五ノ環・魔王と勇者の冒険か、それとも父と子の冒険か。4

「わかった。何か探すぞ」

「うん」


 二人は更に森の奥へと入っていく。

 しばらく歩くと茂みの向こうに川の流れる音がした。

 ハウストとイスラは顔を見合わせる。


「行ってみるか」

「うん」


 二人がさっそく行ってみると思った通り川が流れていた。

 水面は空の色を映して灰色だが、水質は無色透明で濁っていない。川はまだ冥界の侵食を免れているようだ。


「おさかな、つるのか?」


 イスラの顔が心なしかワクワクしている。

 釣りなどしなくても魔力で川に波を起こせば魚を陸に打ち上げられる。しかし、釣りをする気のイスラに否とは言いにくい。


「釣ってみるか?」

「やる!」

「分かった」


 そうと決まれば釣り竿を作らなくてはならない。

 ハウストは手頃な枝を手折ると、その辺にぶら下がっていた細い蔦を千切った。

 千切られた蔦は「ギャッ」と悲鳴をあげたが、ハウストとイスラは構わずに釣り竿作りをする。もちろん石をどかして餌の虫を捕ることも忘れない。


「できた!」


 イスラは完成した釣り竿を持ってさっそく川辺に近づいていった。

 ポチャンッ。川に釣り糸を垂らす。

 川辺にしゃがんで釣りをするイスラの隣にハウストも座って釣り糸を垂らした。

 沈黙が落ちる。

 二人の間には一人分の隙間が空いている。それはまるで今の自分達の距離のようで、ハウストは内心苦笑した。

 少ししてイスラの釣り糸がツンツン引かれる。


「あっ、ツンツンしてる。えいっ、……ああ」


 釣りあげようとしたが魚に逃げられてしまった。しかも餌だけ取られている。

 イスラは残念そうに泳いでいく魚を見送った。

 しかし諦めない。石をどけて餌になる虫を見つける。うねうね蠢く虫を捕まえ、新しい餌を釣り糸に結びつけようとした。


「……うまく、つかない」


 ムムッ、イスラの眉間に小さな皺が寄る。


「貸してみろ」

「え?」


 イスラは困ったように手元の釣り糸とハウストを交互に見た。自分で釣り餌もつけられないことが悔しいが釣りはしたい。


「貸せ」

「う、うん……」


 イスラが観念して釣り竿を渡すとハウストはあっという間に餌を結び付けてしまった。


「できたぞ」

「……ありがと」


 イスラは受け取ってまた釣りを再開した。

 また沈黙が落ちるも、今度はイスラがチラチラとハウストを窺っている。

 なんともいえない居心地の悪さにハウストの眉間に皺が刻まれたが、その時、イスラの釣り糸がツンツンと引かれた。


「イスラ、掛かってるぞ」

「わっ、わわ!」

「いきなり釣りあげるな。魚の動きを見ろ」

「う、うんっ」


 イスラは慎重に釣り竿を握る。

 魚の動きをよく見て、そして。


「えいっ! や、やったっ、つれた! つれた!」


 イスラが興奮したような声をあげた。とうとう魚が釣れたのだ。

 イスラの両手より一回り大きな川魚で、嬉しそうな様子にハウストは目を細める。


「よくやったな」

「うん! もっとつりたい!」

「釣りをしたことがあったのか?」

「ない。でも、うみでみたから」

「モルカナの時か」

「うん」


 イスラは俄然張り切って新しい餌の虫を探しだす。

 こうして二人は釣りを続け、ハウストは五匹、イスラは三匹の川魚を釣ったのだった。




 パチパチッ。焚き火の木枝が爆ぜる。

 ハウストとイスラは焚き火を囲んでいた。二人の間には沈黙が落ちているが、香ばしい魚の焼ける匂いも漂っている。魚の串焼きだ。


「出来たぞ。ほら」

「ありがと」


 受け取った魚をイスラが嬉しそうに見つめる。自分で釣った魚なので喜びも大きいのだ。

 ほくほく焼きたての魚をぱくりっと頬張る。


「はむっ。おいしいっ」


 イスラの顔がパッと輝き、パクパクと食べだす。

 そのイスラの様子にハウストも魚を食べて目を細めた。


「ああ、美味いな」


 ハウストも頷く。

 二人は炎越しに向き合ったまま黙々と魚に齧り付いていた。

 パチパチッ、焚き火の爆ぜる音だけが響く。奇妙な沈黙が落ちていた。

 ハウストは魚に齧り付きながらイスラをちらりと見る。

 居心地悪い沈黙だ。ここにブレイラがいればイスラの様子も違ったことだろう。

 そんな中、イスラがもそもそ魚を齧りながら口を開く。


「……ブレイラとたべたい」


 ぽつりと漏れた本音。

