第一二五話 跳ねる心臓

 私は兵を率いて再び賊達と正面衝突した。


 交戦している賊の刀に思いっきり得物を打ち込むと、


「はあああっ!」


「うがっ!?」


 賊は力負けして、自身の刀が顔にめりこんで倒れていた。


 さらに私は後ろ向きのまま、背後から剣を振り下ろそうとしてきた賊の腹部に愛刀を刺す。


「これで二〇人目!」


「「ぬおおお!」」


 私の言葉に兵達は盛り上がり、勇猛果敢に攻めた。


 どんどん相手は数を減らして私達は敵陣の奥深くまで進もうとするが――


「待て」


 ――違和感を感じた。程全ていぜん田疇でんちゅうが負けた相手だぞ、こうも簡単に突破できてしまうのはおかしい。


 まずい気がする。


「皆、下がってください!」


「え?」


「なんで?」


「おいおい、今俺達良い感じなんだよ!」


 私の指示に反発してきた。


「死にたくなかったら下がれ! 私は下がるぞ!」


 少々、乱暴に命令をしながら思いっきり私は敵に背を見せて退却した。さすがの兵達も指揮官がハッキリと逃げ出すところを目の当たりにすると付いてくる。


 賊達は呆気に取られながら私達を見送る。


 やはり、何もしてこない!


「ここで止まってください! 陣形を整えます!」


 敵と半里(二〇〇メートル)ほど距離を空けてから私は指示をする。


「一体どうしたっていうんですか」


「何かあったんですか?」


 兵達は不思議そうな顔をしていた。


「今俺達良い感じなんだよ!」


 誰か知らないがこいつずっと同じことばっか言ってるな。


「罠を仕掛けられていたんですよ」


「え?」


 戸惑う兵達。


「追いかけてこないのが良い証拠です。私達がやった逆包囲を仕掛けられていたんですよ。あのまま攻めていれば全滅する可能性だってありました」


 私の周りにいる兵は青ざめていた。


 全滅は言い過ぎたが、脅すぐらいが気を引き締めてくれるだろう。


「……っ!」


 離れた場所にいる敵を見ると二人の男が前に出ていた。

 

 雰囲気で分かる。普通の賊じゃないぞあいつら。


「あ、あいつです! 程全の兵達を打ち破ったのは!」


 兵士の一人が二人の男のうち口髭を蓄えて兜と鎧を纏った男を指差す。


 三〇代半ばぐらいだろうか……戦い慣れしてそうな雰囲気はあるな。


 さらに他の兵が口を出す。さきほど頭から血を流しながら報告してくれた男だ。


「口髭の隣にいる男が尋常じゃなく強い男です! 田疇はあいつにやれらしまた」


「あれが……若いですね」


 見た感じ二十歳前後の好青年。青い頭巾を被っているのが特徴的だ。前開きの白いほうを着ており、鉄板の薄い鎧を着ているのが見えた。また右手には鉄製の大斧を持っており、柄も鉄で出来ているので重そうだった。


 ――――ドクン。


 心臓が跳ねた。


 距離は離れているが青い頭巾の男と目が合うと嫌な予感がよぎった。


 青頭巾の男が私より遙かに強いと感じてしまった。


「敵が突っ込んできます!」


 賊達は前に立った男二人に付いて走ってきたので見たままのことを周囲に言った。


 慌てる兵士を横目に私は即座に背負っている弓を手に取り、兵達の前に出る。


「田隊長!?」


「好機です。あの二人を同時に撃ちます! 私の後ろで待機してください!」


 腰の矢筒から矢を二本手に取り、横に構えた弓矢につがえる。


 前方にいる男二人は瞠目した、その瞬間に、


「制限解除、筋力の出力二倍に」


 筋力の出力を上げて矢を放った。


 水平に飛んでいく矢は男二人目掛けて飛んでいく!


「っ! ぐおっ!」


「ふんっ!」


 口髭の男の太ももに矢は突き刺さるが、


「見切られた……!」


 なんと、青い頭巾の男は体を半身にすることであっさり避けてしまった。


 だが今ので賊の進軍は止まった。


 すると、口髭の男が大口を開ける。


「ぐおおおおお! こんなのものお!」


「っ⁉」


 なんと男は太ももに刺さった矢を抜いた。胆力のある奴だ。


「はぁはぁ 俺は無事だお前ら!」


 口髭の男は健在さを味方に主張するが、


「うっ!」


 膝を突いてしゃがんでいた。


「あの少年が指揮官に違いない……はっ!」


 青頭巾の男は尋常じゃない速さで斧を構えて突っ込んできた。まるで弾丸のようだった。

 

 単身でくるとは。だがもし私を討つことができれば、味方は総崩れする。


「――ここで決めないとな」


 筋力の出力を三倍する。


 一〇秒以上も立てば相手は目の前に迫ってくる。


 だが、さきほどのように矢を避けることは難しい距離でもある。おまけに三倍の筋力で放つ矢は回避不可避!


 私は全力で矢を放った。


 カーンッ!


 鳴り響く金属音。 


「馬鹿なっ!」


 私は泡を食ったように驚く。


 青い頭巾の男は斧の刃を体の前に構えて矢を防いでいた。


「貴殿の矢は目視することは困難だが軌道は読めてた。回避されないように俺の体の中心点を狙ったな」


「こいつ……!」


 もはや青い頭巾の男は二、三歩の距離まで迫っていた。

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