第三章・あなたが教えてくれました。 私の目に映る世界は色鮮やかで美しいと。5
「あなた、なんて事するんですか!」
「勇者と戦っただけだ」
「まだ子どもです!」
「子どもでも勇者だ。例え生まれて一ヶ月しか経ってなかろうと勇者は勇者」
「馬鹿なこと言わないでください!」
渡すまいとイスラを抱き締めました。
イスラだけは絶対に渡すわけにはいきません。早くここからイスラをつれて逃げなければ。
「ようやく子どもがお昼寝したんだ。今から大人の話をしようぜ?」
「あなたと話すことはありませんっ」
「残念だけど俺にはある。あまり手荒な真似はしたくないって言ってるだろ?」
ジェノキスは面白そうに言うと、「それにしても」と近づいてきます。
早く逃げたいのに、体が金縛りにあったように動かない。
ジェノキスはゆっくりとした動作で私に顔を近づける。
「人間にしとくのはもったいない美人さんだな。ほんとうに大人の話しする? それなら保護の間もめちゃくちゃ大事にするけど」
低く囁かれた言葉。
その意味に羞恥と屈辱でカッと血がのぼる。
「ば、馬鹿にしないでください!」
「結構本気なんだけど」
「――――大人の話なら俺も混ぜてくれ」
不意に聞こえた声に目を見開きました。
「ハウスト!」
振り返るとハウストが立っていました。
ハウストはジェノキスを見据えたまま口元に笑みを浮かべています。
「久しぶりだな、ジェノキス。お前の噂は魔界でも聞いている」
「どうも、それは至極光栄。……でもちょっと戻ってくるのが早すぎじゃないですか?」
「イスラの魔力が発動したのを感じて嫌な予感がしたんだ。勇者の魔力は異色だからな。どうやら俺の判断は間違ってなかったようだ」
「……ハハっ、さすが魔王さま。勇者とちょっと遊びすぎたかな?」
ジェノキスがあからさまにうんざりした顔になりました。
そしてハウストが一歩一歩近づくにつれ、ジェノキスは警戒しながら一歩一歩離れていく。
じりじりとした重苦しい緊張感が辺りを支配する中、私とイスラを庇うようにしてハウストが前に立ちました。
ハウストの背中越しに見るジェノキスが小さく舌打ちします。
「せっかく巡ってきたチャンスだと思ったんだけど……。まあ仕方ないか、さすがに魔王とこんな所でやり合いたくない」
「それは残念だ。俺はいつでも構わないが」
「そりゃどうも。でも俺はしばらく遠慮しときたいかも」
ジェノキスは軽い口調でそう言うと、「じゃあ、魔王様をこれ以上怒らせたくないから」とこの場からふっと姿を消しました。
気配が消えてほっと安堵の息をつく。
でも抱き締めているイスラは気絶したままです。
「イスラ、大丈夫ですか? しっかりしてください、イスラ」
呼びかけてもイスラは答えない。
ぐったりしたままのイスラに焦ってしまう。
「ハウスト、イスラが」
「大丈夫だ。まだ使い慣れてない力を使ったせいで気を失っているだけだ。しばらくこのままだろう」
ハウストは淡々と答えると、私の腕の中のイスラを抱きあげる。
そして多くを語らないまま家へ向かって歩きだしました。
「あ、待ってください……っ」
私も慌ててそれについていく。
ハウストの後ろを歩きながら、その背中を静かに見つめる。
怒らせてしまったかもしれません。
せっかくハウストは私を信頼して留守を任せてくれたのに、ハウストの到着が後少し遅れていたらイスラは精霊族に連れて行かれていたんです。
「……ハウスト、すみませんでした」
「気にするな。お前が気にすることじゃない」
「でも……」
「お前はよくやってくれている」
ハウストは振り返らないまま言いました。
顔が見たいです。
言葉はとても優しく慰めてくれるけれど、言葉ではなく顔が見たいです。
しかしその望みを口にすることは出来ませんでした。
振り返らないハウストの背中に拒絶されているような気がしたのです。
家に帰ると、ハウストは気絶したイスラをベッドに寝かせました。
ハウストは眠っているイスラをじっと見つめています。
重い沈黙が落ちる中、私はその後ろ姿を見ていることしかできません。
さっきハウストは私を慰めてくれましたが、怒らせてしまったかもしれないという不安がどうしても拭えないのです。
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