 ブレイラと名を口にした途端、イスラの大きな瞳にじわりと涙が溜まる。

 慕っているブレイラと離ればなれになって今まで必死に我慢していたのだろう。勇者とはいえ、まだまだ甘えたい盛りの子どもだ。

 でもイスラは泣くのをぐっと我慢して魚に齧りつく。寂しいのを振り払うように勢いよく食べた。


「そうだな、俺もブレイラと食べたい。もう一匹食べるか?」


 そう言ってハウストがもう一匹差し出すと、「たべる」とイスラは受け取ってまた勢いよく魚に齧り付いたのだった。




 食事が終わり、焚き火を囲って休むことになった。

 パチパチッ。焚き火の枝が小さく爆ぜる。

 ちょこんと座って焚き火をじっと見つめていたイスラだが、少しして瞼が重たくなってきたのかうつらうつらし始めた。

 焚き火に枝をくべながらハウストが聞く。


「眠いのか?」

「……ねむくない」


 もちろんうそだ。

 誰が見てもイスラは今にも眠ってしまいそうなほどうつらうつらしている。

 ハウストがそれを黙って見ていると、間もなくしてイスラはぱたりっとその場に倒れてしまった。


「寝たか」


 見届けたハウストはイスラの小さな体にマントをかけようとした。

 だが眠っていたはずのイスラがぱちりと目を開ける。


「起こしてしまったか?」

「…………ちゃんとねむれないんだ」

「眠いんだろ」

「うん。でも、いつもブレイラ、ちゅーしてくれるんだ」


 そう言ってイスラは小さな手で額を押さえる。

 ようするにブレイラの口付けがないと眠れないというわけだ。イスラは眠る時、いつもブレイラに額に口付けられていた。


「…………してほしいのか?」


 まさかという思いでハウストが聞いた。

 イスラが驚いたようにハウストを振り返り、二人はしばらく無言で顔を見合わせる。

 そして。


「いらない」

「…………」


 イスラはそれだけを言うと、ごそごそとハウストに背を向けて目を閉じてしまった。

 目を閉じて無理やり眠ることにしたようだ。

 ハウストは小さな背中を複雑な顔で見る。

 子どもとはいえ自分と同等の三界の王である勇者イスラに対し、ブレイラのように接したいわけではない。しかしブレイラの子どもなので息子だと思っている。もちろん今は一方的にだが。


「難しいものだな……」


 ハウストは複雑な心境のまま呟くと、焚き火の番を続けたのだった。


◆◆◆◆◆◆





 異界に転移した砂漠の都アロカサル。首長ゴルゴスの館に閉じ込められて半日ほどが過ぎたでしょうか。

 窓辺のチェアに座り、目の前に広がる景色を静かに見つめます。


「ここは本当に薄気味悪い世界です……」


 大地は薄気味悪い森に覆われ、空は灰色に染まって朝夕の判別も難しい。時間の感覚すら狂ってしまいそうです。

 逃げようとしても無駄だということは分かりました。扉や窓の外には屈強な砂漠の戦士たちが見張っています。

 もちろんクウヤとエンキなら私を連れ出すことは可能です。でも幾つかの疑問点が私をここに足止めさせるのです。

 おそらくアロカサルの転移はゴルゴスによって意図的に起こされたものでしょう。しかし彼に悪意や害意があるようには思えない。彼は都の民衆を大切にし、また民衆も彼を心から慕っているようなのです。信用しているわけではありませんが、幾つかの疑問を無視する気にもなれません。

 分からないことばかりですね。

 ふと視線を都の広場に映すと、多くの民衆が集まっていました。幼い子どもや女性の姿が多くあります。


「あれは、いったい何をしているのでしょうか」


 列を作っているようにも見えます。何ごとかと見つめていると、――――コンコン。

 部屋の扉がノックされました。


「失礼します。六ノ国王妃・アイオナと申します。首長ゴルゴスの姉にて、ゴルゴスに代わってご挨拶にまいりました。失礼してもよろしいでしょうか」

「六ノ国の王妃でゴルゴスのお姉さまですか……?」


 意外な人物でした。

 ゴルゴスに姉がいたとは驚きです。しかもそれが六ノ国の王妃だというのです。


「どうぞ、入ってください」

「失礼いたします」


 屈強な護衛兵を引き連れたアイオナが入ってきました。

 きりりとした面差しと妖艶な褐色の肌が特徴的な成熟した女性。アイオナは真っ直ぐに私を見つめて丁寧にお辞儀します。

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