第八三話 激辛ロシアンルーレットやめろ
部屋の扉側から時計回りに私こと
大皿の上には六個の
私達は一斉に胡餅を手に取る。相変わらず、焼けた小麦粉の香ばしい匂いで食欲が促進され、心なしか爽やかな匂いがして気分が良くなるが、私は胡餅を食べようとしなかった。それは皆も同様だった。
劉備の背後に立っている
「おいおい、皆の為に自腹で出来立てを買ったのに、食べてくれないと悲しくて泣いちゃうよ」
そう言って、簡雍はわざとらしく泣くフリをした。この男、おやつとして色んな味の胡餅を買ってくれたのだが、六個中二個だけ激辛の胡餅を買ってくるというふざけたことをしやがった。
「簡雍、
味覚が敏感な時期かもしれない一二歳の少女に激辛物を食べさせるのは可哀想という話で同情させて、なんとか激辛ロシアンルーレットを止めさせよう。
「確かに可哀想だ」
「でしょう。なら、どの胡餅が激辛か教えてください」
「わっかんね。見た目一緒だし、諦めて食べればいいじゃん」
こ……こいつ。
「セツなら大丈夫だもん。食べ物が無くて、その辺に生えてる辛い葉っぱ食べてたときあるし」
「その葉っぱ、毒なのでは……」
普通にセツの体の状態が心配なんだが。
「ふっ、田豫、諦めて食べるんだな」
ニヤリと笑う劉備。
「いやいや、劉殿からも簡雍になんか言ってくださいよ」
「あむ……うむ、美味だ!」
「いきなり食うな」
劉備は私の話を聞かずに胡餅を食べていた。
「甘いな。もしやこれは蜂蜜か」
劉備が食べたのは蜂蜜を練り込んだ胡餅らしい。彼が先陣を切ったことで続々と皆も胡餅を食べだす。
「おっ! 塩味を感じる!」
「僕もです」
呼銀と夏舎が食べたのは一般的な胡餅だ。
「これ甘いやつだ!
「待て待て、必然的に私のやつが激辛なのでは⁉」
私は立ち上がって主張する。
「今日は随分と元気だな。あー美味い! 田豫も早く食べぬか冷めるぞ」
これ見よがしに劉備は胡餅を見せつけるように食べていた。
「あーうまうま」
「う、うぜえ……」
「はっはっは」
劉備は楽しそうだった。
「四人が激辛を引いてない以上、私と
私は言葉を詰まらせる。なんと、関羽は普通に胡餅を食べていた。
「あれ? 辛くないんですか」
「うむ、美味であるぞ。強いて言えば塩味を感じる」
関羽は目を瞑りながら、じっくりと胡餅を味わっていた。
「これはどういうことですか簡雍」
「間違いなく激辛は二つ買ったって」
「ということは誰かの味覚がおかしいか、誰かが嘘を吐いている可能性があるということですね」
私は胡餅を食べている人を一人一人見るが、皆、平気そうに食べていた。
関羽、呼銀、夏舎辺りが辛味に疎いせいで、辛味を塩味と勘違いしたのでは⁉
こんなことで深読みするのは馬鹿らしいが……ありえる話だ。いや、ありえるか?
思考を二転三転させながら、意を決して胡餅を口に運ぶ、既に激辛胡餅は二個とも誰かの手に渡ったと信じて――
「――――ばっ! かっっっっら‼ なんじゃこりゃ!」
私は苦しみながら床に頭を打ちつけて、痛みで辛さを上書きしようとした。
誰だよ、これ開発した人。山椒、ヒハツ(胡椒に似た香辛料)を尋常じゃないぐらい使っているぞ。少しだけショウガも入っている気がする。
「そんなことになるのかよ……」
「一体何が入ってたんだろう」
私の様子を見た呼銀と夏舎の言葉からは、食べなくて良かったという安堵が感じられた。
「
「ごっほごっほ」
咳をしながら私は顔を上げて、座り直す。
「はい、これあげるよ!」
なんと
「いらないの?」「いります」
私は食い気味に答えた。
「はい、あーん」
「⁉⁉⁉」
私は瞠目する。
心が震える。生きてて良かった。
私は餡が入った胡餅を食べる。
甘味が舌から脳に伝わり、全身に力がみなぎる! 滅茶苦茶、甘いわけではないが、この時代にしては濃厚だ!
「あれ
私は関羽の異変に気付く。相変わらず目を瞑って口を動かしているが、顔が真っ赤になっていた。
私の言葉で皆も関羽の異変に気付き、簡雍も彼に声をかける。
「お、関羽が激辛引いたみたいだな。汗が噴き出てんじゃん」
「い、いや……激辛など引いていないが」
声を震わせる関羽。
なんで強がってんだ。引くに引けなくなってるのか?
「玄徳の前でも同じこと言える?」
簡雍は関羽を煽る。
「う、うむ!」
関羽は劉備の方を向く。
「
「兄者に誓おうではないか。拙者の胡餅は辛くないと」
関羽が劉備に嘘を言うことなんてあるんだ。もちろん、関羽も
「ほう、では雲長、残さず食べぬか」
「えっ」
劉備の発言で関羽は戸惑っていたが、
「無論だ!」
関羽は勢いよく胡餅を食べ、その全てを口の中に含み、ゴクリと飲み込む。
そして――
「ぐああああああああアアアアアアアアアアアアア!」
――絶叫し、首元を掻きながら、苦悶の表情で仰向けに倒れた。
この時代で軍神と呼ばれるはずの男がパンに負けた瞬間だった。
「強情過ぎれば、身を滅ぼす。分かったか雲長」
「しょ、承知……」
劉備のその言葉は自尊心が高すぎる関羽の性格を矯正させるためのものだったのかもしれない。
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