第七章・バカですね。こういう時は「愛している」と言って、私に口付けるものですよ?6

「落ち着いてください。話を聞いてくださいっ」

「ぜったいダメだ! ブレイラはかえっちゃダメだ!」

「イスラ、お願いですからっ」

「いやだ! ハウストはひどいやつなんだ! ダメなやつなんだ!」

「イスラ!!」


 咎めるように強い声を出すと、イスラの肩がビクッと跳ねました。

 しまったっ! はっとしましたがもう遅い。

 イスラは一瞬泣きそうな顔をしたかと思うと、「えいっ!」と興奮した勢いで私を押しました。


「わあっ!」


 突然のことに驚き、情けなくも尻餅をついてしまう。

 するとイスラはさらに泣きそうな顔になりましたが、私をキッと睨みつけます。


「ブレイラのバカ!!」


 叫ぶように言うと、イスラは脱兎のごとく駆けだして行きました。


「待ちなさい、イスラ!!」


 慌てて後を追おうとしますが、イスラはあっという間に見えなくなる。

 途方に暮れてしまう私に、今まで黙っていたジェノキスが呆れたように口を開きます。


「あーあ、でもこうなるよな。当然だ」

「……うるさいですよ」

「イスラはまだ子どもだぜ? そりゃ魔王と仲良くしてるあんたを見たらショック受けるだろうな。……俺だってちょっとショック受けてるし」

「ジェノキス」


 軽くジェノキスを睨んでみるも、そこに力はありません。これは自分の迂闊さが招いた事態です。

 ジェノキスの言う通りでした。どんな時も私とずっと一緒にいてくれたのはイスラです。イスラが私を魔界から連れ出してくれました。ハウストといると悲しい顔をしているからと、私の為に。

 だからこそ、きっとイスラの目には酷い裏切り行為に映ったことでしょう。


「……私が迂闊でした。イスラが怒るのも当然です」

「そんな顔するな。お前の所為だけじゃない」

「ありがとうございます……」


 慰めてくれるハウストに力無く微笑みかけます。

 ハウストはそう言ってくれるけれど、イスラを傷付けたことに間違いはありません。

 イスラは、私が悲しいと一緒に悲しんでくれました。だからイスラが悲しいと私も悲しくなるのです。


「今はとにかくイスラを追いかけます」

「俺も行こう。俺にも責任はある」

「いえ、一人で大丈夫です。イスラと二人で話をさせてください」


 二人で魔界から逃げて、二人で暮らし、これから二人でずっと一緒にいようと約束したのだから、私とイスラは二人でたくさん話しをしなければならないはずです。


「……分かった」

「すみません。ありがとうございます」


 そう言って駆けだそうとしましたが、その前にジェノキスを振り返ります。

 彼にも伝えなければならないことがあります。

 ジェノキスとはいろいろありましたが、何かと気遣われたのも確かです。そして彼の私に対する気遣いの理由に気付けないほど愚鈍ではありません。


「あの、ジェノキス」

「いいから、早くイスラのとこ行けよ」


 しかしジェノキスによって遮られました。

 彼は困ったように笑い、軽い調子で口を開く。


「気にしなくていいぜ。言っただろ? あんたを性的な目で見てるって。俺は一発やりたかっただけだし」

「なっ……」


 あまりの直球に顔が熱くなりました。

 文句を言おうとしましたが、それはやめて聞き流してしまうことにしましょう。隣に立っているハウストから闘気らしきものを感じます。

 それにジェノキスに対してはいろいろ大変なこともありましたが、感謝しているのも本当です。


「ありがとうございます。いろいろ」

「いろいろ? もっと具体的に褒めてほしいんだけど」

「そうですね、お人好しなところでしょうか」

「いい男だろ?」

「馬鹿なことを」


 私は小さく笑って返すと、二人を置いてイスラを追いかけました。





◆◆◆◆◆◆


 ブレイラが立ち去り、二人の男が残される。


「……もうあれ完全に勇者のママだな。あーあ、魔王様ったら置いてかれて可哀想に」


 残されたジェノキスが、ハウストを見てせせら笑う。

 互いに青痣と血が付着して酷い顔だ。途中で止められていなければ、どちらかが死んでいてもおかしくない破壊力の殴り合いだった。


「ハッピーエンドおめでとうって言ってやりたいのは山々なんだけど、ここがどこだか分かってるよな。魔王を黙って返すわけにはいかない」


 ハウストの周りを武装した精霊族が包囲する。

 ハウストは口元に薄い笑みを刻み、瞳には好戦的な炎を灯す。それは先ほどまでブレイラに見せていた表情とはまったく違うものだ。


「いいだろう。受けて立とう」

「ブレイラがいなくなった途端これかよ」

「お前が目障りなことに変わりはないからな」


 二人は改めて対峙したが、その時、一人の精霊族の侍女が血相を変えてジェノキスに駆け寄ってくる。


「大変です、ジェノキス様! 精霊王様がどこにもいません!!」


 侍女はひどく焦った様子でジェノキスに訴えた。


「どういうことだ!」

「そ、それが精霊王様は忽然と姿を消してしまい……」


 動揺する侍女にジェノキスははたと表情を変えた。

 違和感を覚える。因縁の相手である魔王に襲撃され、塔でこんなに派手な戦闘を繰り広げられたというのに精霊王が姿を見せていない。それは有り得ないことだった。

 そしてハウストも同じく険しい表情になる。


「……ジェノキス、精霊族のお前に一つ伝えておくことがあった」

「なんだよ」

「俺がここに来た理由はブレイラを取り戻すことだが、他にもう一つ、先代魔王の力の一部が精霊界に流れてきている」

「う、嘘だろ……?」


 ジェノキスの全身から血の気が引いた。

 先代魔王の恐ろしさは、十年前を知る魔族と精霊族なら知らない者はいない。

 そして、先代魔王が誰を標的にするかも……。


「おい、これやばいだろっ」

「おそらく先代魔王が精霊界にきている! ブレイラ、イスラ!」


 ハウストがブレイラを追って走りだす。

 ジェノキスも武装した精霊族たちに緊急事態を宣言すると、急いで後を追ったのだった。


◆◆◆◆◆◆



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