第八章・私の全部をあなたにあげます。きっとこの為に私はあなたの親になったのでしょう。1

「イスラっ、イスラ! どこですか!?」


 声を上げながら塔を探し回りました。

 ドレスの長い裾がひらひらと床を滑る。転ばぬようにスカートを抓んでたくし上げ、螺旋階段を上り、長い回廊を走ってひたすらイスラを探します。


「……こっちへ走っていった筈なんですが」


 城のように巨大な塔はまるで迷路のようでした。

 途中、擦れ違う精霊族の方に子どもを見かけなかったかと聞いても、誰も見ていないと答えます。それどころか焦った様子で行き来していて、気が付けば塔内は異様な緊迫感に包まれていました。


「何かあったんでしょうか……」


 ハウストとジェノキスが戦っていた時のような騒がしさはありません。でも嵐の前の静けさのような不気味さを感じます。

 早くイスラを見つけなければと塔の奥に続いている回廊を走る。突き当たりに差しかかると、銀髪の少年が立っていました。

 イスラより年上に見える銀髪の少年は、美少女と見紛うとても美しい容姿をしています。きっと精霊族の子どもでしょう。


「すみません。あなたより少し小さいくらいの男の子を見かけませんでしたか? 黒髪の男の子です」


 聞いてみると、男の子は無言のままスッと手を上げる。真っ直ぐ指差された先には古めかしい扉がありました。


「ありがとうございます。あそこにいるんですね」


 礼を言って扉に向かう。

 扉に手をかけようとし、その前に少年をもう一度振り返りました。


「あれ? いない……」


 少年の姿は消えていました。

 塔内の精霊族たちの様子がおかしいと伝えておこうと思ったのに、もういなくなっています。

 不思議な少年に首を傾げつつも古い扉を開けました。


「……真っ暗じゃないですか」


 部屋の中はとても広いようですが、真っ暗でなにも見えません。

 おそるおそる中に入ると、――――バタンッ!!


「ヒッ!」


 思わず飛び上がる。

 部屋の扉が勝手に閉まったのです。

 私は慌てて扉を開けようとしましたが、扉はびくともしない。


「ここを開けなさい! いったい誰のイタズラですか!?」


 ドンドンと扉を叩くも外からの反応はありません。

 こんな真っ暗な部屋に閉じ込めるなんて酷いイタズラです。

 早くイスラを見つけなければならないのにと憤慨しましたが、不意に。


「ようこそ、勇者の母君よ」

「えっ、……っ、うわあっ!」


 声が響いた次の瞬間、床が青白く発光したかと思うと巨大な魔法陣が出現しました。

 眩しさに目を眇めるも、魔法陣の中心にイスラが横たわっていて驚愕します。


「イスラ!!」


 急いで駆け寄り、ぐったりした体を抱き起こしました。


「しっかりしてくださいイスラ! イスラ!! 目を覚ましてくださいっ!!」


 飛びだす声は悲鳴に近い。

 気がおかしくなりそう。どんなに声をかけても揺すっても、イスラの瞳は硬く閉ざされているのです。

 冷静さを失いそうになる中、イスラの手を取り、胸に耳を当てました。

 呼吸はあります。心臓も動いている。


「イスラっ……」


 良かった。生きています。

 イスラの小さな体をぎゅっと抱きしめます。

 そして気持ちを落ち着け、前を睨み据えました。


「そこにいるのは誰ですかっ。出てきなさい!」


 強く言い放つと、暗闇からコツコツと足音が聞こえてきました。

 小さな人影が姿を現わし、息を飲む。


「あなた、さっきのっ……」


 そこにいたのは、先ほど出会った銀髪の少年でした。

 少年は恭しくお辞儀します。


「ようこそ、勇者の母君よ。母君におかれましてはご機嫌麗しく」

「あなたはいったい何者ですかっ!?」


 ごくりと息を飲む。

 少年の存在に辺りは息苦しいほどの緊張感に包まれます。

 明らかに普通の少年ではありません。

 少年から放たれる威圧感に飲み込まれてしまいそう。


「僕の名前はフェルベオ。精霊王だ」

「あなたが……精霊王……っ」

「そうだよ。――――この体はね」

「え?」


 子どもの高い声が突如低い男の声に変化します。

 少年はニタリと歪んだ笑みを浮かべ、爬虫類のような目付きでじろりと私を見たのです。そして。


「貴様が愚息の愛した人間か。まさかそれが勇者の母君とはな」

「まさか、あなたはっ……」


 嫌な予感に全身から血の気が引いていく。

 禍々しささえ感じる気配に体がカタカタと震えだす。

 そんな私に少年は薄い笑みを浮かべて口を開きます。


「初めまして、私こそが先代魔王。ハウストの父親だ」


 嫌な予感の的中に愕然としました。

 この男は十年前、神という存在に最も近づき、三界を破滅に追い込んだ存在なのです。


「どうしてここにっ、ハウストに封印されている筈じゃっ」

「ああ、忌々しいことに私は息子の手によって致命傷を負い、封印された。だが、それももう終わりだ」


 先代魔王はそう言うと、精霊王フェルベオの姿のままでゆっくりと近づいてきます。

 早く逃げなければと思うのに、金縛りに遭ったかのように体が動きません。

 絶対的な力と恐怖に体が竦み、せめてとイスラを抱き締めました。


「こ、こないでください! こっちへこないでください!!」

「つれない事を言う。私はハウストの父親だぞ? もう少し愛想を振り撒いたらどうだ」

「ふざけないでください! 誰があなたなんかにっ!」

「そんなことを言っていられるのも今のうちだ」


 そう言ったかと思うと、足元の魔法陣から更なる光が放たれました。

 眩しいほどの強い光の中、腕の中のイスラに異変が起きる。魔法陣に呼応するようにイスラが苦しみ始めたのです。

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