第七章・バカですね。こういう時は「愛している」と言って、私に口付けるものですよ?2


「頼むから機嫌直せってっ。あんたには悪いことしたって思ってる!」


 目の前でジェノキスが謝ってきます。

 この謝罪は、私が精霊界に連行されてからずっと続いているものでした。

 精霊界に入ると精霊王の居城である巨大な塔に連れていかれ、ずっと一室に閉じ込められています。

 ほぼ監禁状態でしたが、こんな不遇は問題ではありません。それよりイスラがどこにいるのか分からないのです。精霊界についた途端、イスラはどこかに連れて行かれてしまいました。


「謝らなくて結構です。あなたはあなたの役目を遂行しただけでしょう。それよりイスラはどこですか!? イスラに会わせてください!!」

「それは無理だ」

「それならせめて部屋から出してください! 自分でイスラを探しに行きます!」

「だからそれも無理なんだって」


 はっきり拒否されて唇を噛む。

 ここへ来てから直ぐに監禁され、私は精霊界がどういった所か、精霊族がどういった者達なのかすら分かりません。

 それが一層不安を煽るのです。イスラは本当に無事でいてくれるのかと。


「……では教えてください、なぜ人間の私を閉じ込める必要があるんですか? 精霊族からしたら人間なんて無力で取るに足らないものでしょう。こんな厳重な警戒なんて必要ないはずです」

「そりゃそうだけど、精霊王が個人的にあんたを許していないんだ。人間なのに魔王に関わったあげく、一時的とはいえ魔王のものだったあんたを」

「精霊王とはそれほど魔王を嫌っているのですね」

「恨んでるレベルだって言っただろ?」

「……魔王と精霊王には深い因縁があるのですね。そんなに深い因縁があるのに、どうして互いにイスラを保護しようとしているんです? ずっと不思議でした。いったいイスラを何から守ろうとしてるんですか?」


 これはずっと疑問に思っていることでした。

 精霊族も魔族も人間を嫌っているはずなのに、人間の王である勇者イスラを守ろうとしているのです。そこには理由がある筈です。

 私の疑問に、ジェノキスが苦い表情で口を開きます。


「人間だけだからな、十年前のことを知らないのは……。十年前に魔界、精霊界、人間界は破滅の危機に陥った。一人の神になろうとした男によって」

「神になろうとした男……?」


「ああ。先代魔王、魔王ハウストの父親だ」


 そう言うとジェノキスが淡々と語ります。十年前の悲劇を。


「先代魔王は神になることを夢見た男だった。夢を現実にする為、同胞である魔族も含めて多くを殺し、その殺戮の果てに後少しで神の力を得るまでに至ったんだ。でもそれは叶わなかった。父親の蛮行に耐えかねたハウストが、十年前に叛逆してそれを阻止したんだ。しかし先代魔王の力はあまりにも強大になりすぎていて、ハウストをもってしても封印するだけで精一杯だった」

「そんなことが……」

「あんた十年前に魔王から勇者の卵を受け取っただろう」

「はい。嵐の日に、……あっ」


 十年前の記憶を辿り、あの夜、ハウストが怪我をしていたことを思い出しました。


「もしかして十年前のあの日が叛逆の日だったんですか?」

「そうだ。そしてあんたが受け取った勇者の卵が、先代魔王が神になる為の最後の力だった。魔王が先代魔王から奪い返したんだ。あんたに託したのは卵を隠すためだったからだろう」


 十年前のあの夜を鮮明に思い出す。受け取った勇者の卵の謎が、ようやく現在に繋がった気がしました。

 ハウスト、あなたはずっとイスラを守っていたのですね。十年前から、ずっと。

 だからイスラに強くなることを望んだのですね。イスラが自分自身を守れるように、二度と破滅が訪れないように。


「その先代魔王にまだイスラは狙われているんですね?」

「そうだ。魔王ハウストが抑えてるけど、封印が破られるのも時間の問題だ。でも幼い勇者じゃまだ先代魔王には対抗できない。見つかったら先代魔王の力の糧にされるだろうぜ」

「人間だけが何も知らないなんて……」


 十年前にこんな危機が起こっていたなんて知りませんでした。

 王族や一部の貴族たちは知っているのかもしれませんが、ほとんどの人間が十年前の悲劇を知らないのです。


「魔王も精霊王も人間を信用してないからな。十年前、先代魔王に対抗する為に魔族と精霊族と人間は協力関係にあった。でも人間が俺達を裏切って勇者の卵を先代魔王に渡し、その所為で多くの魔族と精霊族が死んだんだ」

「……そうでしたか……」


 言葉が出てきません。

 魔族が人間を嫌悪する理由は尤もなもので、悲しくなるくらい納得できるものでした。

 私は、今まで何も知らなかったのですね……。

 心が苦しくなって視線を落とす。言葉すら出ないのが情けなくて、唇を噛み締めてしまう。


「なあ、ブレイラ」


 ふと呼ばれ、顔をあげるとジェノキスと目が合いました。

 今ジェノキスは思いがけないほど真剣な顔で私を見ていて、どうしたのでしょうか……。


「俺と結婚しない?」


 頭が真っ白になりました。

 突然過ぎて言葉が理解できない。

 でも、じわじわと『結婚』という言葉を理解します。


「ば、ばばば馬鹿ですか! こんな時に冗談なんてよく言えますね!!」


 びっくりし過ぎて引っくり返りそうでした。

 冗談にしてはたちが悪すぎです。今がどういう時だか分かっているんでしょうか。

 怒りだした私にジェノキスがふっと笑う。


「だよな、本気にしないよな。だから『ふり』だ、俺の婚約者のふり。俺の婚約者として結婚の真似事しようぜ?」

「ふり? どうしてそんな事を」

「これが、あんたがイスラに会うたった一つの方法だからだ」


 意味が分からず眉を顰めてしまいます。

 なぜイスラに会う為に私がジェノキスと結婚の真似事なんて。


「あんたが監禁される理由は魔王のものだからだ。魔王のものである限り精霊王は決して会おうとしない。でも俺と婚約すれば精霊王と会って、直接イスラのことを聞けるかもしれないぜ?」


 それは名案でした。内容は気に入りませんが、イスラに会うにはジェノキスの協力を得るしかないのも事実です。

 でも黙りこんだ私にジェノキスがため息をつく。


「……なに迷ってるんだよ。俺と婚約者ごっこしたって、気にするような相手なんていないだろ」

「……うるさいですよ。そんなの、分かってます」


 そんなの私が一番分かっています。

 大きく深呼吸して気持ちを落ち着ける。そして真っ直ぐジェノキスを見据えました。


「必ずイスラに会わせてください。必ず」

「ああ、約束する」

「分かりました。では私をそのように扱っていただいて構いません。行きましょう」


 さっそく部屋を出ようとしましたが、「待て待てっ」とジェノキスに止められます。

 何ごとかと振り返ると、ジェノキスは苦笑混じりに私の全身を見ました。


「……精霊王に謁見する前に着替えた方がいいかも。そんな格好じゃさすがに……、な?」

「う……」


 ジェノキスの言う通りで、今の私は逃亡していた時のままです。

 鬱蒼と茂る山を逃亡していたので、ところどころ服が破れて惨めな状態でした。


「……分かりました。着替えをお願いします」


 時間が惜しいですが、渋々ながらも了承しました。




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