第二六話 ここまで酷くなるとは思っていなかった
今、私は再び
この漁陽県は郡治所という事もあり、大きな外食市場を形成している。それに目を付けた程全の父親は雍奴県を発展させる為に漁陽県の外食市場モデルを真似ようと考えた。そこで調査に駆り出された人物の一人に
にしても、子供の力を借りるのは情けなくないのか? 君は今年で二二歳だろうに。
「よーし、
「はい!」
とりあえず、前言撤回。今日は彼の奢りで外食三昧だ。君、最高。
私達は軽い足取りで漁陽県にある外食市場に踏み入れた。しかし、私達の目の前に広がっている光景は虚しいものだった。人気が全くない市場、放置された屋台と店舗。
「……大人気の市場じゃないんですか。ここは」
市場を歩きながら力が抜けた様な声を出した。
「あっれぇー、おかしいな……」
きょろきょろと周りを見る周琳。文通でやり取りする時代だから情報の遅滞や錯誤は良くある事だが、漁陽県の外食産業は賑わっているという事は前々から耳にしていた。仮に
「きっと、何かあったに違いありません」
「例えば?」
「うーん、疫病で人が居なくなったとか?」
「こ、怖い事言わないでくれよ」
彼は私の言葉にビクついていた。
しばらく歩いていると、屋台を開いている大人の男が居たので私達は駆け足で屋台の前まで寄った。
「お? 一人
気さくに声を掛けてくれる屋台の店主。彼はニラと卵を炒めたものを売っていた。いわゆるニラ玉。
「その前に聞きたい事が――」
「
「はいよ」
周琳は私の言葉を遮って注文していた。こいつめ。
店主は手際よく調理を終えると、ニラ玉を一玉ずつ皿に入れて、箸を添えた。私と程全は皿を受け取り屋台の横にある木製の椅子に座る。
「腹減ってたんだよな」
と言って、黙々とニラ玉を食べる周琳。まぁ、私もお腹空いてたし、後で店主に話を聞こう。
ニラ玉を箸で一口サイズに切り分け、口に運んだ。
「⁉」
舌の上で転がる淡泊な卵! 醤油と塩、そしてお酒によって味付けされたそれは僅かながら脳に刺激を与えてくれる! そして心地の良いニラの食感! 美味い!
私は一気にニラ玉を食べた。
「ご馳走様です」
「良い食べっぷりだ。俺も負けてらんねえよ」
周琳は何故か私に対抗して、ニラ玉を急いで食べ始めた。そんな彼を尻目に、私は店主に声を掛ける。
「あの、聞きたい事があるんですけど」
「ん? なんだ?」
「私達、ここが繁盛している市場と聞いて来たんですけど……」
「ああ……その事か」
店主は遠い目をした後、
「実はな。ここで最初に商売を始めたのは
「なるほど」
漁陽郡で幅を利かせている二大豪族の
「高家に何かあったんですか?」
「それがよ……今の当主がとち狂ったみいで」
「とち狂った?」
「急に今まで重んじていた家来を差し置いて、最近入ってきた奴を重臣にして丁重に扱い始めたんだ」
「…………」
嫌な予感がする。私は、杏家で高家の勢力を弱める為に進言した事を思い出していた。
『高家に仕えてる無能な者を通して欲しがるものを送るのです。そうすればその者が重用されて高家はやがて落ちぶれるでしょう』
謝礼欲しさで策を献じた。弁舌合戦が盛り上がって
男性は喋り続ける。
「そいつがどうやら
奸臣――悪だくみをする家来の事だ。にしても、高家が本当に落ちぶれるとは……。戦争時、敵対国に
「それで市場が寂れてしまったんですか……」
重たい声で聴いてみた。
「そうなんだよ。元々、土地を貸す代わりにここで商売してもいいって約束でさ、定期的に俺達は高家にみかじめ料を取られたんだ。その代わり市場の治安を守ってくれる契約でな。ただ、そこで事件が一つ起きたんだよ。噂の奸臣がどうやら、家族ぐるみで高家の金銀財宝を持って逃げたらしいんだよ」
「えっ⁉」
「なんだって!」
私に次いで、周琳も驚く。どうやら、やっとニラ玉を食べ終えたらしい。急いで食べ始めた割には食べるのが遅い気がする。
「そいつは信用されていたから当主は警戒してなかったみたいでよ。家臣に逃げられるわ、お金を取られるわで散々でさ、資金繰りのために高家がここの土地をいきなり売り始めてよ。市場の規模がどんどん小さくなったんだ。土地を追われた連中は高家に猛反発さ。『今までのみかじめ料を返せ』とか言ってるみたいだ」
「そうだったんですか」
気が重くなってきた。高家にだって家族はいるしな。私個人とは因縁や敵対心は無いはず。うわ、さっき食べたニラ玉吐きそう。気分悪くなってきた。
「田豫殿? 大丈夫か?」
胸を押さえて屈んでいると
どうにかして高家は救えないかな。接触出来ればいいのだが。私は、悩みながら周琳と共に城内に建てられた兵士の詰め所でもある長屋に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます