第六七話 六年前のリベンジ? 田豫対閻柔

 私は閻柔えんじゅうと対峙し、互いに得物を構えながら、会話を続ける。


「閻柔は今頃、異民族辺りの世話になっているかと思ってましたが」


 予想では、異民族と共に過ごしているはずの閻柔。


 歴史書を当てにしすぎるのも盲信的ではあるが、何が起こったか知りたい。


「おっ! よく分かったな。鳥丸うがん族のとこにいたんだけど、かん王朝が鮮卑せんぴ族と戦ってただろ、そのときに鳥丸族が漢王朝に頼まれて援軍を出しててさ、おいらも行ったんだけど戦いが激しくなって散り散りになったんだ。それで故郷に戻りながら旅してて、途中で太平道の連中に会って一働きしているってところだ」

 

 そういうことか。閻柔も北方で鮮卑族相手に戦っていたんだ。この世界線の漢王朝は鮮卑族討伐に関しては史実よりも良い成果を出している。それが閻柔の運命を変えてしまったのだろう。


「閻柔、武器を下げてください。君とは戦いたくありません、というか太平道から抜けてください」


「うーん、張白騎ちょうはくきのおっさんには飯と泊まる場所をくれた恩があるからな……そうだ! 仇を討たせてくれたらいいぞ。確か、一〇代前半ぐらいの少年らしいぞ」


 …………頭が痛くなってきた。


「張白騎を斬ったのは私ですが、それでもやりますか」


「えええ!」

 

 閻柔は大口を空ける。


「騙し討ちしたの田豫かよ。いや、でもよく考えれば田豫がやりそうな卑劣な手だもんな」


 これが戦いの世か。かつての友でさえ、殺し合いをしなければならない。敵には容赦はないつもりだが、閻柔には情がある。


 それでもるしかない。


 柄を掴む手にグッと力が入ってしまう。自分でも体が強張っているのが分かった。


「まっ、いいぜ。飯と泊まる場所くれるなら太平道抜けるか」


「ええっ⁉」


 体が弛緩し、持っている直刀の重さに引っ張られて倒れそうになった。


「でも張白騎とは長い付き合いでは?」


「長いかな? 太平道の連中とは一ケ月前会ったばっかだぞ」


 思ったより短い付き合いだった。


「それに」


 閻柔は神妙な顔で喋り出す。


「田豫に着いて行った方がおいらに利があるし、仮に太平道が天下統一しても、また国が荒れそうな気がすんだ~」


 彼なりに色々と先を考えているようだ。閻柔は先見性があるからあなどれない。


 話しているとまた黄巾賊が雪崩なだれ込んできていた。


「なにやってんだ閻柔」


「ん、ああ。待ってくれこいつと一騎打ち中だ!」


 閻柔は背後から賊に話しかけられていた。そのあと、彼は声を出さずに戦ったフリをしろと言ったので彼から繰り出される槍を弾きながら後退していく。


「っ!」


 眉を寄せる。戦うフリとは言ってきたわりに徐々に槍を振るう速度が速くなっている!


 風を裂く閻柔の一撃を後方に跳んで避ける。


「今の本気ですよね」


「せっかくだからな。田豫の腕も確かめたい」


 だとしても抜き身の刃でやるな。


「せめて槍を持たせてください、長い得物には長い得物で相手をしたいんですよ」


「なんでだ」


「刀剣で長い得物を相手にするときはかなりの技量がないと太刀打ちできませんからね。得物が短い方は相手の攻撃を掻い潜りながら懐に入って、ようやく攻撃できるのです。つまり、常に防御側に回らなければなりません。これがかなり苦労するんですよ」


「へぇ……やっぱすごいな田豫は、まるで槍相手に勝ったことがあるみたいだな」


「い、いやぁ、どうでしょ……ないですよ」


 図星を突かれてしどろもどろになってしまう。


「面白い」


 相手の闘志に火を点けてしまった。


 とにかく神経を研ぎ澄まして攻撃を見極めよう。


 後退しながら、繰り出される突きと払いを剣で弾く。そして、北東にある城壁の隅に到達した頃、閻柔が下段に払いを繰り出す。


 私は直刀で足元にきた槍先を叩きつけて、そのまま床に押し付ける。閻柔は僅かに表情を変えたので面食らったのが分かる。さらに直刀と入れ替わるように全力で槍の柄を踏みつける。


「なっ!」


 完全に相手の虚を突いた私は槍を踏みつけた足で、相手の懐へと飛び込みながら、剣先を相手の首前で寸止めする。


「…………」


 閻柔は無言で槍から両手を離していた。降参の意を示している。


「捨て身の攻撃だな」


「とはいえ私の勝ちには変わりありません」


「だな! いやぁ、参った参った」


 閻柔の声には感心半分、悔しさ半分の感情が入り交っていた。次いで、彼は頭に被っている黄色の頭巾を外す。


 ここ北東にある城壁の隅――馬面ばめん――では戦いの騒ぎこそ聞こえるが近くに人がいないので頭巾を脱いだのだろう。


 それから閻柔は槍を拾い、私に差しだそうとするが首を横に振って断った。


「市街戦になりそうなので携帯しやすい刀のままでいいです」


「そうかな? あれを見ろよ、太平道の人達を押し返して野戦になるかもしれないぞ」


「あれは……あー良かった」


 私は安堵する。馬面から南の通路に出て、町を見下ろすと、数多の官軍の兵が北門へと向かうのが見えていたのだ。


「これで市街戦にはならないだろ。多少は敵が入り込んでるけどな」


「だといいですが……高家の屋敷に行きます、着いてきてください!」


「分かった!」


 私達は駆け出そうとするが、


「おらおらおら! 俺様、登場!」


 町の外から勇ましい声が聞こえてきたかと思えば、大男が城壁を越えてきた。


「お……でんちゃん、じゃあねぇか!」


張飛ちょうひ⁉」


 そこにはこの五年の間、幾度となく武芸大会で戦ってきた張飛がいた。反射的に頭を確認したが黄色の頭巾は被っていなかった。


 張飛は黄巾賊ではない。じゃあ、なんでここにいるんだ。

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