五ノ環・魔王と勇者の冒険か、それとも父と子の冒険か。3
「このままで大丈夫ですよ。今は様子を見ようと思います。私に危害を加えないという言葉も信じていいものでしょう」
そう言ってエンキを宥め、よしよしと二頭の頭を順番に撫でてあげました。
気持ち良さそうに目を細める二頭に私の口元も綻びます。
「相手は人間です。あなた達は最後の手段でいてください」
私の言葉に二頭は「クゥ~ン」と残念そうに鼻を鳴らす。
二頭は少し不満そうですが、こうして冷静に様子を見ようと思えるのもクウヤとエンキがいてくれるからです。
「心配をかけてしまいますが、よろしくお願いしますね」
お願いした私に二頭は甘えるように擦り寄って、また影の中に姿を潜ませました。
見えなくても気配を感じる二頭に安心します。
ハウスト、ありがとうございます。あなたがクウヤとエンキを預けてくれているお陰で心を強くしていられます。あなたはいつも私を助けてくれる。きっと今も私の身を案じてくれていることでしょう。
「ハウスト、イスラ……」
大切な二人の名前を呟く。
それだけで胸がじんっと温かくなります。
二人に会いたくて仕方ありませんでした。
◆◆◆◆◆◆
人間界。
イスラがアロカサルの跡地で勇者の力を解放すると、呼応するように勇者の宝が安置されていたであろう場所が発光して魔法陣を描く。
そう、ハウストの読み通りだったのだ。
未だ冥界のオークが出現した理由は不明だが、それでもブレイラがいるはずの空間へ繋がった。
幼い勇者が解放した力を制御するのは難しかったが、それは魔王が補助することで成功したのだ。
「行くぞ、イスラ」
「うん」
いざ未知の世界へ。
魔王と勇者はブレイラを奪還する為、消えた都を取り戻す為、発光する魔法陣へ足を進ませたのだった。
「…………きもちわるい」
イスラはうんざりした様子で言った。
目の前には山のように積みあがった木々の茎や蔦。不気味な色と形をした花らしきものの残骸。森の植物は明らかに人間界のそれではない。
それらを見回し、ハウストとイスラは面倒臭そうに表情を顰めた。
人間界から魔法陣で転移した場所は不気味な森。姿を現わしたと同時に森の植物たちに襲撃されたのである。
もちろん植物如きがハウストやイスラに敵うはずはなく、剣で切り伏せられた。
しかしここは森である。木の怪物はどこにでも潜んでいて、先ほどから切っても切ってもきりがない。
「ハウスト、ここどこ? ブレイラは?」
イスラが心もとなげに聞いた。
しかしハウストとしては質問されても困る。
だいたいここは勇者の宝によって転移した空間だ。自分よりもイスラの方がよっぽど詳しいはずである。
魔狼が消滅していないのでブレイラは生きている。現在分かることはこれだけだ。
「ここは三界ではなく、勇者の宝によって作られた空間だろう。覚えはないか?」
「うーん……」
イスラが考え込んでしまう中、ハウストはぐるりと周囲を見回した。
不気味な場所だ。でも微かだが空間全域にイスラの勇者の力を感じる。
やはり此処は勇者の宝によって作られた空間だ。でも勇者の力以外に酷く禍々しい力を感じた。そう、冥界の力だ。
本来、ここは勇者の力だけに満たされた空間だったと推測できる。しかし今は冥界の力に侵食されている。そして恐らく。
「しつこいぞ」
ザシュッ!!
ハウストは突如襲いかかってきた蔦を大剣で両断した。
ボトボトと足元に落ちた植物を一瞥する。
恐らく、これは冥界の植物。
この空間は時間の問題で冥界に飲み込まれる可能性がある。
もし完全に飲み込まれたら、イスラは勇者の宝を一つ消失することになるだろう。
宝が消失するとどうなるのか魔族のハウストは知らない。関係ない。しかしイスラはハウストにとって息子にしたい子どもである。
ハウストは頭の片隅で、『まるで課外授業に協力する親みたいになってるぞ。魔王様ともあろうものが』などと軽率に笑ったジェノキスの言葉を思い出した。
無意識に目が据わる。
「面倒だ。この森、燃やすか」
「うん、もやす」
イスラがこくりと頷いて賛成した。
どうせ冥界の植物に侵食された森だ。周囲一帯を火の海にしたところで問題ない。
魔力を高めたハウストに合わせ、イスラも小さな体で魔力を集中する。
二人が炎を纏うと周辺の木々がザザザッ! と一斉に逃げだしたが。
ゴオオオオオオオオッ!!!!
二人を取り巻くようにして巨大な火柱が上がった。
炎の竜巻は瞬く間に周囲一帯を焼き払い、森を火の海にする。
「ギャアアアアアアアアア!!!!」
「キィエエエエエエエッ!!!!」
凄まじい断末魔が森中に響いた。
巨大な火柱によって冥界の植物が焼き尽くされたのだ。
しばらくして鎮火し、周囲一帯の森が焼け野原になる。
「少しは見晴らしも良くなったな」
「じゃまされない。あるきやすくなった」
焼け野原に生き残った植物はいない。
燃えた場所以外の植物も、危険を察知してハウストとイスラの前に出てくることはないだろう。
「行くぞ、早くブレイラを見つけてやりたい。きっと怖がっているぞ。あれはこういう気味が悪い場所は苦手だからな」
「うん。はやくブレイラにあいたい」
そう言って二人は焼け野原を突っ切り、また深い森へと入って行く。
森は深く広大だった。自分達がどこを歩いているのか、どこにブレイラがいるのか分かっていない。しかしそれでもブレイラを見つけるまで歩みを止めるつもりはなかった。
もし見つからないようなら、森を全て焼き尽くし、最終手段として空間から全ての物理的障害物を消滅させる。それをするとアロカサルまで消滅させてしまいかねず、本当に最後の手段ではあるが。
二人は並んで鬱蒼とした森を歩いた。
ここの空は紫がかった灰色の雲に覆われ、薄暗い常夜の世界である。この空間に来てから正確な時間を知る術はないが、二人の体感として半日ほど歩いていた。
しかもその半日、ブレイラがいないので会話らしきものはほとんどない。
だが。
「ハウスト」
「なんだ」
「おなかすいた」
「なんだと?」
ハウストがぎょっとしてイスラを見下ろす。
イスラは困ったような顔でお腹を撫で、ハウストを見上げていた。それは勇者というよりあどけない子どもの顔だ。
「……お腹、すいたのか?」
「うん。ぐ~っ、てなった」
「そうか……」
ハウストは眉間に皺を刻む。たしかに何も食べていないが非常事態なので考えなかった。
勇者なら我慢しろと言いたいが、子どものお腹は満たしたい。息子にしたい子どもなら尚更だ。
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