第七章・バカですね。こういう時は「愛している」と言って、私に口付けるものですよ?3


「……もう少し違う服はなかったんですか?」


 そう言って、引き摺るほど長い裾を見下ろしてため息をつきました。

 用意された服はシルク生地で織られた純白のドレスでした。体のラインに沿った細身のドレスですが、膝から下は花が開くように裾が広がっていて落ち着きません。それに金糸と銀糸が織り交ぜられた総レースのそれは、まるで貴族の女性が婚儀に着る衣装のようだったのです。


「なんで? すごく似合ってるし、綺麗なのに」

「そういう問題ではありません」

「そうはいうけど、俺これでも精霊界では由緒正しい大貴族の跡取りなんだよね。精霊王直属の護衛長ってこう見えて結構偉い立場なわけで、そんな俺が未来のお嫁さんを精霊王に引きあわせるんだから、……あとは分かるよな?」

「……すみません、我儘を言いました」

「なら行こう。俺についてきて」


 私は頷き、ジェノキスの後について歩きだしました。

 ジェノキスが見張り番に何ごとかを話しかけると、見張り番は私を見て敬礼します。

 どうやら上手くいったようです。私は見張り番にお辞儀し、ジェノキスに連れられてようやく部屋から脱出することができました。


「ほっとしました。やはり閉じ込められるのは息苦しいものですね」

「まあな、ほらこっちだ。この上に精霊王の玉座がある」


 案内され、塔の一階から上を見上げます。

 塔の最上階まで大理石の螺旋階段が続いていました。壁面には繊細な彫刻が彫られ、遥か頭上の天井にはタイルで女神の肖像が描かれていて、まるで大聖堂のような厳かさです。


「綺麗ですね」

「ここが精霊界の中心だ」


 ジェノキスはそう言うと螺旋階段の前で私を振り返ります。


「お手をどうぞ」


 手を差しだされ、私は目を瞬いて苦笑しました。


「いりません、一人で大丈夫です。婚約者の真似は精霊王の前だけでいいでしょう」

「たしかに」


 ジェノキスは肩を竦めて言うと、螺旋階段を上がりました。

 彼に続いて私も一歩一歩階段を上がっていく。

 スカートの前を少しだけ抓んで階段を上るも、一歩踏み出すたびにドレスの長い裾を引きずって歩きにくいです。

 でもジェノキスと一緒にいるお陰で誰にも咎められることなく最上階の玉座の間へ行けそうでした。

 塔の中腹まで上った私は手摺りから下を見下ろします。


「高い塔だと分かってましたが、本当に高いですね……」


 吹き抜けから見る遥か下の一階がとても小さく見えます。まるでちょっとした山や丘に登ったような高さです。

 それなのに最上階はまだまだ先で、自分がどこまで螺旋階段を上がったのか見失ってしまいそうでした。


「疲れたなら休憩する? 部屋用意させるけど」

「結構ですよ。急ぎましょう」


 私はジェノキスを促がしてまた階段を上がろうとしましたが、その時、手を掴まれました。


「どうしました? 早く行きましょう」

「あのさ、やっぱりあんたに」


 ジェノキスが何か言いかけた、その時。


 ――――ドオオオオオオンッ!!


 塔の一階で爆発が起きました。

 猛烈な爆音と爆風からジェノキスが咄嗟に庇ってくれます。


「ブレイラ、大丈夫か!?」

「うぅっ、私は、大丈夫ですっ」


 爆風が去り、何ごとかと手摺りに駆け寄って階下を見下ろしました。


「いったい何ですか? 何が起こったんです!?」


 階下から悲鳴や怒号が聞こえます。

 突然の爆発に塔内は騒然とし、一階からもうもうと砂塵や煙が立ち昇ってくる。

 います。誰かが瓦礫の中に立っています。


「ハウストっ……!」


 呼吸が、止まるかと思いました。

 ハウストが傷一つない姿で瓦礫の中に立っていたのです。

 一階からハウストがゆっくりとした動作で上を見上げました。


「ぅっ、ハウスト……」


 目が合った瞬間、涙が込み上げました。

 遠く離れているのに、たしかに彼は私を見ている。

 ハウストは視線を戻すと、螺旋階段を上りだす。

 時折顔を上げ、私の居場所を確かめながら螺旋階段を上ってくる。

 途中で武装した精霊族が攻撃しますが、その刃が届くことはありません。

 どの攻撃もハウストの足を止めることは出来ず、彼は階段を上りながら片手で精霊族たちを一掃してしまう。

 圧倒的な力の差に精霊族たちが怯みだしました。

 しかしハウストは精霊族に一瞥すらせずに私だけを見ている。

 でも不意に、ハウストの表情ががらりと変わりました。

 私の隣にジェノキスが立ったのです。ジェノキスを目にした途端、ハウストの足元から嵐のような闘気が立ち昇りました。


「ほんといいタイミングで来るよな。あの魔王様は」


 軽い調子で言いながらもジェノキスの目は笑っていません。

 階下のハウストと隣に立つジェノキスが睨みあう。辺りに一触即発のピリピリした緊張感が漂って、互いの闘気が今にも爆発しそうになっていました。


「ブレイラ」

「な、なんですか?」

「魔王、倒していい?」

「え?」

「駄目だって言われても、倒しに行くけど」


 そう言ってニヤリと笑うと、ジェノキスが螺旋階段の手摺りを飛び越えました。

 ひらりと吹き抜けに飛びだし、落下しながら槍を出現させる。鋭い槍の切っ先は迷うことなくハウストに向かっています。


「それ以上は進ませねぇよ!!!!」


 ガキンッ!!!!

 二人の間に金属の火花が散りました。

 ハウストが大剣を出現させ、頭上からの攻撃を迎え撃ったのです。

 大剣と槍が交差し、ハウストは力だけで槍の勢いを押し返す。


「ちっ、このバカ力め」


 ジェノキスは身を翻し、くるりと一回転して着地します。

 槍を構えるジェノキスにハウストは大剣の切っ先を向けました。

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