Ⅱ・行方不明事件と海賊と3
「ど、どうすればっ」
全身の血の気が引いていく。
聞こえてくる声は荒々しい声ばかりで、とても平和的に話しあえる相手とは思えないのです。
「ブレイラ、こっち」
イスラが私の手を引いて奥へと走ります。
通路の突き当たりに大人一人が通り抜けできるくらいの穴があり、私たちはそこに逃げ込み……愕然としました。
「これはっ……」
穴の先は開けた空間が広がり、地下の浜辺になっていました。
洞窟の中にあったもう一つの海岸は美しく、海底で外の海と繋がっているようです。
まるで海を閉じ込めたような地下空間は幻想的で美しくありましたが、所々に山積みされた金塊や宝石などの財宝に眩暈がしました……。
だって、ここって明らかに海賊のアジトじゃないですか!
完全に想定外です。だってこの離島は第三国だから海賊は近づいてこないってハウストが言ってました。それなのに、近づいてこないどころかアジトまであるなんて!
「どこか逃げられる場所はっ」
おろおろしながらも逃げる場所を探します。
でもここは洞窟の最深部のようで完全な袋のネズミでした。
「こっちだ! こっちから人の気配がするぞ!」
「なんだと?! 捕まえろっ、絶対に逃がすな!」
そうしている間にも海賊たちの声が近づいてきます。
もうダメです。逃げ道を探している暇はありません。
「とにかく今は隠れましょう!」
イスラを抱きあげると、乱雑に積み上げられた宝箱の陰に隠れました。
間もなくして海賊たちが姿を見せました。
宝箱の隙間から様子を確認し、絶望感で目の前が真っ暗になる。
人数はおよそ二十人。どの男達も厳つく強面で、どう見ても怒鳴らずに話ができそうな人間がいません。
あまりの恐怖に全身が震えそうになりましたが、ぎゅっとイスラに抱き締められました。
見ればイスラが心配そうに私の顔を覗きこんでいます。
そんなイスラに胸がぎゅっと締め付けられました。大丈夫ですよ、と口だけ動かして笑いかける。
いけませんね。心配させないでと言ったばかりなのに、私がイスラを心配させてしまいました。
イスラのお陰で冷静さを取り戻し、打開策を考えます。
とにかく今は見つからないように身を潜め、誰もいなくなったら脱出するしかありません。
宝箱の隙間から様子を窺いました。
海賊たちは好き勝手振る舞っているようでいて、よく見ると一人の赤髪の男を中心に統率が取れているようです。
赤髪の男は私よりも少し年下でしょうか。表情にまだ幼さを残しながらも、整った顔立ちに野性的で鋭い眼光を持った男でした。
そして肩に羽織って靡かせているのはキャプテンコート。彼が海賊の船長です。
「ここが知られたんだ、絶対に逃がすな。場合によっては始末しろ」
「「「「オオオオオッ!!」」」」
船長の命令に海賊たちが勇ましく拳をあげました。
冗談じゃありません。見つかったら殺されるということじゃないですか。
もしかしたら最近の行方不明事件もこの海賊絡みなのかもしれません。海賊なら充分あり得る話です。
「ブレイラ、オレがあいつらをやっつける」
小声でイスラが話し掛けてきました。
勇者らしいそれに苦笑しましたが、戦わせるわけにはいきません。
「そうですね、あなたなら出来るかもしれません。でもそれは最後の手段にしましょう」
「どうして?」
「さっき言ったじゃないですか。あなたは勇者ですが、私にとっては子どもです。私があなたを守りたいんです」
私にそんな力はないことは百も承知ですが、自分の子どもを戦わせたい親などいません。
分かってくださいね、と腕の中のイスラをぎゅっと抱きしめます。
こうしている間にも、海賊たちは洞窟内を捜索しはじめました。
ガシャーーン! バタン! ガチャーン!
海賊たちは乱暴に宝箱や木箱を引っ繰り返し、隠れた私たちを探しています。
もう誰もいなくなるのを待っていられません。今直ぐここを脱出しなければ。
私はイスラを真剣な顔で見つめます。
「イスラ、今からここを出ます」
「いまから?」
「はい、見つかったら大変です。早くここから逃げるんです」
出口は一つしかないですが、ここからそんなに離れている訳ではありません。
ぎりぎりまで近づいて、一気に出口に走ってアジトを脱出しましょう。無謀な作戦ですが、僅かな可能性に賭けたい。捕まるよりマシです。
私はイスラを連れてこそこそと移動を始めました。
「さーて、どんな奴がここに潜り込んだんだか」
海賊たちがアジト内を探し回る中、船長がナイフをくるくる投げながら呟いている。
私たちに気が付いていないうちに急ぎましょう。
「盗賊の類いか、漁師か、どっかの国の官憲か……」
ナイフをくるくる投げながら、侵入者候補を一つ一つ挙げています。
そのまま気付かないでくださいと祈りなから宝箱の陰に身を潜めていましたが。
「――――まさかの子連れ美人か」
グサッ!
