五ノ環・魔王と勇者の冒険か、それとも父と子の冒険か。2

「突然こんなことになってしまって都の人々がどうなっているか心配していたんです。でも無事なようですね」

「転移した当初は皆パニックになり、混乱した者も多くいました。ですが元の世界に戻れることを信じて耐えてくれているのです」

「あなたの統率力があってのものでしょう。ゴルゴス様は民からとても慕われているようですから」

「勿体ないお言葉です」

「一つお訊ねしたいのですが、この都にサーシャという女の子のお父様とお母様はいらっしゃいませんか?」

「サーシャをご存知なんですか?!」


 ゴルゴスの顔がパッと輝きました。

 どうやらサーシャが行方不明になっていたことを案じていたようです。


「サーシャは都の跡地で発見され、魔界で保護しています。お父様やお母様、消えた都をとても心配していましたよ」

「ありがとうございます! 転移してからサーシャの姿がなくなり、両親が嘆いておりましたっ。都の者達も心配していたのです! すぐに使者を出してサーシャの両親へ知らせましょう!」


 ゴルゴスはさっそく部下に命じて報せを出しました。

 これでひと安心ですね。後はアロカサルを人間界に戻せば、サーシャと両親は再会できます。

 サーシャが無事だと知ったゴルゴスは本当に嬉しそうで、「良かったっ。本当に良かった!」と感激しています。

 アロカサルの首長という権威の立場であっても民一人ひとりの身を案じているのですね。武骨で不器用なだけでなく、どうやら情にも厚い方のようです。

 こうしてアロカサルの街を歩き、首長の館へ案内されました。

 日干し煉瓦の館は広々とした風通しの良い造りになっていて、ここが砂漠なら開放感のある住み良い建築なのでしょう。

 奥の広間に通され、ゴルゴスに従っていた部下たちに改めて一人ひとりに挨拶される。

 そしてゴルゴスも被っていたフードを取って、私に深々と礼をします。

 日焼けした精悍な顔立ちのせいでしょうか、ゴルゴスは年齢以上に大人びて見えました。


「改めまして、お初にお目にかかります。勇者様の御母上様をこのような場所にしか通せず誠に申し訳なく思っています」

「いいえ、趣きのある良い館です。砂漠は日干し煉瓦で家を造るんですね」

「御母上様は砂漠は初めてでしたか?」

「はい、山育ちなんです。初めて砂漠を見た時は驚きました」

「そうでしたか。ならば是非ここではなく、砂漠に戻ったアロカサルを見て頂きたい。砂漠の花と称されるに相応しい都です」

「そのようですね。その為にも早く戻る手段を見つけなければいけません。ここはあまり住みやすい世界には思えませんから」


 そう言って窓から外の風景を見ました。

 どんよりとした重い空。鬱蒼と茂った森。森からは木々が発している不気味な金切声が響いてきます。しかも獰猛な大型の獣が棲み付いているらしく危険極まりありません。


「ここはどこなんです? 人間界ではありませんよね」

「はい。ここは人間界でも、魔界や精霊界でもありません。ここはまだ……世界として完成していませんから」

「世界が完成していない?」


 意味が分かりませんでした。

 でも何より、世界が完成していないと明言したゴルゴスに違和感を覚えてしまう。

 おかしいではないですか。人間ですから、ここが人間界でないのは分かります。でも、なぜゴルゴスは魔界や精霊界でないと分かるのか……。しかも完成していないと明言したのです。最初からここを知っていたかのように。


「……それはどういう意味ですか?」


 気付いてしまった違和感。でも平常心を取り繕います。

 気のせいであってほしいのです。

 しかしゴルゴスは私を静かに見下ろしました。そして答えを口にする。


「この変異は冥界による災い。そう言ってしまいたいのですが、勇者様の御力を冥界などのものとして語りたくはない」

「勇者の、力……?」

「そう、この都の転移は勇者様の宝が発動したものによるもの。我々にとって勇者様は神聖にして誉れ高き存在、勇者様をお守りするのは我ら砂漠の民の誇り。――――勇者様の御母上様を捕らえよ」

「えっ? な、なんですか!! どういうつもりです!!」


 ゴルゴスが命令すると、部下たちが私をぐるりと囲んで剣を抜きます。

 でも剣先は下げられているので私を傷付ける意志はない。もし私に害意があるなら、クウヤとエンキが出現しているはずですから。

 しかし、私に触れぬまま自由を束縛しようとする。


「剣を抜いた無礼をお許しください」

「こんなの許せるわけないでしょう! どうしてこんな事をっ!」


 声を荒げるもゴルゴスが動じた様子はありません。

 恭しく私の前に跪き、深々と頭を下げました。


「あなたは勇者様の御母上様でございます。決して危害を加えないことをお約束いたします」

「そんな約束いりません! どういう事か説明しなさい!」


 詰め寄ろうとするも部下たちに制止されます。

 そんな私を横目に「御母上様を連れていけ」とゴルゴスは静かに命じました。


「ゴルゴス様の命令です。さあこちらへ」

「ちょ、ちょっと、私をどこへ連れていくつもりですかっ!」


 丁寧に、でも強引に誘導されていく。

 暴力的ではありませんが、私を囲っている部下たちから逃げられない。砂漠の戦士でもある屈強な彼らはまるで壁のようでした。

 彼の肩越しにゴルゴスを睨みつける。しかしゴルゴスは連れて行かれる私を静かに見据えながらも、話しを聞こうとも、説明をしようともしません。

 こうして私は部下たちに連れられて館の奥へ閉じ込められました。


「ここから出しなさい!」


 ドンドン! 部屋の扉を叩いても外から返事はありません。

 固く閉ざされた扉。部屋は不自由なく過ごせるように豪奢なベッドと立派な調度品が揃っています。でも窓には鉄格子。

 唇を噛みしめ、扉を叩いていた手を下げました。


「ハウスト、イスラ……」


 まさかこんな事になるなんて想像もしていませんでした。

 落ち着かずに部屋をうろうろしましたが、深呼吸して気持ちを静める。今は冷静に事態を整理するべき時です。

 六ノ国の書簡では、突如アロカサルが一夜で消えてしまったとありました。しかし、砂漠から都が消えたのは勇者の宝によるものだとゴルゴスは言いました。この時点でダビド王とゴルゴスは食い違っている。なぜならゴルゴスはこの異様な世界を知っていたようでした。という事は、やはり今回の都の転移はアロカサル首長ゴルゴスによって故意的に引き起こされたのではないでしょうか。

 だとしたらゴルゴスは何の為に都ごとここへ転移してきたのか。勇者の宝を守る為と言っていました。でもそれはどういう意味でしょうか。

 それに故意的に転移したなら、本当はすぐに人間界に戻れるのではないでしょうか。でも戻らない理由は?

 何がなんだか分かりません……。

 なにより、今回の一件に冥界の力も及んでいます。それは砂漠で出現したオークが証明していて、ならばゴルゴスと冥界は繋がっているという事になるのです。

 しかし先ほどのゴルゴスは冥界を拒絶していた。クウヤとエンキも反応した様子はないので、繋がっていると思い込むのは早計な気がします。


「クウヤ、エンキ、いますか?」


 名を呼ぶと、私の影から二頭がひょっこり顔を出しました。

 心強い二頭の姿に少しだけ緊張が解ける。

 エンキは私を閉じ込めている扉を睨んで低く呻りました。扉を破壊しようというのです。

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