第一三四話 気合の入った劇

 いつまでも付いて来る私達を不思議そうな顔で見ている左豊さほうだったが、


「では最後に握手をしませんか?」


「ま……まあいいが」


 気乗りしない左豊は近づく私と握手を交わす。その間、簡雍かんよう夏舎かしゃは竹製の水筒の中に入ったものを口に含む。ちなみに中に入っているのは飲み物ではない。


「さすが左豊殿! 人気者だ」


「いやあ、人望ありますな」


 他の役人は左豊を持ち上げる。


「ふはは。そうだろう」


 さっきまでノリ気じゃなかった左豊は調子の良いことを言い出した。だが僥倖ぎょうこうだ。簡雍も左豊と気兼ねなく握手できる状況になった。


 簡雍は私と左豊の間に割り込むように片手をチョンチョンと動かす。


 満面の笑みの簡雍だ。こんな顔は見たことは無い。彼は握手を求めるように腕を差し出していた。


 左豊が簡雍と握手した、その瞬間、


「うっ!」


「!?」


 簡雍は顔をしかめ、吐きそうな顔をした。目の前にいる左豊はギョッとした表情になる。


「うっ……うげえええええ」


「ど、どひゃあああああ!」


 簡雍は口から赤い液体を吐出し、それを左豊の腕にぶっかけた。一方、左豊は素っ頓狂な声を上げて腰を抜かしていた。


 誰も腕にかけろとは言ってないが、まあそれは良しとしよう。


「な、なんだ⁉」


「血を吐きおったぞ!」


 周りにいた役人達も驚き戸惑っていた。

 

 さらに簡雍は倒れて白目を剥いてピクピクと動いていた。


 迫真の演技だ。


「こ、こいつは一体どうしたんだ⁉」


 左豊は簡雍に指を差して、視線をこちらに向けてくる。


「分かりません、先程まで元気だったのですが――」


「――おえっ!」


 今度は背後にいた夏舎が吐血し倒れる。


 ちなみに簡雍と夏舎が吐いた血は牛の血だ。この前、左豊らの酒盛りに混じったさいに牛の背肉焼きが出てきたので牛の血に目に付け、亭で働く料理人から買ったのだ。この国では血も食べ物となり、さらに牛の血は動物の血の中でも比較的赤いので吐血に見せかけられると思い使用したのだ。


「ひぃ! 疫病でも流行っているのか!」


 左豊の言葉で朝廷の使者達は急いで馬車に駆け込もうとするが。


「これはきっと左豊様が……中郎将に邪なことをしようと……心が残った故の……天罰では……!」


 夏舎は顔を上げて適当なことを言うと、役人達は足を止める。


「な、なんだと⁉」


 左豊は戸惑っていると仲間の役人達にどういうことか尋ねられる。


「き、昨日、そこで倒れている夏舎という者に星占いをしてもらったところ『洛陽に着くまでに盧中郎将に対して邪なことをしようとする心を持っていれば災いが自分自身とその周囲に降りかかるでしょう」と言われてな……」


「「「なっ」」」


 青ざめた顔の左豊は仲間達の顔を見上げる、彼らは皆、顔を引きらせていた。


 そのとき、


「おいおいお前ら! いい身なりしてんな!」


「金目の物を渡してくれよ!」


 前方から黄色の頭巾を頭に巻いて黄巾賊に扮した程全ていぜん閻柔えんじゅうがやってきた。夏舎を呼びに陣に戻った際、戦場から帰ってきた彼らに無理言って賊となって左豊らを脅かすように言ってもらったのだ。田疇でんちゅうも誘ったのだが。


『確かにその役人のことは気になるが程全と閻柔が行けば十分だろ。自分で言うのもなんだが、この戦時下に貴重な戦力をこれ以上減らすわけにはいかないだろ。というか程全か閻柔一人でいいだろ』


 ごもっともなことを言われてしまった。


「ここは私にお任せください!」


 私は役人達の前に出る。役人は「おお」と歓喜の声を上げる。


「俺に勝てるかな」


「へへ……」


 程全は太刀を突き出し、閻柔は槍の穂先をこちらに向けてぐるぐると円を描いていた。


「「覚悟しろ『黄巾殺し!」」


 二人はノリノリである。


「さてと……」


 私は愛刀『水龍刀すいりゅうとう』を抜刀する。


 双方、刃の付いた得物を扱ってるだけあって気は抜けない。怪我をしないようにしつつ善戦することで役人達には私の強さを見せつけつつ、程全と閻柔の二人組はさらに強いという状況を作ることが大事だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る