第六話 何かを成し遂げようとする意志を貫くべし

 境内から出ようとした時、私達は目の前に現れた賊の頭領を見て後退りした。完全に予想外だった!


「なんで……」


「なんで、てめぇがここに居るってか? こいつが間抜けな真似しやがったからな」


 賊の頭領は横に一歩動くと、なんとそこには私に短剣を渡してくれた賊が倒れていた。倒れている彼は顔が何度も殴られたみたいにボコボコだった。


「こいつがてめぇに武器をあげて単独行動させたって抜かしやがったからな、来てみれば……案の定だな!」


 賊の頭領は私の横にいる程全ていぜんを一瞥して言った。


 私のせいで殴られまくった賊には申し訳ない気持ちで一杯だった。だが今はこの窮地を脱しなければならない。


田豫でんよ! どうすんだよ!」


「万策尽きました」


 程全の問いに正直答えると彼は「えええええええ!」と驚愕していた。何かあると期待していたのだろう。無いよ。


 今、私の手元には短剣があるが……人を斬れる自信が無かった。腕力的な問題ではなく倫理的にだ。この時代は私が居た時代とは違う、その上、今は後漢の政治体制は腐敗していて、今から八年後――つまり、西暦一八四年に黄巾の乱という大規模な一揆が起こる。人を斬れないなどと甘えたような事を言える時代ではないのだ! しかし頭で分かっていても躊躇してしまう!


「お? なんだガキの癖にやる気か?」


 取り合えず、短剣を構えてみた。私は過呼吸気味になり「はぁ、すぅー、はぁ、すぅー」と息を吐いて吸うのを繰り返した。緊張している……私の心と体が!


「後ろから火が迫ってるぞ! はやくやれよ!」


 いやいやいや! 程全! 簡単に言わないでくれ、やりたくてもやれないんだよ!


「やれるわけねぇよな、なんたって、てめぇはまだガキだからな」


 ええその通りです、って同意している場合じゃない。


 そうこうしているうちに動かない私を見て程全は痺れを起こす。


「もういい俺がやってやる!」


「て、程全! やめるんだ!」


 彼はあろう事か私から短剣をひったくって賊の頭領と向き合った。


「これで殺してやる」


「てめぇの首を親父に送ってやったらどんな顔すんのか想像するだけで楽しみ、だな!」


 賊の頭領は腰に携えている鞘から鉄剣を引き抜いた。ちなみに私が持っていた短剣も鉄製だ。この時代の剣は技術の発達により鉄剣が銅剣にとって代わっていた。青銅は硬いが折れやすい。しかし、鋼鉄が作れるようになったことで硬く折れにくい剣が作れるようになっている。


 あ、やばい程全が賊の頭領に突っ込みそうだ。止めなければ!


「程全! 退いてください!」


「退けるかよおお!」


 程全は馬鹿正直に真っすぐ賊の頭領に走っていった。程全の短剣より賊の頭領の鉄剣の方が圧倒的に長い! リーチが違い過ぎる、駄目だ! 程全が剣術を習っているのかもしれないが、武器のリーチに加えて大人と子供じゃ恰幅の差があり過ぎる!


「おらっ!」


「うわっ!」


 賊の頭領の一振りで程全の短剣は弾かれ、私の足元に飛んで――――いや、危な! もう少しで足に刺さりそうだった。


「ぐうぇ!」


 程全は腹部を蹴られ倒れていた。更に賊の頭領は彼の腹部を踏みつけた。


「さて、死ねよ! てめぇの親父への復讐だ!」


「うわあああああ!」


 程全は鉄剣で首を斬られようとしていた。


「やめてくれええええええええええ!」


 私は叫んだ。


 時間がゆっくりと感じる。刹那の瞬間、私の思考速度は高まる。


 程全とは今日あったばかりだ。付き合いも何もないけど、何の罪もない子供を斬るとは許せない! 二十一世紀の日本と違って今、起こっている惨状が当たり前かもしれない。今どこかで一方的な虐殺が起こっているに違いない。だが、だが! 今、目の前で誰かが殺されるのを見過ごしていい理由ならない!


 私は田豫として転生する前、暴漢に立ち向かった時の感情を思い出した。三国志の人物はどれも魅力的で特に蜀国の武将に大好きだった事。劉備りゅうびが仁の世を成そうとした生き様に憧れた。その意思を受け継いだ諸葛亮しょかつりょうの生き様がかっこいいと思った。彼らを含む数多の武将達がここに居るのなら行動を起こしていたはずだ!


「戦わないと! 何も成し遂げられないんだあああああ!」


 気付くと足元の短剣を拾って賊の頭領に向かって投げていた。


「ぐっああああああああああああ!」


 乱雑に投げた短剣は、たまたま賊の頭領の顔に向って行き左目を掠めていた。聞くに耐えない叫び声が境内中に響き渡る。


 賊の頭領は左目を押さえて後退りした。


「ごほっごほっ」


「大丈夫ですか!」


 私は腹部を踏みつけられていた程全を心配した。


「こっのやろおおおおおおお!」


 賊の頭領は激怒して私に向かうが、


「えっ!」


 私は驚いた。賊の頭領はいきなり前のめりに倒れたからである。よく見ると後頭部に矢が刺さっていた。


「ああ! 父さん達だ!」


 程全は境内の外を指差すと、騎兵部隊が見えた。程全の発言と武装具合から見て正規の軍だった。


「たっ……助かった!」


「田豫!」


「な、なんですか」


「ありがとうな!」


「ええ、私も怖い思いをさせてしまって申し訳ない。」


「こ、怖くなんかねーよ!」


「ははっ、とりあえず火が迫ってきてますから、この場を離れましょうか」


 私達は騎兵に駆け寄った。私は安堵の中、近づいて来ていたとはいえ離れた距離から頭部に弓矢を放つ技術に関心していた。


(弓か……弓で武力を補うのもありかもしれない!)


 いつもの様に今後の方針を考えようとしていたが、さすがに疲れた。今は、少し考えるのを止めるとしよう。

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