四ノ環・勇者は保護者同伴で現われる4
「勇者の宝は人間にとって悪い物じゃないんだろ? 勇者は人間の王なんだから。それなのになんでこんな事になってるんだ」
ジェノキスの疑問にイスラは「むむっ……」と眉間に皺を刻んでムッとする。
そう、『勇者の宝』は人間の王たる勇者の持ち物である。それは人間に害をなすものではないはずだった。
反論したくても出来ないイスラの替わりにハウストが口を開く。
「おそらくモルカナの時のように外部から力が働いたんだろう」
「それが冥界ってことか?」
「ああ、単純に考えるなら。しかし……」
分からないことがある。もし勇者の宝に対して冥界の力が働いたというなら、それがいったい何の為に、誰の手によって行なわれているのか分からなかった。モルカナの一件ではモルカナ国王妃と執政が冥界の力を得て勇者の宝を発動させた。しかし二人がどうやって冥界と接触したか不明のままなのだ。現在、モルカナ国王アベルが調査しているが未だ判明していない。
こうしてハウスト達は思案していたが、一方、この光景に七国の王達は驚きを隠し切れない。
魔王の口から当たり前のように『勇者の宝』について語られている。魔界と人間界は長年不干渉状態だったというのに、勇者の宝を魔王が語るのは奇異なことに思えたのだ。
ダビドが恐る恐る疑問を口にする。
「し、失礼ですが、魔王様はどうして勇者様の宝のことをご存知なのです? 勇者の宝は魔界には不要な物のはず、それなのにわざわざ調べたかのようなご様子ですが」
「調べたぞ。モルカナ国で勇者の宝が発見されてから、宝について調査させている」
「勇者の宝なのに……勇者様ではなく、魔王様が、ですか?」
「問題でもあるのか?」
ハウストが冷ややかに一瞥すると七国の王達が震えあがった。
外野を黙らせたハウストは周知徹底を図るかのように続ける。
「イスラは勇者だが、俺の息子になる子どもだ」
当然のようにハウストは言ったが内容は前代未聞だ。
ハウストとブレイラが婚約したのだから当たり前なのだが、それでも魔王と勇者が父と子になるなど前例がないのである。
ジェノキスは挑発と嫌味をこめてハウストをからかう。
「いつからそんなに育児参加するようになったんだ? まるで課外授業に協力する親みたいになってるぞ。魔王様ともあろうものが」
「黙れ」
「勇者に『父上』と呼ばせるつもりかよ」
「間違いではないだろう。…………今は魔王と勇者だがな」
ハウストは淡々と言い放ったが、最後に付け足した。
それはイスラが納得いかない顔でハウストを見ていたからだ。
そう、イスラが納得するまではブレイラの前でだけ父子になる。それ以外の場所では魔王と勇者だ。
ジェノキスは複雑なハウストとイスラの関係を察して苦笑した。
「なるほど、精霊王に話したら笑い転げるぞ」
そう言ってジェノキスは軽く笑い、しゃがんでイスラと顔を合わせる。
「魔王様じゃなくて俺を父上って呼んでもいいぜ? …………冗談だ。だから顔面スレスレで構えるな」
ジェノキスは両手を上げて降参の格好をした。
父子問題はイスラにとって重大で、冗談を聞き流せる余裕はないのだ。
こうして軽い応酬を交わし、ハウストが話は終わったとばかりに円卓から立ち上がる。
今から成すべきことは一つ。ブレイラを見つけだすこと。そしてそれが消えた都を見つけだすことにも繋がっているはずだ。
「今から俺はブレイラを追う」
「オレもいく!」
イスラがすかさず手を上げた。
絶対行くぞと意気込むイスラにハウストも頷く。
「ああ、お前も連れていく」
「い、いいの?!」
あっさり認められてイスラは目をぱちくりさせた。
今まで、こういう時はブレイラが渋い顔をしてしまうのである。こうしてすんなり許可が下りてびっくりしたのだ。
「お前は勇者だ。人間界の異変はお前が解決させろ」
「う、うん。オレはゆうしゃだっ」
勇者としての責務を果たすことを求められ、イスラは緊張に唇を引き結ぶ。
そう、ここにブレイラはいない。子どもとして無条件に守ってくれる者はいないのだ。
ハウストも親だがブレイラがいない今は魔王である。
「方法はあるのか? 消えたブレイラがここにいるとは思えない」
ジェノキスは訝しげに言った。『ここ』とはこの人間界の世界である。
