第八六話 お互い準備は整った
竹簡に記されている人の名前を凝視していたら、
「むっ……まさか、何か不備があるのか」
「不備というよりかは中々、優秀そうな人物を集めているなと思いました」
「ふっ、そうであろうそうであろう」
劉備は満足そうに二回頷く。
優秀そうというか、歴史に名を残している優秀な人物達の名前が記されていた。
・遊撃部隊・隊長:
・兵站部隊・隊長:
・参謀:●●(塗りつぶされている)、
劉徳然は劉備の従兄弟だ。いてもおかしくはない。それに重要な兵站部隊(後方支援の部隊)を信頼のおける従兄弟に任せるのは理にかなっていると思う。
問題は趙雲と孫乾の二人だ。前者は知勇兼備の名将となり、後者は優秀な外交官となる男だ。本来の歴史でも、この二人は劉備の陣営に加わるが、いくらなんでも早過ぎる。一〇年は早い気がする。
そもそも趙雲も孫乾もここ
「この趙雲と孫乾という人はどこで知り合ったんですか?」
「趙雲とは
「冀州と青州⁉ そんなとこまで行ってたんですね」
私は驚きを口にする。
今、劉備が口走った二つの州は、確かに二人の出身地だ。でも何しに行ってたんだろうか。
劉備はその場から歩き、寝台へと腰掛け、組んだ両手を口に当てて考え込む仕草をしたあと、喋り始める。
「余は
「……知ってます」
「書物に囲まれている部屋では眠たくなるのが余だった」
「知ってます」
とりあえず、相槌を打った。
「出会ったばかりの頃、一旗揚げてみたいと言ったことを覚えておるか?」
「覚えてますよ。私から『私塾を卒業したあとに何をするつもりですか?』と、聞きましたし」
「余や周囲の人間がいつ悲惨な目に遭うか分からぬ世では力が無ければ生きていけぬ。だから力が欲しかった。しかし、正直、何をどうすればいいのか分からなかった。うだつが上がらない日々を送っていた」
そう言って、劉備は立ち上がる。
「しかし、そんなときに現れたのは、そなた……田豫だ」
劉備は目を輝かせて私の方を向く。
「この世を這い上がるための術を身に着けようとし、常に先見の明を持っていた。そなたから聞く話はまるで未来を知っているかのようだった」
ある程度は知ってるからね。今となってはもう先が読めない状況だけど。
「極めつけは一年前に話してくれた太平道の話だ。その反乱が起こるのが事実であれば、旗揚げをする大義もあり、民も救い、功を上げつづければ立身出世も夢ではないと思った。初めて余は将来の展望が見えた、理想とする自分になれる道が見えた」
「だから挙兵に力を入れて、遠い場所にいる優秀な人材を探しに行ったのですか?」
「そなたの話しでは南の冀州に黄巾賊の本拠地があると聞いたのでな、太平道がどういう連中かを知るために冀州へと行った。そのときに趙雲と出会った」
「孫乾とは?」
「青州の私塾で出会った」
「え、また学校に通ってたんですか?」
少々、呆れながら尋ねる。
「そなたのおかげで兵法に通ずることができてな。兵法の中には政治的な話も多いと気付いたのだ。そこで余達の師である
鄭先生――姓名は
「色々と合点しましたが、最初から勉強しとけよって話ですけどね」
「ふっ、はっはっはっ、それはごもっともだ。今まで真面目に勉強しても将来の見通しが見えなかったのでな、しかし田豫が挙兵を勧めてくれたおかげで活力が湧いてきたのだよ」
笑いながら劉備は理由を語る。要は黄巾の乱で旗揚げするという目標ができて、やる気が湧いたのだろう。
実際、劉備は若いうちに勉強しなかったことを後悔しており、死の間際、息子の
だがこの段階で学ぶ意欲が湧いてきた劉備はもはや、私の知っている劉備とはひと味もふた味も違う人物になるだろう。この時点で義勇兵に法に基づく統制を強いているのでかなり勉強をしてきたのだろう。
「とりあえず、
「その通りだ」
「完璧な挙兵ですよ。感服いたします」
「それはお互い様だろ。いや、郡を丸ごと手足にした田豫に余は及ばないのかもしれぬな」
ニヤリと笑う劉備。
「私はこれからですよ兵を集めるために故郷に戻ります。成果はそこで判断してください」
私は顔を反らし、ニヤケ面を隠しながら謙遜する。
「出立はいつにする」
「明後日でいいでしょうか」
「分かった、予定通り途中の県までは同行しよう。吉報を待っておる」
「ええ、待っててください」
私は力強く返事をした。
そのあと、竹簡の塗りつぶされている箇所について聞いたが、私の名前が記されていたらしい。私が義勇兵の別動隊を率いるため、塗りつぶしたらしい。
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