Ⅲ・海戦と怪物と9


◆◆◆◆◆◆


「魔王様、海賊船を目視可能な距離に捕らえました」


 報告内容に頷き、戦艦の甲板から海賊船を捕らえる。

 海賊旗が掲げられた海賊船は魔界の護衛艦に包囲された中、舵を切って必死に逃げているようだった。


「なるほど逃げ足だけは早いな。遠距離砲で追い込み、包囲しろ」

「はっ!」


 命令に従って砲弾が連射される。

 凄まじい砲撃音が鳴り響き、海賊船が激しく左右に揺れた。

 だが着弾しても海賊船が壊れた様子はない。


「防壁魔法を発動したか。あの海賊の中には高い魔力を持った者がいるようだな」


 おそらくイスラに呪縛魔法をかけた者と同一人物だろう。勇者の魔力を封じるレベルなら納得できる。


「部隊の精鋭を向かわせます」

「いや、あの防壁魔法は俺が破壊する」

「しかし……」


 将校は手柄の機会を逃すまいとするが、今回ばかりはハウストも譲ってやれなかった。普段ならば任せるが、この海賊狩りに私情が混じっていることは自他ともに認めるところだ。


「構うな。俺のものに手を出した不届き者を見てみたい」


 巨大な戦艦が轟音をあげて海を突き進む。

 ハウストは艦首へ移動し、接近する海賊船を悠然と見下ろした。

 海賊船の甲板では船長らしき赤髪の男を中心に魔力を持った海賊たちが強力な防壁魔法を張っている。

 その周囲を他の海賊が必死に駆け回り、舵を切ったり反撃したりと騒がしい。

 接近した巨大戦艦に海賊船の甲板が慌ただしくなり、赤髪の男が鋭い眼光でこちらを睨み上げていた。


「あれが海賊の船長か」

「はい。名はアベルといいます。この海域一帯の勢力図を僅かな期間で塗り替えた海賊だとか」


 背後に控える将校が答えた。

 ブレイラの言っていたとおり若い船長だ。有能な男のようだが、遊ぶ相手を間違えたということを教えてやろう。

 手中に魔力を集中して光の矢を放つ。

 空を裂く一矢は強固な防壁を突き破り、船長の足元に威嚇するように突き刺さった。


「てめぇっ……!」


 防壁魔法が破壊され、アベルがカッとして火炎魔法を放つ。

 しかしハウストの魔力の壁に遮られた。

 凄まじい火炎に空気がゆらゆらと揺らめく中、ハウストとアベルが対峙する。


「ブレイラとイスラが世話になったな」

「どっかの愛人だとは思ってたが、まさかこんな大物が出てくるとは驚いたぜ」


 アベルはそう言って巨大戦艦に掲げられた魔界の王旗をちらりと見る。

 風にはためく王旗は男が魔王ハウストである証明であり、その存在の前では一介の海賊など破滅宣告を受けたようなものだ。

 だがアベルの強い眼光が翳ることはなかった。

 ギラギラした好戦的な眼差しで魔王を見据えている。

 その姿に、惜しい男を殺すことになるとハウストは冷笑した。


「知らずにブレイラに近づいたことには同情しよう。だが無知は罪だともいう。一度の過ちが身を滅ぼすこともあると、俺が直々に教えてやろう」

「舐めやがってっ、やってみろよ!!!!」


 アベルの魔力が爆発的に膨れ上がった。

 巨大な球体化した火炎がハウストに襲いかかるも、ハウストは片手だけでそれを薙ぎ払う。

 しかしその隙をついてアベルが一気に距離を詰めてサーベルで切りかかった。

 ガキンッ!!

 大剣とサーベルがぶつかり合い、火花を散らす。

 ハウストはニヤリと笑った。早さも力もあるが我流の剣筋は手癖があって読みやすい。


「威勢のいい子どもだ。だが遊びはここまでだ」


 大剣を振り翳したと同時に魔力を放つ。

 真正面から食らったアベルは甲板に叩きつけられた。


「くそぉっ! ッ、オラアアア!!」


 アベルはよろめきながらも立ち上がり、サーベルに集中した魔力を解き放った。

 魔力が光の鎖となってハウストに襲いかかる。呪縛魔法だ。

 魔力を宿した鎖がハウストの腕に巻き付いてぎりぎりと締めあげる。


「なるほど、やはりお前がイスラに呪縛魔法を仕掛けたのか」

「魔力を封じるにはこれが一番だからな!」

「それは一理ある。だが」


 ――――パリーン!!

