Ⅱ・行方不明事件と海賊と2

「ブレイラ、こっちだ!」


 イスラお気に入りの洞窟は、入り江の岩礁の先にあります。

 ぴょんぴょんと身軽に岩場を越えていくイスラに私は必死でついていく。

 まだ幼い子どもとはいえイスラは勇者なので、普通の人間より身体能力が非常に優れているのです。


「ま、待ってくださいっ」

「はやくー!」

「分かってますからっ。……ぅっ、よいしょっ」


 大きな岩を乗り越え、岩礁をようやく抜けました。すると目の前に、ぽっかり空いた洞窟の入口が現われます。


「ついたー!」

「入ってみましょう」

「うん!」


 昨日も洞窟に来ていますが、二回目の今日もイスラは瞳をキラキラさせて冒険気分です。

 でもそれはイスラだけで、正直なところ私は苦手だったりします。

 だって洞窟内は昼間でも薄暗く、ひんやりしていて少し不気味です。一人だと入ることを躊躇っていたでしょう。

 しかし昨日はハウストと一緒だったので怖くありませんでした。むしろワクワクして楽しいくらいだったんです。

 そして今日はイスラと二人なので怖がっている場合じゃありません。イスラが楽しんでいるのに、私一人怖がっていては親の威厳が保てなくなるというものです。

 私は平気な振りをし、イスラと手を繋いで洞窟に入っていく。

 洞窟は少し歩くと行き止まりになっていて、突き当たりはちょっとした空間が広がっています。そこには古い仕掛け網や木箱などが散乱していました。昔は漁師が休憩所として使っていたのでしょう。


「ブレイラ! かくれんぼしたい!」

「いいですよ。でも、洞窟から出ないでくださいね」


 そう約束し、さっそくかくれんぼの始まりです。

 もちろん最初は私が鬼で、両手で顔を覆って一から十まで数えました。


「もういいですかー?」

「まーだだよー!」

「次が最後ですからねー!」


 イスラが慌ててごそごそ隠れる気配を感じながら、もう一度数えます。


「――――、なーな、はーち、きゅう、じゅう! 終わりです、探しに」

「ブレイラ! みて!」


 探しに行く前にイスラが声を上げました。

 その驚いたような声に、私も慌てて顔を上げる。


「どうしました?!」

「ブレイラ、これ! なんかあった!」

「えええっ?!」


 イスラが指した場所には地下へと降りて行く階段があったのです。

 どうやら放置されていた古い御座をどけてみたら、地面に石が積み重なっていたようでした。その下に階段発見というわけです。


「みつけた! すごい?」


 イスラが誇らしげに聞いてきました。

 どうしましょう、困りました……。しかし新たな入口を発見する探索能力は勇者にとって必須です。


「す、すごいですね。こんな所に階段があったなんて……」


 褒めるとイスラは照れ臭そうにはにかみました。

 そして私の手をぎゅっと握ります。


「ブレイラ、いってみたい!」

「えええっ!」


 そんなの嫌です。行きたくありません。

 こんなふうにわざわざ隠してあった入口に入るなんて絶対嫌です。危険な臭いしかしないじゃないですか。


「ま、待ってくださいイスラ。先にハウストに相談しましょう。ハウストも一緒に来てもらった方がいいです。ね? その方が安心ですから」


 そう、その方がいいに決まっています。

 いくらイスラが勇者とはいえ、何かあってからでは遅いのです。

 しかしこの提案はイスラの気に障ったようで、ムッと眉間に皺を刻んでしまう。


「……オレはつよい。ゆうしゃだ」

「もちろん知っています。でも、洞窟の奥に入っていくのは危険です。ハウストだって、この洞窟にこんな階段があるなんて知らないかもしれません。だから止めておきましょうね。どうしても行きたいなら、ハウストに相談してからです」


 説得しましたが、イスラはますます不機嫌になっていきました。

 唇を尖らせて拗ねた顔をし、じっと何ごとかを考えたかと思うと。


「やだ、いく!」

「イスラ、待ちなさい!!」


 あっという間に地下への階段を降りてしまいました。

 私も慌てて後を追いますが、暗くてほとんど見えません。


「イスラ! イスラ?!」


 怖さと不安で声が少しだけ震えてしまいました。

 でも今はどんなに怖くてもイスラを追いかけなければなりません。


「返事をしてくださいっ。どこにいるんですか?!」


 大きな声で呼びかけると、少し先の方でぽっと明かりが灯る。イスラです。

 イスラが光魔法で明かりを灯してくれました。


「そこにいたんですね、勝手に行ってはダメじゃないですか!」


 光を目指して駆け寄ると、イスラが拗ねた顔で俯いていました。

 でも私の顔をちらちらと見上げ、「でも」「だって」と言い訳をしようとする。


「だってじゃありませんっ。あなたに何かあったらどうするんですか?」

「……でも、ゆうしゃだから、だいじょうぶ」


 それでも意地になったように納得してくれません。

 そんなイスラの手を握り、膝をついて目線を合わせました。


「イスラ、よく聞いてください。あなたはとても強い勇者です。でも、私の子どもなんです。だから私はあなたが心配で、あまり無茶をしてほしくありません。分かってください」


 ゆっくり言い聞かせると、ようやくイスラは頷いてくれました。


「……ごめんなさい」

「いい子ですね。もうしてはダメですからね?」

「うん」


 いい子いい子と頭を撫でると、イスラに手を差し出しました。


「では手を繋ぎましょう。一人でどこかに行ってはいけませんよ?」

「わかった!」


 差し出した手をイスラがぎゅっと握ります。

 そのまま手を繋いで地上へ続く階段へ向かいましたが、不意に、階段の上から複数の足音と話し声が聞こえてきました。


「おい、誰かここを開けたみたいだぞ!」

「なんだとっ、ここが見つかったっていうのか!」


 聞こえてきた声に動揺しました。

 この地下を利用している者達が戻ってきてしまったのです。

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