六ノ環・冥界の息吹き6


 異界から人間界への転移。異界へは勇者の力で繋がったものですが、同じ三界の王である魔王の力でも可能です。

 ハウストの手を握ると彼の魔力に包まれました。

 そして、人間界へ。


「うわあああっ! なんですかこれ!!」


 目の前の光景に飛び上がり、ハウストの腕にしがみ付いてしまう。

 アロカサル跡地には、広大な砂漠の地平線まで埋め尽くすほどの大軍勢がいたのです。

 数えきれないほどの魔界と精霊界の軍旗が風にはためいて、物々しい雰囲気に満ちています。兵士たちは規則正しい動きで整列し、ぴりぴりした緊張感を纏って臨戦態勢の状態でした。


「魔王様だ!!」

「魔王様がお戻りになられたぞ!!」


 突如現れたハウストと私に兵士たちが騒めく。

 上官の号令で整列していた兵士たちが最敬礼を取る。

 大軍の一糸乱れぬ最敬礼にただただ圧倒されてしまう。


「ハウスト、これはいったいっ……」

「俺の陸軍だ」

「見れば分かります!」


 思わず言い返すも、軍隊の迫力に落ち着きません。

 兵士たちが左右に割れて、厳つい甲冑姿の屈強な男たちが足早に歩いて来ました。甲冑を着ているのは魔界と精霊界の将軍、将校クラスの上級士官たち。一緒にジェノキスとランディの姿もあります。