「ヒィッ!」
ナイフが目の前の宝箱に突き刺さり、情けなく飛び上がりました。
そして、ニヤリと笑った船長と目が合ってしまう。「し、しまったっ……」嫌な予感しかしません。
「ネズミだ、捕まえろ」
「「「オオオオオオオ!!」」」
海賊たちが雄叫びをあげて向かってきました。
やっぱり悪い予感的中です。
「イスラ、逃げましょう!」
咄嗟にイスラを抱っこして逃げだします。
しかし閉じた地下空間で逃げ切れるはずはなく、海賊たちにあっという間に囲まれてしまう。
「鬼ごっこは終わりだ。いったいどこから来たのか吐いてもらうぜ!」
巨漢の海賊がニタリと笑って近づいてきました。
私を捕まえようとした海賊にイスラがムッとする。
「ブレイラにさわるな」
「うわあああ!!」
抱っこしていたイスラが魔力を発動して巨漢を弾き飛ばしました。
思わぬ反撃に海賊たちの間に動揺が走ります。
「このガキ、魔力持ってんのか?!」
「どういう事だ。こんなガキがいるなんてっ」
しかしざわめく海賊たちの中で、船長だけは動じることがありませんでした。
それどころか口角をあげ、鋭い眼光に爛々とした光を宿す。
「魔力くらいでびびってんじゃねぇよ。それでも海賊か?」
船長はそう言うとサーベルを構えて魔力を高めます。
ゆらりと立ち昇る魔力に背筋に嫌な汗が伝いました。
「早く逃げましょうっ……」
「逃がすわけねぇだろ! オラアァ!!」
「うわあっ!」
サーベルから魔力が放たれ、光の鎖に変形して抱っこしているイスラを縛り上げました。
その光の鎖知っています。力を封じる呪縛魔法!
「イスラ、大丈夫ですか?! イスラ!!」
「うっ、うぅ! ちからがっ……」
光の鎖を外そうとしてもびくともせず、それどころかぎりぎりとイスラを縛り上げます。
イスラと名を呼び続ける私に、ふと船長が何かに気付いたように目を丸めました。しかし驚いた表情は直ぐに楽しげなそれへと変わっていきます。
「……イスラか。なるほど、そいつが」
船長は意味ありげに言うと、私とイスラへゆっくり近づいてきました。
慌てて逃げようとしましたが、背後に厳つい海賊が壁のように立って逃げ道を塞がれてしまう。
船長はイスラの顔を覗きこんでニヤリと笑いました。
「どうだ、魔力ごと縛り上げられた気分は?」
「こんなのっ、すぐに、やぶる!」
イスラは魔力を高めましたが、更にきつく縛られて発動できない。
「そう簡単に逃がすかよ」
「うっ、なめるな……!」
「ハハハッ、ガキにはまだ無理だ」
船長は声を上げて笑うと、次は私を見ました。
逃げようと身を翻そうとし、「ッ!」と息を飲む。
目の前に突き付けられたのはナイフの鋭い刃でした。
「動くなよ。せっかく綺麗な顔してんのに、ズタズタになるぞ?」
頬にナイフを当てられたまま、船長の指が私の輪郭をなぞり、顎を掬われて顔を上げさせられる。
「子連れで海賊のアジトに侵入するなんていい度胸してんじゃねぇか。どこの回しもんだ」
「わ、私たちはそんなんじゃありませんっ。ここに侵入したわけじゃなく、迷い込んだだけです!」
「ふーん、そりゃ可哀想に。だが侵入だろうが迷子だろうが、ここを知られてただで帰すわけねぇだろ」
ようするに侵入者だろうと迷子だろうと事態は何一つ変わらないということ。私とイスラの命運はこの男に握られたままです。
「こ、ここのことは誰にも言いませんっ。だから私たちを帰しなさい! 早くイスラの呪縛を解くんです!」
「馬鹿か、海賊が大人しく聞くわけねぇだろ。てめぇは海賊に捕まったんだ。それなら今日から船長の俺のもの。当たり前だろ?」
「勝手なこと言わないでください!」
「騒ぐなよ、立場も考えられねぇのか」
船長はそう言ってニヤリと笑うと、ナイフの切っ先で私の頬をなぞり、柔らかな皮膚の首筋へと降ろしていく。
微動だに動くことも許されないまま、私の今後を淡々と語ります。
「こんだけの美人なら高く売れそうだな。楽しい趣味を持った貴族どもが大喜びで買ってくれそうだ。それとも、てめぇの身元を調べて身代金をぶんどるか」
「それだけはやめてください!」
声を上げた私に船長が愉快そうに笑いだしました。
「ハハハッ、やっぱりどっかの貴族様かっ」
「そんなんじゃありません!」
「嘘つくなよ。こんな上等なの着といて説得力ないぜ?」
「痛いッ!」
イスラを抱いていた手を無理やり掴まれました。
片手でイスラを抱きしめ、「離しなさい!」と手を振り解こうとするも逆に引き寄せられてしまう。
「貴族じゃねぇなら愛人か? どっかの王族か貴族の男に抱かれてアンアン鳴いてんのか。だとしたら、てめぇの価値があんま読めねぇなあ。飼い主は他に何人囲ってんだよ」
「な、なんて失礼なっ。今直ぐ発言を撤回しなさい!」
「うるせぇな。要求する身代金の額によっては、あんたが見捨てられるかもしれねぇだろ。まあ、こんだけ美人なら多少ふっかけてもてめぇの飼い主は払うかもしれねぇがな」
船長はそう言って、不躾なくらいじろじろと私を見ます。
そして顔を近づけてきたかと思うとニヤリと笑いました。
「心配すんな、引き取り手がなけりゃ俺が囲ってやるよ」
「っ!」
あまりの侮辱に怒鳴り返そうとしましたが。ピタリ。またしても頬にナイフの刃があてられる。
「大声出すなって言ってんだろ。一ミリでも動いたら、その顔に傷がつくぜ?」
嘲笑する船長にカッと頭に血が昇りました。
「あんまり人を舐めるんじゃありません!!!!」
ドンッ!! 思いきり体当たりしてやりました。
体当たりの瞬間、スパッと頬に赤い一線が走りましたが構いません。こんなの全然痛くないです。
突然のことに船長が驚いて砂浜に尻餅をついている。いい気味です。ザマァ見ろです。イスラと私を侮辱したお返しです!
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