それはハウストも分かっていた。あの砂漠で消えた時、ブレイラは地中に沈んでいったように見えたが実際は姿や気配が消えたのだ。
此処とは違う世界に転移したと考えられる。そこは魔界か精霊界か、それとももっと違う世界なのか。
「ブレイラや都が消えたことに勇者の宝も関係しているはずだ。ならばイスラに勇者の力を解放させる」
「なるほど、勇者の宝が外部の力を受けて発動しているなら、こっちからも力を加えるってわけか。たしかに勇者本人と魔王なら、なんらかの反応があるかもしれない」
「ああ。砂時計はないが、力の余韻が違和感としてまだ残っている。イスラが感じられるなら出来る筈だ」
ハウストはそう言うと、「イスラ、できるな?」と小さな勇者を見下ろす。
息子と思っている子どもだが、今は勇者として扱うべき時だ。
「うん。できるっ……」
イスラが緊張しながらも頷いた。
覚悟を決めている幼い勇者にハウストは目を細める。
「いい返事だ。心配するな、お前は勇者の力を解放するだけでいい」
「わかった。ブレイラとあえるなら、する」
「ああ、会えるぞ。そして取り戻す」
「うん! とりもどす!」
気合いを入れたイスラにハウストも頷く。
計画が決まれば実行するだけだ。
ハウストはイスラを連れてブレイラが消えたアロカサル跡地へ戻る事にした。
しかし広間を出ようとしたハウストをランディが引き止める。
「お、お待ちください! それは魔王様ご自身がどこと知れない世界へ転移するということですよね?!」
「そうだ」
「そ、そそ、それは困りますっ! 差し出がましいことながら、魔王様がそのような場所へ行ってしまうなんて!」
魔王ハウストと勇者イスラは、今から魔界でも人間界でも精霊界でもない場所に行こうとしているのである。制止するのは忠臣として当たり前のことだ。
分かっていてもハウストは煩そうに顔を顰めた。むしろランディだからマシともいえる。もしここにいるのがフェリクトールなら嫌味も追加されていたことだろう。
「魔界には宰相やメルディナが残っている。短い時間なら俺が離れていても問題ない」
「それなら別の者に御命令ください。魔族として魔王様を行かせる訳にはっ」
「貴様は、俺に婚約者も奪還できない腑抜けになれというのか」
「と、とんでもありません! そうではなくっ……」
「くどいぞ。引き止めさせる為にお前を人間界に呼んだわけじゃない」
ハウストはそこで言葉を切ると、ジェノキスとランディ、この二人にしか聞こえないような小声で言葉を続ける。
「――――人間界から目を離すな」
「え? ま、魔王様、それはどういう……」
思わぬ言葉にランディは驚き、ジェノキスはスッと目を細めた。
しかしハウストはランディの疑問には答えず、イスラを連れて広間を出たのだった。
ランディは慌てて後を追おうとしたが、その肩がジェノキスに掴まれる。
「ちょっと待てよ。引き止めるのは諦めろ」
「ジェノキス殿っ、あなたは精霊族だからって他人事みたいに!」
「馬鹿か。あんたの為に言ってんだよ」
「え?」
「魔王様、かなり苛ついてるぞ?」
「うっ……」
ランディがはっとしたように押し黙る。
これ以上しつこく引き止めていたら魔王の不興を買うことは想像に難くない。
ランディとて気付いていないわけじゃなかったのだ。
一見すると魔王は冷静に振る舞っていたように見えたが、いつもならこれほど強硬な手段を強引に推し進めたりしない。
普段は悠然として寛大な魔王であるが、今あるのは焦り。そして目の前でブレイラを見失った自身への怒り。それらの激情を無理やり抑えつけていたのだ。
「てわけで放っとけ。今の魔王様は怒らせると面倒臭いぞ、誰も宥められないからな」
「そ、そうですね……」
身に覚えがありすぎてランディはこくこく頷いた。
魔王を宥められる誰かなんて、この世に一人しかいない。そして今はその一人がいないのだ。
「あんた、人間界に時々来てるんだってな」
「は、はい……」
「だからあんたが呼ばれたんだな。丁度良い、話しを聞かせろ」
「えっ? ええっ?! は、話し?!」
ランディは訳が分からずにいたが、ジェノキスに引き摺られるようにして広間を出たのだった。
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