「お帰りなさいませ。お待ちしていました」

「ご命令により、陸軍第四師団並びに第五師団、王直属精鋭部隊より三部隊が戦列を敷いております」

「ご苦労だった。フェリクトールから状況は聞いている通りだ。いつでも出陣できるようにしておけ」

「はっ、畏まりました」

「お任せください」


 屈強な陸軍将軍と美丈夫な王直属精鋭部隊大隊長がハウストに報告して最敬礼しました。それに続いて上級士官たちも背筋を伸ばして最敬礼する。

 すごい迫力です。

 呆然と見ていると、将軍と大隊長が私にも向き直りました。


「ブレイラ様、ご無事でなによりです」

「お怪我はありませんでしたか? ご無事のお戻り、心よりお喜び申しあげます」


 そう言って最敬礼した将軍と大隊長に続いて上級士官たちも最敬礼する。

 甲冑姿の将軍将校たちにいっせいに最敬礼されて尻込みしてしまう。

 びっくりして一歩引いてしまいそうになりましたが、ハウストがさり気なく背中に手を当ててくれました。

 そうですね、びっくりしている場合ではありませんよね。最敬礼に応えなくては礼儀に反します。

 私は背筋を伸ばして返礼する。


「ありがとうございます。ご心配おかけしました」


 私のそれに彼らもまた返礼し、それぞれの配置へ戻っていきました。

 それを見送り、ふぅとため息が漏れてしまう。

 慣れなければいけないと分かっていても、将軍将校たちの迫力に緊張してしまいます。


「待ってたぜ」

「魔王様、お待ちしていました!」


 次にジェノキスとランディに出迎えられました。

 無事に帰ってきた私たちにランディは安堵で泣きだしそうになっています。


「良かったですっ。本当に良かった!」

「ご心配をおかけしました」

「とんでもありません! こうして無事に戻ってきていただけただけでっ!」

「ありがとうごさいます。サーシャのご両親にも会えましたよ」

「本当ですか?! 良かった!」


 感激するランディに口元が綻びます。

 少し頼りない男ではありますが心根の優しい方です。

 本当に心配をかけてしまいました。ランディだけでなく、もちろんジェノキスにも。

 ジェノキスが安心したような、でも少し怒ったような顔をしています。普段は飄々としている彼の珍しい顔、とても心配してくれたのですね。


「あなたにも心配をかけました」

「あんたが異界に消えたって聞いた時はゾッとした。とりあえず、無事に帰ってきて良かったよ」

「精霊界から来て頂いたんですね」

「あんたが消えたって聞いて大人しくしてられるか」


 ジェノキスはそう言うと、ふと周りを見て不思議そうな顔をします。


「イスラはどうした? あんたの側をうろちょろしてないなんて有り得ないだろ」

「イスラは異界に残っているんです」

「どういうことだ?」


 ジェノキスとランディが訝しげな顔になりました。

 私とハウストは異界で起こってしまったことを二人に話しました。

 みるみる驚愕する二人に、ハウストは新たな役目を任せます。ランディは魔界へ戻り、ジェノキスは情報収集に戻りました。

 切羽詰った状況に二人はそれぞれの役目に急ぎ、私たちもダビド王の元へ向かいます。

 アロカサルを救う為、一分一秒も惜しい。今は急いでダビド王に会わなければなりませんでした。




 六ノ国・王都。

 私とハウストは軍を離れ、王都にある宮殿を訪れました。

 転移魔法の移動は便利ですが、先方にとっては迷惑かもしれませんね。突然の来訪になるわけですから。特に転移魔法を使った方の身分が高ければ尚更というもの。

 突然現れた私たちは宮殿の侍従たちをひどく驚かせてしまったことでしょう。

 侍従長の動揺に申し訳なくなりましたが今はそんなことを構っている場合ではありませんでした。

 しかしダビド王は宮殿を離れていました。もしかしたらアイオナと話し合っているのかもしれませんが、侍従長は恐縮しきりで私たちを応接間に案内しました。

 ダビド王は急ぎでこちらに向かっているそうです。


「ここが六ノ国の王都なんですね……」


 応接間の大きな窓からは王都が一望できます。

 私は窓辺に立って都を眺める。アロカサルに比べると人々の活気がないように見えるのは気の所為でしょうか。

 アロカサルに住む砂漠の民は首長ゴルゴスを慕い、都はとても賑わっていました。アロカサルは砂漠の花と称されるほど栄えていたのです。それなのに国の中心である王都の方が寂れているなんて違和感を覚えました。

 ゴルゴスとアイオナが語ったダビド王は聡明な方で、人柄も決して悪しきものではないようだったのに、そんな方が治める都だとは思えません。


「ハウスト、やはりダビド王は……」

「それは分からない。冥界は巧妙に人間界に入り込んでいる。正体を現さなければ確信は持てない」


 ハウストはそう言うと窓辺に立っている私の側まで来てくれました。

 窓枠に置いていた私の手にハウストの手が重ねられる。手を包むようにそっと握られ、彼を振り返りました。

 彼が少し屈めば唇が触れあう近い距離です。ハウストが目元に宥めるような口付けをしてくれました。


「そんな顔をするな。アロカサルもイスラも大丈夫だ」

「……この都へ来てから不安が大きくなってしまったんです」

「大丈夫だ。最悪の事態はなんとしても阻止する」


 ハウストの言葉に嘘はありません。きっとその為に魔界と精霊界から軍隊が寄越されたのでしょう。

 ハウストは魔王として、イスラは勇者として、それぞれ動いています。私もせめて気持ちを強く持っていなければなりませんね。

 落ちそうな視線をあげてハウストに笑いかけました。


「ありがとうございます。あなたとイスラを信じています」

「無理するな」

「……無理ってなんですか」


 せっかく視線をあげたのに、ハウストは少し呆れたように苦笑しました。


「お前に信じてもらえるのは光栄だが、無理して笑わなくていいぞ。不安なら不安だと言ってくれ」


 ハウストの指が私の頬をひと撫でしました。

 私を甘やかしてくれるハウストに不安で強張っていた気持ちが蕩けていきます。

 ハウストの手に擦り寄るように頬を寄せると彼が微かに笑う。


「今は出来ることをしよう」

「はい」


 そっと凭れかかると、ハウストの両腕が腰に回ってやんわりと抱き締められました。

 心地良い温もりに体から力が抜けていき、彼の肩口に顔を埋めて抱きつく。


「ハウスト、いろいろありがとうございました」

「いろいろ?」

「はい。イスラを守ってくれました。それに一緒に迎えに来てくれました。嬉しかったんです、私」

「当然だ。俺を婚約者も取り戻せない腑抜けにするつもりか?」

「ふふふ、腑抜けなハウストですか。ちょっとだけ見てみたいような?」

「お前の頼みでもそれは叶えてやれない」

「それは残念ですね。私がいない間、イスラはどうでした? あなたにワガママを言っていませんでしたか?」

「問題ない。お前のいない寂しさによく耐えていた」

「そうですか、イスラ……」


 私もイスラと離ればなれになって寂しかったです。

 今も寂しいです。でも、私がいない間にもイスラは成長しているようでした。


「あなた達が空から降ってきた時は驚きましたよ? いったい何が起こったのかと思いました」

「降ったじゃない。飛び降りた、だ。イスラも出来ると分かっていて飛ばせたが、よく付いてきたと思う」

「あなたのお陰です、私では出来ないことですから。私の前に降り立ったあなたとイスラはとても素敵でした」

「惚れ直したか?」

「はいっ」


 そう言って笑いかけるとハウストが優しく目を細めます。

 そしてまた目元に口付けられ、ついで頬と鼻先にも口付けが落とされました。


「お前は……、まさか囮になっているとは思わなかった」


 さっきよりも低い声でハウストが言いました。

 少し怒っているような口調です。どうやら会話の中で、私が囮になっていたことを思い出させてしまったようです。

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