四ノ環・勇者は保護者同伴で現われる2

「イスラは、大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だ。剣術も体術も訓練させている。イスラの戦闘力も潜在能力も勇者の名に相応しいものだ。お前もそれは分かっているだろう」

「…………はい」


 頭では分かっています。

 分かっていても、小さな体でオークの巨体に立ち向かう姿を見るとハラハラしてしまう。

 オークをかく乱しようと駆け回り、オークの間を縫うように素早く動いて攻撃を仕掛けていく。それはハウストの言葉どおり見事な剣技と体技で普通の人間の子どもでは有り得ない動きです。

 でも頭では大丈夫だと分かっていても、捕まってしまうんじゃないか、怪我をしてしまうんじゃないかと、どうしても落ち着きません。

 そんな私をハウストが見かねて苦笑します。


「分かった。ならば俺も行こう」

「ありがとうございますっ」

「ただしお前はそこから動くな。この二頭を側に付けておく」


 ハウストがそう言うと、彼の影から二頭の巨大な魔狼が飛びだしてくる。

 二頭は私の周りをぐるりと飛び回ると、側に着地して控えてくれました。


「いつもありがとうございます。頼もしいですね」


 よしよしと二頭の頭を撫でると嬉しそうに鼻先を寄せてくれました。

 くすぐったさに小さく笑い、そしてまたハウストを見つめます。


「イスラをお願いします」

「ああ、任せておけ」


 ハウストは踵を返し、イスラが戦っている場所へ近づいていく。

 悠然と歩くその後ろ姿に安堵します。彼が行ってくれるなら大丈夫。イスラも、戦っている皆も傷付くことはないでしょう。

 冥界の怪物といえども魔王ハウストとは歴然とした力の差があります。近づくことすら許されない圧倒的な格の違い。本来、ハウストなら一瞬で全てのオークを殲滅できるのです。

 しかしそれをしないのはイスラの経験値の為なのでしょう。ハウストはイスラを息子だと思ってくれていますが、同じ三界の王として強くあることも求めていますから。

 ハウストが邪魔なオークを退けながらイスラに近づき、剣術や魔力の使い方を指南します。


「イスラ、お前は剣に集中すると魔力の制御が疎かになる。気を付けろ」

「…………」


 注意されたと思ったイスラがムッとしてしまいました。

 せっかくハウストが指南してくれているというのに、はらはらしてしまいます。

 心配で二人を見ていると、目が合ったイスラがハッとする。


「わ、わかった! こう?」


 慌てて返事をしたイスラが、今度は指南されたことに気を付けながら戦いだす。

 剣を振りながらも魔力を使うイスラに、「そうだ。うまいぞ」とハウストが褒めていました。

 褒められたイスラはチラチラと私を見てくるので、「良かったですね、イスラ! でも余所見はいけませんよ!」と手を振り返しました。

 二人がオークと戦っている姿になんだか胸が一杯になります。だって、まるで。


「二人とも本当の親子みたいですね」


 思わず零れた言葉。

 それを耳にした魔狼が耳をぴくぴくさせて首を傾げたので、「あなたもそう思うのですね」と頭を撫でてあげました。


「ハウストとイスラは三界の王同士ですから、通じ合うところもあるんでしょうね。ふふふ、少し妬いてしまいそうです」


 私には分からない二人の繋がりを少しだけ羨ましく思います。

 私とハウストがイスラに対する考え方を違えてしまうのも、私が普通の人間で、ハウストが魔王だからなのでしょう。そして同じ三界の王同士でしか理解しあえないこともあるのでしょうね。