 一瞬で鎖が破壊され、破片がパラパラとハウストの足元に落ちた。


「格上相手に通じるものではない」


 残念だったな、ハウストが冷笑する。

 そして次に放たれたのは海を凍らせるほどの冷気だった。

 凍てついた海に閉じ込められて海賊船は走行不能になり、甲板やマストが瞬く間に氷漬けにされていく。


「クソッ、化け物かよっ!」

「魔王とは、そういうものだ。人間が俺に対抗したくば勇者でも連れてくるんだな」


 ハウストは嘲笑を浮かべ、愉悦とともに力を解放する。

 しかもこれはハウストの魔力の片鱗でしかない。桁違いの力を前に、アベルはごくりっと息を飲んだのだった。


◆◆◆◆◆◆




「…………ハウスト、まおうみたいだ」

「…………ハウストは最初から魔王ですよ」


 ハウストと海賊の戦闘が始まり、私とイスラはそれを遠く離れた護衛艦の甲板から見ていました。

 開戦と同時に魔界の海軍の圧倒的な火力と軍事力で海賊船は追い詰められ、そしてハウストが自ら前線で船長と戦いだしたのです。

 まさかハウストが戦うとは思わなかったので驚きました。

 それにしても容赦ないです……。

 激突する二つの力。戦いに関して素人の私にも二人には歴然とした力の差があるのが分かります。当然です。ハウストは三界の王の一人、魔王です。ハウストに対抗できるのは同じ三界の王である精霊王と勇者だけなのですから。


「あれは、わるいまおうじゃないのか?」

「違います」


 きっぱり否定しました。

 しかし否定しながらも、遠目に見ていてどっちが悪者か判断しかねる容赦なさです。

 戦っているのは正規軍と無法者の海賊団なのですが、おかしいですね……。


「あ、ハウストが、こおりでうごけなくしたせんちょうを、えいってした。……わるいまおうじゃ」

「ありませんっ! えっとですね、たしかにハウストは魔王ですが、そういうのじゃなくてですね。と、とにかくハウストはちゃんとしてて、優しいところもあってっ」

「あ、こんどはあしでえいってした。わるいまおうじゃ」

「ち、ちち違いますってば!」


 必死に弁解しますが、それをハウスト自らが台無しにしてしまう。

 たしかに冷酷非道の魔王に見えますが、このまま誤解されたままではいけません。ハウストの名誉は守らなければ。


「あのですね、ハウストは海賊を退治してくれているんです。あなたと私は海賊に捕まって、怖い目に遭ったでしょう? 海賊は怖い人達なんです。だからハウストがえいって、退治してくれてるんですよ」


 説明しましたがイスラは納得いかない顔で考え込んでしまう。

 船長をじっと見つめて首を傾げています。


「せんちょう、こわかったけど、ブレイラをたすけてくれた」

「えっ、それじゃあやっぱり船長が?!」


 そうじゃないかと思っていましたが、やはりそうでしたか。でもいったい何から助けてくれたのか……。

 イスラに聞き返そうとしましたが、その時。


「海の様子が変だ!!」


 ふと護衛艦の士官が声を上げました。

 何ごとかと海を見て、息を飲む。


「こ、これはっ……」


 戦艦の下に巨大な黒い影が見えました。

 戦艦よりも巨大なそれが海の中を移動している。移動によって戦艦がぐらりと大きく揺れて、慌てて柱にしがみ付きます。

 なんとも嫌な揺れです。

 見るとイスラは甲板に仁王立ちし、じっと海を見据えていました。


「イスラ、こっちへ来なさい! 私から離れないでください……!」


 誤まって海に落ちたら大変です。ゆらりゆらりと揺れる甲板を移動し、なんとかイスラの元へ辿り着きました。


「何してるんですか、こんな所にいたら危ないじゃないですか!」


 甲板にいては危険です。急いで戦艦の中に入ろうとしましたが、イスラは動いてくれません。

 真剣な顔でじっと海を見つめているのです。


「ブレイラ」

「な、なんですか?」


 いつにないイスラの様子に私まで緊張してしまう。

 そして小さな背中が私を振り返り、強い瞳で誓うように言葉を紡ぐ。


「こんどは、ちゃんとまもる。もう、こわいのないから、だいじょうぶだ」

「え?」


 訳が分からずに聞き返そうとしましたが、――――ぐらりっ。


「わあああっ!」


 今までにない大きな揺れが襲い、咄嗟に仁王立ちするイスラを抱きしめました。

 次の瞬間、ザバアアアァァァァンッ!!!! 海中から巨大な怪物が姿を現わす。


「うそっ……」


 腰を抜かしてへなへなと崩れ落ちました。

 夢でも見ているのでしょうか。

 だって、目の前の巨大な怪物は戦艦よりも大きなタコかイカか……。こんな生き物を他に見たことがありません。

 突如出現した巨大な怪物に辺りは騒然となります。


「ま、まさかクラーケンじゃっ……」


 クラーケン。精霊族の誰かが言いました。

 甲板は一瞬シンッと静まり返り、そして混乱のるつぼと化す。

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