第七章・バカですね。こういう時は「愛している」と言って、私に口付けるものですよ?4

「やはりお前か、ジェノキス。貴様はもっと早く片付けておくべきだった」

「偶然だな、俺も同じこと思ってたぜ。魔界に引っ込んでればいいのに」

「俺のものを俺が取り返しに来るのは当然だろう」

「そういうとこ直した方がいいぜ。でないとブレイラに嫌われる」

「お前がその名を口にするなっ」


 ハウストは片手で軽々と大剣を扱い、ジェノキスに向かって振りかざす。

 こうして二人は得意の武器と凄まじい魔力を衝突させる。力と力が衝突する衝撃は塔内だけでは収まらず、塔の分厚い壁を破壊して外へと及びました。


「ハウスト! ジェノキス!」


 上階の手摺りから二人の戦いを見ていましたが、二人を追おうと慌てて螺旋階段を駆け下りる。ひらひら揺れる長い裾が邪魔で何度も転びそうになりました。


 ――――ガシャーーン!!!!


「わああっ!」


 突如目の前の壁が外からの衝撃で吹っ飛ぶ。

 飛散する瓦礫と爆風に身を縮こまらせ、衝撃が収まっておそるおそる目を開く。

 ぽっかり空いた壁の穴から青空が見えました。

 その青空を背にしてハウストが姿をみせる。ハウストが瓦礫の上にゆっくりと降り立ったのです。


「見つけたぞ、ブレイラ」

「ハウスト……っ」


 視界に映るハウストの姿に胸が震えました。

 どうして彼がここにいるのか分からない。


「お前に確かめたいことがある。だから、帰るぞ」


 当然のように手が差しだされました。

 その手に私は唇を噛み締める。

 なんて勝手な男だろうと、震えそうになる指先を握り締める。


「ふざけないで下さい!!」


 パンッ!

 差し出された手を払いのけました。

 そしてきつくハウストを睨みつけます。


「私は戻りません! あなたの所には帰らないと言ったはずです!!」


 叫ぶように声を荒げると、彼から逃げようと踵を返す。

 でも手が掴まれて引き寄せられてしまう。


「離してくださいっ! っ、いたい……!」


 ドンッ! 背中が壁に押し付けられました。

 乱暴されて腹が立ち、文句を言おうと顔を上げ――――唇を塞がれました。


「っ……」


 突然の口付けに大きく目を見開く。

 壁に押し付けられ、覆い被さるように唇が塞がれる。

 噛みつくような強引な口付けに、心が、体が激流に流されそうになる。


「やめてください!!」


 力一杯腕を突っぱねました。

 腕で彼の体を遠ざけ、泣きそうになりながらも睨みつけます。


「お願いですから、やめてください……っ! なんで、どうしてこんな事するんですか! 私はもう口付けたくないっ、もう、あなたなんか……嫌いになるんです!!」


 声は情けなく震えていました。

 やっと忘れようと思えたんです。ゆっくり、ゆっくりハウストへの恋心を思い出にしていこうと思っていたんです。

 それなのに、口付け一つで心が飲み込まれそうになる。

 駄目だと分かっているのに、その甘美さに胸が揺さぶられてしまう。


「お願いです、ハウスト……っ。もう、おわりに」


 ガンッ!!


「ヒッ!!!!」


 思わず小さな悲鳴をあげました。

 ハウストの拳が私の横の壁を強打したんです。

 衝撃に壁がひび割れ、ぽろぽろと破片が落ちる。


「あ、あの……」


 突然のことに驚いておろおろと彼を見上げると、ふわりっ、大きな影が私に覆い被さったのです。ハウストでした。

 ハウストは壁に拳を突いたまま、触れないぎりぎりの距離で私に覆い被さります。


「頼むから、どこにも行くな。俺を嫌いだと言うのも、やめてくれっ……」


 耳元で響いた声は、ひどく掠れたものでした。

 それはまるで懇願にも似ていて、驚きで大きく目を見開く。


「ハウスト、あなた……」


 そんな筈はない。

 ハウストがそんなことを言うはずがありません。

 でもハウストの声色は、何かを抑え込むような、耐えるような声でした。

 声がとても苦しそうで、私の胸も締め付けられる。

 そんな声を出さないでください。あなたには似合いません。

 慰めたくてハウストの頬にそっと手を伸ばしましたが、その手が寸前で止まる。思い出してしまうのです、拒絶された夜のことを。

 伸ばした手を握りしめ、そっと降ろしました。

 あなたが……怖い。あの時の途方もない孤独と絶望を思い出してしまう。


「ハウスト、もう……」


 やめてください、震える声で拒絶しようとしました。



「そろそろ諦めろよ、しつこい男は嫌われるぜ?」



 聞こえた声にハッと顔をあげるとハウストの肩越しにジェノキスが見えます。

 ジェノキスは全身に擦り傷を作りながらも、好戦的にハウストを睨み据えていました。

 無事でいたジェノキスに安堵で表情を柔らげると、私に覆い被さっていたハウストがゆっくりした動作でジェノキスを振り返ります。


「そうか、お前が邪魔するからか。目障りな男だと思っていたが」


 ハウストは低く言い放ち、ジェノキスと対峙しました。

 その横顔を見上げてゾッとする。こんな恐ろしい顔をするハウストを見たことがありません。それに真正面から対峙しているジェノキスの顔も。

 嫌な予感がします。


「ハ、ハウスト、待って」


 引き止めようとしましたが、それより先に二人が動きだす。

 ジェノキスが槍の柄を短く持ったかと思うと、至近距離から槍で攻撃したのです。

 咄嗟のことにハウストの大剣が間に合わない。

 それを見越していたジェノキスが口元にニヤリとした笑みを刻む。


「これで終わりだ魔王!!」


 槍の鋭利な切っ先がハウストを貫こうとした刹那。


 バキーーンッ!!


 キラキラと刃の破片が舞う。

 そう、ハウストの拳が槍の刃を一撃で砕いたのです。


「いいことを教えてやろう。俺が一番得意なのは剣術でも魔法でもない、――――殴り合いだ!!」

「上等だッ!!!!」


 ゴッ!!!!

 ハウストとジェノキスの拳が衝突しました。

 すかさず二打、三打、二人の拳がぶつかりあう。

 ガッ!! ゴッ!! ドガッ!! ガンッ!! バキッ!!

 ハウストの拳がジェノキスの顔面に直撃したかと思うと、続いてジェノキスのそれもハウストの頬を殴打する。蹴り、肘打ち、頭突きすら交え、魔王と精霊界最強が魔力の発動も忘れて激しい肉弾戦を繰り広げました。

 二人が放つ拳は全てが一撃必殺です。

 限界まで挑む体力と腕力勝負はどちらがいつ倒れてもおかしくありません。いいえ最悪の場合、死んでしまうかもしれない。


「や、やめてくださいっ!」


 殴り合いをとめたいのに声が届かない。

 このままじゃ駄目だと焦る中、とうとう互角だった形勢が動きます。


「これで終わりだ!!!!」


 ハウストの剛拳がジェノキスに襲いかかります。

 しかしジェノキスは防御が間に合わず無防備なまま。

 駄目です! 本当に死んでしまう!



「やめなさい!!」



 ピタッ!

 顔面スレスレでハウストの拳が止まりました。

 ビュッと顔にかかった風圧に、拳の破壊力を感じて今さら背筋がゾッとします。

 でも咄嗟に飛びだしたことを後悔はしていません。

 両手を広げてジェノキスを背中に庇い、拳を振りかざすハウストを見据えます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る