第四〇話 公孫氏との邂逅

「それがしは公孫越こうそんえつだ。噂で聞いたことないか?」


 私を助けてくれた男は姓名を名乗ってくれた。


 そしてその名を聴いた時、私は目を大きく見開いた。


 彼の姓である公孫は多くの人が名乗っているので珍しくはないが公孫越といえば後に群雄として頭角を現す公孫瓚こうそんさんの従兄弟だ。また彼の一族はぐんクラスの豪族でもある。


 これは……これは仲良くならねば! ぐへへ!


 よこしまな考えをしていると笑みが溢れそうになるが、私は堪えてみせた。


「初めまして公孫殿。私は田豫でんよと言います」


「ふむ、でんは今年で何歳だ?」


「えっと、九歳ですけど」


「ほぅ……」


 何故か公孫越は私を品定めするかのような目線を送っていた。一瞬、相手の目が光ったかのようにも見える。


 なんだこの人。怖い。


「その年齢で私塾しじゅくに通えるのは異例中の異例。とても才のある人物という裏付けにもなる」


「いえいえ、それほどでも」


 謙遜して見せるも手のひらで後頭部を掻きながら照れていた。


「お前の名前を覚えておく。また会おう」


 公孫越はきびすを返し去って行った。


 明らかに一目置かれてる。


 悪い気分じゃない。むしろ良い!


 その後、私は適当なお店で昼食を摂り、午後の授業を受けた。


 ――それから数日後。やはり、私塾の主宰者である盧植ろしょくにはそう簡単に会えないようだ。というか姿を見たことない。


 それでもここにいる限りいつかは会えるだろうと授業中に考えていると、


「では、これで午後の部を終わります」


 と今回の授業を受け持っている先生が授業の終了を告げる。

 

 今回の教室は門下生達が席に着いて先生と向き合う形になっており、日本の義務教育で用いられる教室と似ていた。


 私含む門下生は席を外し、帰路につこうとすると。


「あ、そうだそうだ言い忘れてた。君たちには他の生徒達に伝えて欲しいことがあるんだよ」


 思い出したように先生は私達に呼びかけ、言葉をつむぐ。


「この私塾を作ってくださった盧師範ろしはんですが、本格的に官職かんしょくに復帰したので師範は休暇中にしか学舎に来ません」


 ええっ! 盧植さんいないのか。少し残念だけどここに来た元々の目的は人脈を広げること、そして蜀を築いた人物に会うためだ。気を取り直すか。


「そんな、盧先生の噂を聞きつけて遥々遠い所からやって来たのに」


「俺なんか徐州じょしゅうからやって来たぞ」


「でも盧先生が休暇中に会えるだろ?」


 周りの生徒達は残念がってぼやいていた。


 皆の声を聞いてると私は同調したくなり。


 そりゃ会えるなら会いたい! イチ三国志ファンとして! という本音が喉から出そうになったがなんとか抑えた。


 それから学舎を出ると夕焼け空が見えた。


 近くに公孫越含む何人かが談笑していて公孫越は私の存在に気づき接近する。


 一体なんだろう。


でん。丁度、友人とお前の話をしてたところだ」


「私の? 何故ですか?」


「ははっ、おかしなこと聞く。お前が注目されないわけないだろ」


 愉快そうな公孫越。

 

 彼の言う通り年齢以外の面でも私は注目され始めていた。三日程前、授業で清談せいだんを行う機会があった。

 

 清談は相反する二つの命題を巡って問答をするというものだ。例えば聖人には喜怒哀楽の感情があるかどうか、廃止した法律を復活させるかどうかなど討論したりする。


 その清談で私は授業を受けてた他の生徒を打ち負かした。命題は儒教と道教の優劣だ。道教というのは国教である儒教と同じくらい重要視されているものだ。


「いやぁ、何で注目されてるんでしょうね。私は大層な人間じゃないんですけどね」


 と言いつつ私は腕を組んで勝ち誇っていた。ついつい態度に出てしまう。


「この前、清談で天晴れな回答をしたらしいじゃないか。儒教と道教に劣る点は無く、それぞれに利点があるから比べることはできないと」


「それは本当にそうだと思っています。儒教の道を歩む者の心の中には儒教の教えがありますし道教にも同じことが言えると思います。教えを重んじる心の強さは皆同じなので私は中立の立場を取りました」


「心か……なるほど面白い」


 彼は感心したようにふむふむと頷いていた。今、私が言ったことは詭弁きべんにも思えるが清談というのは論理ではなく言葉で応戦するもの、つまり表現力が問われる。だからこそ私は相手の心を揺さぶるような言い方をして他の生徒を打ち負かした。


 ぶっちゃけ、後の東晋とうしんの時代に儒教と道教の違いを聞かれた阮瞻げんせんという人物が同じようなものと答えて感心され、役人になった逸話を覚えてたからパクっただけだ。この世界線で東晋が建国されるかはさておき。


「どうだ? 今から一緒に犬を走らせないか?」


「もしかして競犬きょうけんですか」


「そうだ。街の広場でやるらしい」


 競犬――いわゆる競馬の犬版、ドッグレースのことだ。この時代の娯楽の一つで、賭けとして行われているときもある。確か闘犬も流行ってるが親近感のある哺乳類に命のやり取りを強制させるから嫌いだ。闘犬に忌避感を抱くあたり、未だに私はこの時代に染まっていないのかもしれない。


 ドッグレースならいいのかな? と思うがお金を使うかもしれないから気が進まない。持っているお金は繋がりがある豪族や地元の人達から貰ったものだ。そんなことには使えない――


「――――はい、行きます!」


 公孫越と仲良くなれば甘い汁が吸えるかもしれないので思考していたことを放棄した。

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