第一〇八話 救援のタイミングを見極めよう

 ここ数日、戦いを傍観する日々が続いた。


 戦いと言っても大規模ではない、今までと変わらず県城けんじょうから劉備りゅうびの軍勢が飛び出して陣を潰しに行ったり、時折、城壁越しに官軍と黄巾賊が矢を打ち合う程度だ。


 もうすでに戦術は決めてある。


 周辺の地形、騎兵の機動力、南匈奴族の存在、そして泉州で搔き集めた大量の矢を生かす。だが、この戦術はタイミングが重要だ。まだ迂闊には動けない。


 今、私達は小高い丘の手前で陣取っていた。この数日で周りに麻縄と木の枝で作った柵ができたり、義勇兵がどこかしらから拾ってきた木板や布でみすぼらしい幕舎を幾つか立てられていた。


 丘の上で腕を組んで佇んでいると、


「まだ攻めないの?」


 片頬を膨らませて、不満そうな呼雪がやって来た。


「まだ機は熟していません。もしかして退屈ですか?」


「うん。だって毎日、干し肉ばっかりで飽きたんだもん」


 食べ物の問題か。早く戦いを終わらせたいのかと思ってた。


「少し南下すれば川がありますよ。雨が降る前に川を沿って移動したのを覚えてますか? その川が続いて南にもあります。そこで魚が捕れるかもしれませんよ、ただ絶対に一人で行かないで下さい」


 私は丘の先にある県城を見ながら忠告する。


「……せつ?」


 返事がないので呼雪の方を振り向くと、


「もう行ってるし」


 既に仲間を連れて川へと向かっていた。皆、乗馬してるので何かあったら逃げれるだろう。


 さらに数日経つ。


 いつも通り丘の上に立っていると、


田豫でんよ! 敵が宴会してるぜ」


 呼銀こぎんが情報を伝えてくれる。


「まだ昼なのに呑気なもんですね」


「今攻めるチャンスじゃないのか? 田豫が動けばけい県側も呼応してくれるはずだよな」


 相手がとっている陣形は相変わらず機動性重視の「方陣ほうじん」だ。機動性があるということは私達が陣を潜り抜けて本陣に攻める隙があるということにもなるので奇襲する価値はあるが。


「まだ機は熟していません。敵本陣への奇襲は成功しても、この人数差だと私達が全滅する可能性が高いです」


 奇襲とはいえ三二〇対二万は無茶過ぎる。指揮官を討ち取ったあとは死ぬだけだろう。


「毎日のように聞くな、機を熟してないって言葉を、まっ、何か考えがあるだろうから疑いはしないぜ。動く準備はできてるから安心しろよ」


 呼銀は腕を組んで柔軟体操をする。頼りになる兄貴分みたいな存在だ。


「…………」


 呼銀が去ったあとも私はしばらく県城を見ていたが動きがないので仮眠をとりに陣に戻ろうする。


 そのとき――――ドドドドドドド……。


 地面を踏み鳴らす数多の足音が聞こえたような気がした。


 かすかに怒声も聞こえるかもしれない。


「動いたか‼」


 私は独りでに叫んで再び県城に目を向ける。それと同時に周辺を探索させていた義勇兵が急ぎ足で報告しにくる。


田殿でんどの! 県城の南門、東門、西門から軍勢が湧きだしました! 恐らくありったけの人数を駆り出してるかと!」


「準備を整えて下さい! 私達も動きます!」


「はい!」


 動こうと思ったタイミングは決めていた。


 黄巾賊が痺れを切らして全軍で攻め始めたときか薊県側が全軍で攻めたとき――――つまり総力戦が発生したときだ。


 こちらは三二〇名しかいないので薊県側が大勢で戦って欲しいという狙いもあったが、何より敵に動きを察知されない状況が欲しかったのだ。


 私は丘から下りて慌ただしく動き回る味方の下へと向かう。


「何人かは県城に近づいたうえで狼煙を上げ、田と書かれた旗印は掲げて下さい! 敵に見つかる心配があるなら敵がいない北門まで迂回してください! 私がいるということを伝えるのです!」


 と、指示をしたあと、私は残りの味方を連れて移動し始めた。ひとまず、南にある川へと向かう。

 

 今回の戦術は南匈奴族に頼ることになる。元々、頼りになる人々だが今回は彼らの力を余すことなく発揮させよう。

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