 こうして戦いが終わり、あっという間に出現したオークが殲滅されました。

 なぜオークが出現したのか調査する必要がありますが今は皆が無事でほっとひと安心です。


「お疲れさまです。ありがとうございました」


 戻ってきたハウストとイスラに声を掛けると、イスラが嬉しそうに駆け寄ってきます。


「オレ、つよかった?」

「はい、強かったですよ。毎日ちゃんとお稽古していて偉いですね」

「うん!」


 いい子いい子と頭を撫でてハウストを振り返ります。

 彼は戦闘に巻き込まれず無傷でいる私に優しく目を細めました。


「お前は無事のようだな」

「はい、この二頭が側にいてくれたので。ありがとうございました」


 そう言って魔狼をハウストの元へ返そうとしました。

 しかしハウストは首を横に振ります。


「いや、しばらくお前の護衛に潜ませておく。今回の一件に冥界が絡んでいるようだからな」


 ハウストが深刻な顔で言いました。

 事態は想像していた以上に厄介だったということです。

 ハウストは王直属精鋭部隊の兵士を呼ぶと、幾つかの伝言を命じました。その中には精霊王へ向けたものもあります。

 冥界が絡んでいる以上、事態は人間界だけの問題ではなくなったのです。


「モルカナの時のようにクラーケンのような怪物が現われるのでしょうか」

「分からない。だが、アロカサルが一夜で消えたことと無関係とはいえないだろう」

「……ですよね。私もそんな気がしています」


 心配事が多くなっていきます。

 でもいつまでも気持ちを沈めているわけにはいきません。


「ハウスト、この二頭の名前を教えてください。お世話になっているのに名前も知らないのは寂しいですから」


 魔狼の他にもハウストは多種多様な力を持った魔獣を従えていました。その中でこの二頭の魔狼には何度も守ってもらっています。


「クウヤとエンキという。この二頭は兄弟だ」

「そうでしたか。こちらのクウヤがお兄さん、モルカナで一緒にクラーケンのお腹に入ってくれたのが弟のエンキですね」

「エンキは少し無鉄砲なところもあるが、クウヤもエンキも忠実な魔獣だ。可愛がってやってくれ」

「もちろんです。いつも守ってくれてありがとうございます。イスラの遊び相手にもなってくれて感謝していますよ」


 とても身近な魔狼でしたが、改めて紹介されて親しみが深くなります。

 二頭は嬉しそうにぐるりと回ると、私の影に潜むようにその姿を隠しました。ハウストの従える魔獣は普段は影に潜んで見守ってくれているのです。

 ドドドドドドドドッ!!

 ふと、遠くから地鳴りが聞こえてきました。

 砂埃を巻き上げながらラクダに乗った男たちが近づいてきます。


「魔王様、あれは六ノ国の戦士と思われます」

「丁度良い、六ノ国には聞きたいことがある」


 護衛兵の報告にハウストが頷く。

 どうやら六ノ国の方々が迎えにきてくれたようでした。

 前に出たハウストがイスラを振り返ります。


「イスラ、お前もこい。今回、六ノ国に訪問したのは勇者のお前宛に書簡が送られてきたからだ。子どもとはいえ三界の王の一人、勇者として扱われる」

「……わかった」


 イスラの顔が緊張で強張りました。

 勇者として覚悟を決めながらも不安を覗かせる幼い面差し。私は堪らなくなって、小さな肩にそっと手を置きました。

 するとイスラが「ブレイラ……」とほっと安心した顔で見上げてきます。


「イスラ、がんばってくださいね。大丈夫、ハウストも私も側にいます」

「うん。オレ、いってくる」

「はい。行ってらっしゃい」


 私の見送りにイスラは大きく頷いてハウストの側へ歩いていく。

 その歩く姿は緊張と不安で少しぎこちない。でも勇者としての重圧に負けまいとするものです。

 やはりハウストの判断は間違っていませんでした。

 私はまだ幼いイスラが勇者として戦うことに納得できません。しかし、それがイスラの宿命だというなら、イスラが三界の王でなければならないのなら、ハウストや私が見守れる時に多くの経験を積ませた方がいいのかもしれません。

 魔王ハウストと並ぶ勇者イスラはまだ幼い子どもで、その背丈も長身で偉丈夫のハウストと比べれば腰より低い位置にある。でもいずれイスラも大人になるのですから。

 六ノ国の戦士たちがハウストとイスラの前に跪きます。

 その中のリーダーらしき老年の戦士が前へ出てきました。

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