十ノ環・四大公爵会議6
翌日、朝から魔王の居城には多くの魔族が行き交っていました。
今日は四大公爵会議が開かれます。会議の関係者は多岐に渡り、魔界の各地から集まるのです。
私は会議の冒頭のみ出席です。
四大公爵やその関係者たちにハウストの婚約者として正式に紹介されます。その後はシュラプネルの招待を受けて視察へ赴くことになっていました。
「ブレイラ様、お仕度終わりました」
「ありがとうございます」
侍女に礼を言うと、待ってくれていたイスラが嬉しそうに駆け寄ってきました。
「ブレイラ、すごくきれいだ」
イスラが瞳を輝かせて言いました。
今日は濃緑色の生地に金糸の繊細な刺繍が施されたローブです。首元は総レースの襟詰めで、華やかさよりも落ち着きと品格のあるシルエットのものでした。これは厳粛な四大公爵会議に赴くことを意識したものです。
こういった上等な衣装を身に纏った時、いつからかイスラは「きれいだ」と褒めてくれるようになりました。
嬉しいけれど照れ臭いです。
まだ四歳ほどの子どもだというのに、まるで人を口説くみたいな……。いったいどこでこんなことを覚えてきたのでしょうか。末恐ろしさを感じますよ?
「ありがとうございます。では一緒にハウストのところへ行きましょう」
「うん」
イスラと手を繋ぎ、コレットに先導されて大広間の控室へ向かいます。
そこでハウストが待ってくれているのです。
「魔王様、お待たせいたしました。ブレイラ様のご支度整いました」
そう言ってコレットが控室の扉を開ける。
中にはハウストの他にもフェリクトールや書記官たちが忙しくしていました。四大公爵会議前ですが、今は一分一秒も惜しい。世界はそういう情勢なのです。
書類に目を通していたハウストが顔を上げ、私を見ると優しく微笑んでくれます。
「美しいな。よく似合っている」
「ありがとうございます」
ローブを抓んでお辞儀しました。
ハウストが椅子を立って側に来ると、「とても綺麗だ」と私の手を取って指に口付けてくれます。
あ、原因が分かりましたよ。ハウストですね。
手を繋いでいるイスラを見下ろすと、ハウストと私をじーっと見上げているのです。
「どうした?」
「……別に、なにもありませんよ」
ハウストは不思議そうですが、咳払いして誤魔化しました。
どうしましょう。イスラがタラシみたいになったらどうするのですか。でもハウストに褒められるのは嬉しいので何も言えません。それにイスラが瞳を輝かせて「きれいだ」と言ってくれるのもやっぱり嬉しいのです。願わくばイスラが健全に育ちますように。
「そろそろ時間だ。では行こう、ブレイラ」
「はい」
ハウストは私の背中に手を添えてくれます。
それに合わせて歩き、後ろに宰相フェリクトールや書記官たちが続きます。
視界の端に映るフェリクトールをちらりと見上げました。
彼を見て思い出すのはエンベルト。二人は幼馴染だそうです。
「どうしたのかね?」
気付いたフェリクトールに聞かれ、いえなにも……と誤魔化して首を振る。
誤魔化しながらも考えてしまうのです。
私が王妃になることで魔界が滅ぶという言葉。フェリクトールもエンベルトと同じ考えなのかと。
フェリクトールには初めて魔界に来た時からなにかとお世話になっています。ハウストとの関係に悩み、魔界で孤立していた私に居場所を作ってくれたのもフェリクトールです。彼がハウストと私の関係に異を唱えたことはありませんが、でも……。
……いけませんね。疑心暗鬼になっているのかもしれません。
回廊を歩き、金の細工が施された厳かな大扉の前まできました。
緊張してしまう私にハウストがそっと笑いかけてくれます。
「大丈夫だ。いつも通りのお前でいろ」
「はい、ありがとうございます……」
そして、大扉がゆっくりと開かれました。
視界に映った光景に息を飲む。
円形ホールのような大広間。真ん中には長四角のテーブルがあり、そこに四人の魔界四大公爵、魔界の中枢に連なる大臣や高官が並んでいます。そしてそのテーブルを円形に囲むのは階段状になっている傍聴席でした。傍聴席には魔界の各地から集まった何百人もの貴族や関係者の姿があります。
大広間にいた者たちは起立して私たちを待っていたのです。
「魔王ハウスト様、ブレイラ様、勇者イスラ様!」
大広間に高らかな声が響き渡り、私はハウストに促されてなんとか一歩踏み出しました。
人々に圧倒されて足が竦みそうです。きっとハウストがいなければ体が震えてしまっていたことでしょう。
人々が一挙手一投足を見守る中、ハウストとともに奥の席へ進みます。
上座で立ち止まり、ハウストが大広間に集まった魔族たちをゆっくりと流し見ました。
「待たせたな。多忙な中、緊急招集に応えてくれたことを感謝する」
ハウストの挨拶に皆が畏まって最敬礼する。
それにハウストは頷くと、私を紹介してくれます。
「皆には婚約時に書簡で伝えたが、ここで改めて紹介する。婚約者のブレイラだ。俺の伴侶に迎え、魔界の王妃となる。皆、よろしく頼む」
「ブレイラと申します。よろしくお願い致します」
指先一つの所作も間違えないように丁寧にお辞儀しました。
ゆっくり顔を上げると、四大公爵や傍聴席の人々も拍手で応えてくれます。
ハウストが手を上げると拍手はぴたりと止まりました。
「皆、ブレイラをよろしく頼む。ブレイラ、お前に四大公爵を紹介しよう。エンベルトとランディは既に知っているが、ここで改めて紹介したい」
「ありがとうございます」
「まず四大公爵筆頭北の大公爵エンベルトだ。エンベルトはお前も知っているな」
「はい。シュラプネルでは危ないところを助けていただきました」
私がエンベルトの方を向くと、彼は鼻下の白髭をひと撫でして恭しく一礼しました。
「エンベルトです。ブレイラ様にはシュラプネルの地でお会いしましたね。この度は魔王様とのご婚約おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
顔に笑みを張り付け、平静を取り繕って返礼しました。
おめでとう。これが心にもない言葉だということはよく分かっています。
昨夜のエンベルトの目が脳裏に焼き付いているのです。
「次は西の大公爵ランディ。並んで前当主のランドルフだ。この二人に関しては改めて紹介することもないだろう」
「そうですね、よく存じています。その節はありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します」
西都に視察へ赴いた時にとてもお世話になりました。
「こちらこそよろしくお願いします。魔王様とのご婚約、心よりお祝い申し上げます」
ランディは柔らかな笑みを浮かべて一礼してくれます。
側にいるランドルフも同様に祝辞を述べてくれました。
二人は嘘偽りなくお祝いしてくれている。そう信じているのに、昨夜のことが私の信じる気持ちを鈍らせてしまう。
情けなさに視線が落ちそうになりましたが、なんとか平静を保ち続けました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます