四ノ環・勇者は保護者同伴で現われる3
「ようこそおいで下さいました。私は六ノ国戦士団団長ヘルメスと申します。勇者イスラ様、魔王ハウスト様、本来なら先に宮殿へお招きするところを、都の跡地へ足を運んでいただき恐縮しております」
挨拶をされたイスラは黙って立っていましたが、自分がハウストや戦士たちにじっと見られていることに気付いてはっとする。
今までこういった場面を取り仕切るのはハウストでした。でも今日は自分が勇者として呼ばれていることを思い出したのです。
イスラ、まずご挨拶ですよ。がんばってください。
私はハウストとイスラから少し離れた場所から、ぐっと拳を握って見守ります。
「こ、こんにちは、オレが、ゆうしゃだ」
イスラが緊張しながらも言いました。
えらいですよ。上手にご挨拶できましたね。
「さばくのみやこアロカ……、アロ、アロカ……」
アロカサルです! しっかり思い出して!
思い出すように念を送る勢いで見つめていると、イスラがパッと顔をあげました。
「アロカサルだ! アロカサルのはなしをきかせろ!」
良かったっ、よく言えました!
言葉使いを教える必要はありますが、とりあえず出来ましたね。
イスラの勇者としての言葉にヘルメスは恭しくお辞儀し、消えた砂漠の都について教えてくれます。
「アロカサルは六ノ国の中でも二番目に大きな豊かな都でございました。アロカサルの首長ゴルゴスは大変忠義深い武人で、六ノ国のダビド王の信頼も厚い男です。そのゴルゴスも都も一夜にして跡形も消え去り、王はひどく嘆いています。どうか勇者イスラ様の手でアロカサルを取り戻していただければと」
アロカサルについてイスラに説明してくれました。
説明を終えたヘルメスが私に気付いて深々とお辞儀してくれます。
「あちらの方は勇者様の御母上様でしたか。お話しは伺っています」
少し離れた場所から見守っていた私もお辞儀し、挨拶をしようと一歩前へ出ます。
御母上様と呼ばれることに抵抗はありますが、あまりにも呼ばれるので最近は諦めのような気持ちもあります。正直いちいち訂正するのが面倒になってきました。
「初めまして、ブレイラと、――――え?」
ズボッ!
地面が抜けたかと思った、次の瞬間。
「うわああああ!!!!」
地中に引き摺りこまれ、落とし穴に落ちたように瞬く間に視界が砂で埋まっていく。
「ブレイラ!!」
「ブレイラ!」
ハウストとイスラの声が聞こえました。でもそれは遠くなり、何も聞こえなくなる。
それはほんの一瞬。瞬きのような一瞬。
私の視界は暗闇に閉ざされて、あっという間に砂漠の中に埋もれていってしまったのでした……。
◆◆◆◆◆◆
ブレイラが消えた。
ほんの一瞬、ブレイラの悲鳴が上がったのと、体が砂漠の地中に落ちるように消えたのは、本当に一瞬のことだった。
まるで最初からそこにいなかったのかのように気配すら消えたブレイラに、その場にいた者達は愕然としたのだ。
サニカ連邦・六ノ国の王都。
王都の宮殿には魔王ハウスト、勇者イスラ、そして六ノ国のダビド王、他にも一ノ国、二ノ国、三ノ国、四ノ国、五ノ国、七ノ国、それぞれの王が揃っていた。サニカ連邦を構成する小国七国である。
今回の一件では六ノ国が勇者イスラを招致したが、魔王も立ち会うとあって急遽七国の王が出揃ったのだ。
しかし事態は歓待招致どころではなくなった。
魔王の婚約者であり勇者の母であるブレイラが突如消えてしまったのだ。そう、それは一夜にして消えてしまった砂漠の都アロカサルのように。
宮殿の広間、円卓には魔王と勇者、そして七人の王の姿がある。
沈黙する魔王の前で誰一人言葉を発する者はいない。
今、ハウストの命令で魔界から寄越された精鋭部隊と六ノ国の戦士団が調査に出向き、その報告を待っていたのだ。
「失礼いたします。魔界よりランディ様、精霊界よりジェノキス様が到着いたしました」
「通せ」
ハウストの命令に広間の扉が開かれ、ランディとジェノキスが姿を見せる。
二人を人間界に呼び寄せたのはハウストだった。といっても名指しで呼んだのはランディだけでジェノキスを呼んだ覚えはない。精霊界から誰が寄越されるかは精霊王の采配に任せていた。
「精霊王フェルベオ様の命により、精霊界からは護衛長ジェノキスが参りました」
ジェノキスは畏まって敬礼し、三界の王への敬意を表す。
だがその姿はハウストにとって白々しく映るものだ。
今回の件に冥界が絡んだ時点で精霊界には通達している。ジェノキスはブレイラが失踪したという緊急事態に我慢ならず立候補して人間界へ来たのだ。
「やはり貴様が来たか。来ると思っていた」
「ブレイラが失踪したとか。どうなっているか説明しろよ」
「失踪したことは事実だが、今説明すべきことはない」
「悠長に構えてる場合かよ。ブレイラが失踪した時、側には魔王も勇者もいたってのにっ」
礼儀を見せたのは最初の挨拶だけで、ジェノキスは闘気を隠さずにハウストを睨みつける。
ハウストは沈黙したが、今にも槍を出現させそうなジェノキスにため息をついた。
「ブレイラは生きている」
「どうして分かる」
「ブレイラの護衛に潜ませた魔狼が消滅していないからだ」
ハウストの答えは納得のいくもので、ジェノキスは少しだけ闘気を治める。
だが、だからといって安心した訳ではない。
「あんたの余裕な態度に腹が立つ。いくら魔王の魔狼でも万能ってわけじゃないだろ。ブレイラに何かあったらどうするつもりだ? あれは普通の人間だ」
「ここで騒いだところでブレイラが戻ってくるわけではない」
「てめぇっ……」
ジェノキスは眼光を鋭くしたが、ハウストは淡々として表情一つ動かさない。
ジェノキスも「あんたの婚約者だろっ」と吐き捨てるも、それ以上声を荒げることはしなかった。
ハウストの言う通り、ブレイラが生きているなら見つけだすことが最優先なのだ。それには冷静でなくてはならない。
しかしそんなジェノキスの態度は三界の王に対して無礼過ぎるもので、ランディや七国の王たちは顔面を蒼白にしている。
重い空気が張り詰める中、また広間の扉がノックされる。入ってきたのは魔界の王直属精鋭部隊の兵士だ。
兵士はハウストに何ごとかを報告すると、また新たな命令を受けて速やかに広間を後にする。
そしてハウストは円卓に集う王の中から六ノ国のダビド王に向き直った。ダビドは口元に白い髭を蓄え、全身日に焼けた壮年の男である。
「ダビド王、アロカサルについて改めて聞きたいことがある」
「な、なんでしょうかっ」
突然振られたダビドが姿勢を正す。
ハウストは三界の王の一人である。小国の王では近寄り難い威厳と風格を纏っているのだ。
「あの都には古い宝があったそうだな」
「古い宝……? そういえば、都の首長ゴルゴスから聞いたことがあります。アロカサルが豊かなのは古くから伝わる宝に守られているからだと。たしか古い砂時計だったはずです」
「砂時計か……。それが勇者の宝かもしれない」
勇者の宝。その言葉にイスラがハッと顔をあげた。ブレイラ失踪にショックを受けてじっとしていたが自分が関わるものは無視できない。ましてやブレイラに繋がるものなら尚更だ。又、イスラ自身も砂漠で違和感のようなものを覚えていた。
「ハウスト、オレ、さっき……」
「ああ、都の跡地で何かを感じていたようだな。アロカサルの砂時計が勇者の宝なら。それに反応していたということだろう」
ハウストとイスラがアロカサルの跡地で感じた違和感について話しあう。
ジェノキスも『勇者の宝』と聞いて表情を顰めていた。厄介なことになりそうだ。
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