第八五話 思ったよりやりおるわい

 杏家あんけの財産を使って周辺の集落に食料と金銭をばら撒いて名を広めたあと、劉備りゅうびと私は県城けんじょうへと向かう。


 魚陽ぎょよう県の県城内に入ると劉備が良く分からないことを言い出す。


「そなたがいつも乗っている、白くて四足歩行の生き物は元気か?」


「それって『白来はくらい』のことですよね」


 彼は愛馬の調子を遠回しに尋ねていた。


「そうだ」


「素直に馬って言えよ」


「ははっ」


 私の突っ込みに笑う劉備。


 私達は他愛無い話をしていた。


「今は高家こうけの屋敷に預けてますよ。あそこなら何不自由なく過ごせると思うので」


 きっと高家は私の馬だからという理由で丁重に扱ってくれるはずだ。


 さて、そろそろ今後の行動について話し合うか。


劉殿りゅうどの、そろそろ昨日の話しの続きを」


 私は昨日、激辛ロシアンルーレットの後にした話を再開させようとする。


「分かっている、忘れておらぬさ」


 劉備は表情を変えて、真剣な面持ちをしていた。


 それから、宿舎へと赴き、劉備が泊っている部屋に着く。今日は私達以外に誰もいないようだ。


 部屋に着くなり、劉備は寝台に近づき、枕の下から竹簡を取り出し、


「これを読むんだ」


 私に向かって投げてきたので、パシッと右手で竹簡を受け取る。


「これは?」


「余が率いる義勇兵の組織構成を記した」


「もう書き終わってたんですね。てっきり、延ばしに延ばして出立する日まで書かないかと思いましたよ」


 劉備は私が頼んだことを終わらしていた。


「余が仕事をサボる人間とでも思ったか?」


私塾しじゅくの授業サボってたのに何言ってんですか」


 私は痛いところ突いてやった。


「田豫、人は時が立てば変わるであろう。つまり、そういうことだ」


 劉備は背を向け、後ろ手を組んで窓から外を見ていた。


 どういうことかは分からないが、少しは真面目になったと解釈しよう。


 義勇兵らは突然、初戦を迎えたばかりで組織としては浮足立っていたと劉備が言っていた。それでもいくさで戦果を挙げることができたのは劉備の統率力の高さのおかげだろう。


 そして、私は組織としての力をより高めるために、明確に役割分担と各兵をまとめる将を定めることを提案したのであった。 


 私は竹簡を広げて目を通す。


 指揮官:劉備

 前衛部隊・隊長:関羽かんう

 斥候部隊・隊長:張飛ちょうひ


 まず、最初に目に入ったのは知っている名前だ。


「妥当ですね」


「そうであろう。雲長うんちょう翼徳よくとくの強みは攻めだ。それを生かさない手はなかろう」


「でも、張飛と部下の関係性は大丈夫なんでしょうか」


 今の時点での懸念点を挙げる。部下に暴力を働いて部隊が瓦解してしまうのではないかと思った。張飛は優秀だ。機転も利く、何より万夫不当の強さを誇る。今はまだ肉体的には全盛期ではないが、彼に敵う者は早々いないだろう。


 しかし、パワハラ野郎だ。私の前ではあまり、その気質は出さないが、部下に暴力を働いて、恨まれて死ねば元も子もない。


「仲間同士で争った者や一方的に乱暴を働いた者には百叩きの刑を実行すると全員に通達し、乱暴を隠蔽した者には百叩きの刑を受けてもらった上で追放する」


「ほう」


 私は唸る。


 相変わらず、古代の刑は人権が考慮されてないと思ったが、私が唸ったのは劉備が政治的なやり方で兵を統制しようとしていたからだ。


 窓の外を見ていた劉備は振り向く。


「翼徳には部隊を率いる者として成長してもらいたい。今後のことも見据えて、様々な役割を求める部隊に組み込んだというわけだ」


 この前、関羽の強情さを指摘していたことといい、劉備は義兄弟としてだけではなく組織の長として二人の欠点を直そうとしている。


 劉備はこの時点で従来の歴史より、戦闘経験が多く、兵法に通じている。それは私と共に公孫瓚こうそんさんの下で一兵卒として異民族討伐のために出陣したことや早い段階で戦術、戦略を学ぶように促したおかげでもある。


 しかし、政治的なやり方で義勇兵の統制を取るとは思っていなかった。


 私は劉備に関心しつつ再び竹簡に目を通すと驚くべき人物達が義勇兵にいることが分かった。

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