、夜な夜な、獄史ごくしと飲みに行っている。それで獄史と仲良くなって、囚人を連れ出せるように手を回してもらっている」


 獄史というのは牢獄の管理に携わる役人のことである。なんで二〇キロ離れた場所に簡雍がいるんだと思ったら交渉をしていたのか。てっきり遊んでるだけかと思った。


「でも、仲良くなっただけで囚人を連れ出せるなんておかしいですけどね」


「簡雍は詳しくは話さないが問題ないと言っていた」


 詳しく話さない時点でおかしいよ。絶対なんかしたよあいつ。


 でもさすがの交渉術だ。あとで簡雍に交渉のコツでも聞きに行くか。

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