第一章・勇者誕生。勇者のママは今日から魔王様と1

 私は捨て子です。

 赤ん坊の時、森の奥にある教会の孤児院の前に捨てられていたそうです。

 ブレイラと名付けられた私は両親の記憶がないまま孤児院で育てられました。だからといって、そのことについて特に悲観したことはありません。

 なぜならこの世界は王や貴族という一部の支配層に富を独占され、多くの民衆が貧困にあえいでいる。そんな社会なのですから私のような捨て子は珍しくないのです。

 むしろ殺されずによく生きていたものだと我ながら感心します。孤児院の前に捨てるなんて良心的な両親だったんじゃないかと思えるくらいです。


「ブレイラ、また学校でトラブルを起こしましたね!? 先生がとてもお怒りでしたよ!」


 中年の修道女が勢いよく怒鳴り込んできました。

 せっかくお気に入りの本を読んでいたのに中断です。あからさまなため息をついた私に修道女がさらに激昂する。


「子どもの癖になんですかその態度は! あなた、自分が学校で何をしたか分かっているの!?」

「そう言われても、私に心当たりはありません」

「まあなんて白々しい! あなた、学校で祈りの授業をさぼって本を読んでたそうじゃないの! しかも祈りは無意味だと反論したと聞きましたよ!」

「ああ、そのことでしたか。たしかに言いましたが、でも間違ったことではないはずです」

「なんて馬鹿なことをっ。祈りを怠ると魔族や精霊族に襲われますよ!?」


 このセリフ、今まで何度言われたでしょうか。言われる度にうんざりしてしまう。

 この世界には人間、魔族、精霊族の三つの種族がいた。人間は数が一番多いものの、その力はどの種族よりも脆弱でなんの特色もない。魔族や精霊族のように強靭な体や不思議な力を持っていない。

 人間は魔族や精霊族の脅威から逃れようと神に祈ります。でも私、祈りに救われたこともなければ、誰かが救われているのを見たこともありません。

 多くの人間は祈りが対抗手段だと考えるようですが、私はどうしても納得できないのです。

 きっと神様なんていないのでしょう。祈りは気休め、なんの意味もないものです。


「祈りで魔族や精霊族から逃れられるとは思えません。それよりもたくさん本を読むことの方が意味があると思います」

「な、生意気なっ。いくら学校で一番の成績を修めているからといって、そんな物言いが許されると思っているんですか!?」

「祈りは私を救いませんが、知識には救われています。知識があれば生きていけますから」

「なんて可愛げのない……!」


 修道女の握り締めた拳がワナワナ震えだす。

 十歳にもならない子どもの生意気な物言いに我慢も限界なのでしょう。ほら。


「罰として今夜は部屋に戻ることは許しません! そんなに本が好きなら今夜は書庫で寝なさい!」


 修道女から金切り声で罰を言い渡されました。

 でもこれに対して反論はしません。本を読むのが大好きなので書庫はとても居心地が良い場所なんです。

 たしかに古い書庫は薄暗くて不気味ですが、たくさんの書物に囲まれて本を読んでいたら一夜はあっという間に過ぎていきますから。まさに願ったり叶ったり、今夜はどんな本を読もうか胸が躍りました。

 自分でも自分が可愛くない子どもだと自覚があります。

 可愛がられるためには媚を売ればいい。どんなことにも素直に返事をして、ニコリと笑ってなんでも黙って従えばいい。それは簡単なことです。

 でも、そんなことはしたくない。

 子どもの癖に生意気だということは分かっています。でも、私は物心がついた時から独りです。きっとこれからも独りで生きていくのでしょう。

 だからこれは意地です。

 くだらない意地だと思われても、この意地があるから私は子どもでも独りで立っていられます。

 私を育ててくれる孤児院の方々には感謝しています。でも、私は自分が独りだと知っています。





 その日の夜。

 夜半に降りだした雨は強さを増していき、外は嵐のように荒れだしました。

 バチバチと薄い窓を大粒の雨が叩いている。

 石造りの暗い書庫にランプを持ち込んで本を読んでいましたが、ふと顔を上げて窓の外を見た。


「…………」


 ……こわい。

 だって、石造りの書庫は頑丈な造りだけれど、ビュービューと風が呻り、薄い窓は暴風と豪雨でガタガタバチバチと鳴っている。今にも嵐が窓を突き破って襲い掛かってきそうなんです。


「……仕方ないですね」


 もう少し本を読んでいたかったけど、外の嵐が気になって集中できない。

 残念だけど、今夜はもう寝てしまいましょう。きっと朝になれば嵐は過ぎ去っている。

 私はランプを消して眠ろうとしましたが、――!!


「だ、誰かいますっ!」


 窓の外に人影が見えました。

 黒い影はたしかに人の形をしていましたが、こんな嵐の夜に普通の人間が外を出歩いているとは思えません。

 夜盗でしょうか、それとも人間でない者達か……。このまま息を殺して書庫に隠れていようかと思いましたが、もしこの嵐で道に迷った人だったら?

 そう思うと外の人影を無視できなくなってくる。


「い、いい、行ってみましょうっ」


 声は震えていたけれど、躊躇う体を叱咤して嵐の中に駆けだしました。


「誰かいるんでしょう!? 隠れてないで出てきてください!」


 嵐の中で声を上げる。

 人影がいた場所に行くと、そこに一人の男が座りこんでいました。しかも男の左腕には血が滲んでいます。


「い、いた! 大丈夫ですか!?」

「っ、お前は……」

「怪我をしてるんですね? こっちです、早く!」


 男に肩を貸して立ち上がろうとしましたが、ずっしりと伸し掛かった重みに私の方が転んでしまう。


「うわあああっ」

「大丈夫か?」

「うぅ、大丈夫です……。すみません、こっちです」


 男の体を支え直し、肩に伸し掛かった重みにふらふらしながらも書庫に戻りました。




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