Ⅲ・海戦と怪物と8
「イスラっ、イスラ!」
大きな声で呼んでもイスラは気付きません。
海岸沿いを駆け、堤防をイスラに向かって走ります。
走りすぎて苦しいです。最近ずっとお城暮らしなので、急に走って足が痛いです。でも私は山育ちですから負けません。
そしてようやく声が届く距離になりました。
「イスラ、見つけましたよ!! 待ちなさい!!」
「ブ、ブレイラ?!」
イスラが驚いた顔で振り向きました。
ようやく追いかけっこも終わりです。やっと捕まえられると思ったのに。
「イスラ?!」
イスラは急いで小舟を漕ぎだしました。
私に気付いて待ってくれると思ったのに、逃げるなんて意味が分かりません!
「に、逃げるとはなにごとです! どこに行くんですっ、すぐに戻ってきなさい!!」
「やだ!!」
「やだじゃありませんっ、どうして!!」
堤防からイスラを乗せた小舟が離れていきます。
このまま沖へ出るつもりでしょうか。そんなとんでもないこと許しません。
「だ、誰かイスラを捕まえてくださいっ!」
慌てふためいて声を上げるも、こんな所に誰もいるはずがないです。
でもこのままイスラを黙って見過ごすわけにはいきません。なんとしても船を止めなければ。
私は堤防に放置されていた空の木箱を海に投げ入れ、次は海に向かって駆けだしました。そして。
―――――ドボンッ!!!!
「ブレイラ?!」
イスラがギョッとした顔をする。
当然です。だって思いっきり海に飛び込んでやりました。
「わぷっ、ウ、……ぷはッ」
海水がしょっぱいです。海底に足がつかず必死にもがく。
ぷかぷか浮いている空の木箱にしがみ付き、溺れながらイスラに向かって叫びました。
「わたしっ、お、おぼれて、ますよっ! ゆうしゃならっ、たすけな、さい……! うぷっ」
「ブ、ブレイラ~っ!!」
私が泳げないことを知っているイスラは急いで小舟を近づけてきました。
側まで来ると小舟のオールを私に向かって差し出してくれる。
「ブレイラっ、ブレイラ! つかまって!」
「ぷはッ、あぷ……、う、よいしょ……っ」
海から小舟へなんとかよじ登り、乗船成功です。
「し、死ぬかと思いました……っ」
「ブレイラ~~!! ブレイラ、ばか! ばかああ!!」
イスラが泣きながら抱きついてきました。
驚かせてしまいましたね、泣かせてごめんなさい。でも今回はあなたが悪いですからね。それに親に向かってバカとはなんですか。
「やっと捕まえましたよ、イスラ?」
「ブレイラ……、う、ごめんなさい~っ」
こんなに素直に謝れるのに、いったいどういうつもりでこんな無茶をしたのか……。
でも今は早く戻りましょう。このまま沖へ行くわけにはいきません。
「イスラ、今はとにかく帰りましょう。このまま海へ出てはいけません」
「やだ!」
「え?」
きっぱりと拒否され、ますます意味がわからないです。
でも、イスラにとって何かがあるのかもしれません。
イスラは頑固で聞き分けのない時もありますが、普段はとってもいい子でお利口さんなんです。そのイスラが、考えも無しにこんな訳の分からないことをするとは思えません。
「……あいつがくるから」
「あいつ?」
「うん。あいつ、やっつけたい」
イスラはそう言うと沖に向かって舟を漕ぎだします。
沖に出るにつれて波が高くなり、小舟は頼りなく揺れ始めました。
「ま、まま待って! イスラ待ってください! こんな小さな舟で沖に出るのは危険です!」
波で振り落とされそうになって慌てて舟にしがみ付きました。
ただでさえ泳げないのにこんなの怖すぎます。
「でも、もうすぐくるから」
「もうすぐ何がくるんです?」
「あいつ……」
イスラはそう言うと、怖いほど真剣な顔をして舟を漕ぎます。
幼いのに力強く舟を漕ぐ姿はさすが勇者です。やはり、イスラにとっての何かがあるのでしょう。
でも今は心許ない小舟から降りたいです。こんな沖で溺れたら、私ほんとうに死んでしまいます。
「それならせめて大きな船に移りましょう。この舟でこれ以上沖へは出られません。ね?」
「でも……」
イスラが渋っていると、ふと大きな船が私たちの小舟に近づいてきました。
精霊界海軍の軍旗が掲げられたそれは精霊界の護衛艦のようです。
『そこで何をしている! ここは現在封鎖されている海域だ!』
護衛艦から警告されました。
でもこれは大きな船に乗り込む良い機会です。
しかも私たちが魔王ハウストの関係者だと気付いていないようでした。
「た、助けてくださーい! このままでは溺れてしまいます!」
私たちが助けを求めると護衛艦から縄梯子が降ろされました。これに乗れということです。
良かった、とりあえず小舟からは脱出です。
「イスラ、この船に移りましょう。小さな舟で沖へ行くのは危険ですからね」
「でも、このおふね、ハウストの……」
イスラはハウストにばれるのを怖れているようでした。
怒られるのが嫌だからなのか、それとも連れ戻されるのが嫌だからなのか、どちらかは分かりません。でも、このままという訳にはいきません。
「……分かりました。あなたと私のことは、とりあえず黙っておきましょう」
幸いにも護衛艦は精霊界のもので、上級幹部が乗り合わせていないような小さな護衛艦です。ここなら黙っていれば正体がばれることはないはずです。
私とイスラがいなくなって今頃城は大騒ぎになっているかもしれませんが、今は遭難者の振りをしてこの場を乗りきりましょう。海戦が終わったらすぐに島で降ろしてもらい、ハウストより早く城へ帰ればなんとかなるかもしれません。
本当はすぐにでも正体を明かして保護を求めることが正解だと分かっています。
でも、海を見据えるイスラの強い眼差しを無視できませんでした。
「いいの……?」
「そうしたいのでしょう? 私はよく分かりませんが、あなたが私に隠しごとをしているのは分かっています。大きな悩みを抱えていることも」
「か、かくしてるの、ない!」
「今更隠さなくても」
「ちがうっ。ブレイラ、あぶないから、だから!」
慌てて否定するイスラに苦笑しましたが、『早くあがれ!』と護衛艦から怒られてしまいました。
もたもた話している私たちに焦れたようです。
「とにかくこの船に移りましょう。行きますよ、イスラ」
「……わかった」
イスラを抱っこして縄梯子に掴まらせ、二人で護衛艦によじ登りました。
甲板に降り立つと精霊族の下級士官が出迎えてくれる。
「大丈夫でしたか? 遭難していたようですが」
「はい、ここまで流されてしまって……。あの、良かったら着替えを貸してもらえませんか? 海に落ちてしまったので」
びしょ濡れの私に士官は体を拭く布と着替えを用意してくれました。
さすがに濡れたままでいる訳にはいきません。少し寒かったので助かります。
「本艦は只今作戦行動中で帰港することは出来ません。申し訳ありませんが作戦が終了するまで本艦にて過ごしていただくことになります」
「大丈夫です、保護していただいただけで充分ですから。私たちは邪魔にならない所にいますね」
士官は頷くと、上官らしき男に私たちの報告をする。「兄弟らしき二人の人間を保護しました。おそらく付近の島民かと思います」報告内容が聞こえてきて、私とイスラは顔を見合わせました。
私たちのことはばれてないようで、年の離れた兄弟だと思われているようです。
こうして私とイスラはまんまと護衛艦に乗ることが出来たのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます