Ⅶ・王と執政と3
「いいでしょう、教えてあげましょう。オークとは、この三界に存在してはならない、もっとも醜くおぞましい生き物のことですよ」
「三界に存在してはならない……?」
「そう、三界のものではありません」
そう言ってエルスタンはニタリと笑い、私をじろりと見据えました。
まるで品定めするかのような視線に背筋がゾクリと総毛立つ。
「この国でブレイラ様の身に何かあれば国の存続すら危ぶまれる重大事。ですが、オークは三界の生き物ではありませんから、貴方の身に何かあっても私の関知しないこと。その意味、お分かりいただけますね?」
エルスタンはそう言って呼び出したオークたちを見回しました。
オークは五体。私とエルマリスにじりじりと近づいてきます。
醜悪な顔に下品な笑みを浮かべ、澱んだ目は欲望でぎらついている。
「こ、こんな者達がいるなんてっ」
「ブレイラ様に近づくな!」
エルマリスが剣を構えて私の前に立ってくれました。
でもオークたちはエルマリスにまで欲望でぎらつく目を向けます。
「残念だがオークどもの知性は低い。まともに言葉など通じないと思った方がいい。しかし恵まれた腕力と強靭な肉体、凶暴な性質も兵士としては申し分ない種族だ。兵士として重宝しているよ。だが理性より本能が勝るところが玉に瑕でな、一つだけ問題がある」
エルスタンはそこで言葉を切ると、私とエルマリスを見てニタリと笑う。
「理性で制御できないオークの性欲は人間相手でしか満たせない! フハハハハハッ、犯り殺されてしまえ! 相手は魔王の寵姫、オークどもも満足するだろう!!」
「「「オオオオオオッ!!」」」
五体のオークが一斉に襲いかかってきました。
エルマリスが私を庇ったまま剣で一体のオークを薙ぎ払うも、すぐに別のオークが襲いかかってきます。
傷を負うことを怖れないオークの攻撃はまさに本能そのもの。凶暴性を具現化したような攻撃力は凄まじく、エルマリスはじわじわと追い詰められていきます。
「こ、このままじゃ……」
「大丈夫、ですからっ。絶対、離れないでくださいっ!」
エルマリスは気丈に言って目の前のオークを切り伏せましたが、横にいたオークが隙をついて殴りつける。
「ぐっ!」
「エルマリス!」
吹っ飛んだエルマリスに駆け寄りました。
エルマリスは殴られた衝撃で意識が朦朧としています。
「大丈夫ですかっ? しっかりしてください!」
「ぅっ、だいじょうぶ、です……」
返事はしてくれるものの今は休ませなければいけません。
私は咄嗟にエルマリスから剣を奪ってオークの前に立ちました。
情けないですね。あまりの恐怖に剣先がカタカタと震えています。
でも今は一歩も引く訳にはいきません。
「ブ、ブレイラ様、やめてくださいっ……」
「あなたは黙って休んでなさい!」
「無謀、ですっ。……馬鹿なことを、しないでくださいっ」
エルマリスはふらつきながらも起き上がると私から剣を奪い返しました。
そして懐から短剣を取りだし、替わりにそれを渡されます。
「使うなら、こっちを使ってくださいっ。…………こんな物を持たせてしまって、申し訳ありません」
本来なら守るべき相手に剣を持たせるなどあってはならない事で、エルマリスはそれを恥ているのでしょう。
でも、私にとっては有りがたいです。運命を共にする相手を一人で戦わせるなんて、それでは私が嘘つきになってしまうではないですか。
「謝らないでください。目的は同じなんですから今は立場もありません」
「ありがとうございます。でもブレイラ様が戦うのは最後の手段でお願いします。前に出られると足手纏いなので」
「う、うるさいですよ。あなたは本当に可愛げがない」
そう言いながらも本当のことなので言い返せないのが悔しいです。
今のように魔界で暮らすようになるまで私は山奥でひっそり暮らす貧民でした。そんな私が護身の訓練など受けたことがある筈もなく、こうして短剣を握ったところでまともに使えるものではありません。最悪、自害用ということにもなるでしょう。
「ブレイラ様、油断しないでください」
「はいっ」
短剣を握りしめると、エルマリスは小さく頷いてまたオークに向かっていきました。
しかしオークは強力な殴打武器であるメイスを出現させ、エルマリスの剣に対抗し始めます。
ガキンッ! ゴンッ! ガキッ!
剣とメイスがぶつかり合って凄まじい音が響きました。
衝撃の強さに剣の刃が欠けだしてエルマリスは焦りだす。
「くっ、このままじゃっ、うわああ!!」
ガキーン!!
メイスに強打された剣がとうとう折れてしまいました。
しかしエルマリスは諦めず、使い物にならなくなった剣をオークに向かって投げつけ、その隙に私の手を掴んで逃げようとする。
でも、そんな攻撃はオークの隙をつくることすらできません。
「邪魔だ!」
「うわっ!」
オークが丸太のように太い腕を振り上げてエルマリスの体を薙ぎ払いました。
吹っ飛ばされたエルマリスを別のオークが受けとめ、捕らえてその顔を覗き込んだ。
「こっちも綺麗な顔してんじゃねぇか」
「っ、触るなっ!」
エルマリスはあまりの屈辱とおぞましさに顔を歪めています。
捕らわれたエルマリスを助けようと駆け出しました。
それに気付いたエルマリスが驚愕し、オークたちは嘲笑う。
「なにしてるんですか?! ブレイラ様、早く逃げてください!!」
「自分からきやがったぜ」
「へへへっ、そんなに犯り殺されたいか」
オークたちが壁のように前を塞ぎました。
私は短剣を強く握りしめます。
「退きなさい!」
オークたちに向かって短剣を勢いよく振り下ろす。
それはオークの腕を突き刺すはずでしたが、ガキンッ! 短剣が弾かれました。
「そんな……」
う、嘘です。たしかに全力で突き刺した筈なのに、オークの硬くて分厚い筋肉と贅肉に弾かれたのです。
愕然とする私にオークがニヤリと笑う。
「人間がオレたちに敵うわけねぇだろっ」
「非力なもんだな」
オークたちがゲラゲラと笑いだしました。
そして一体のオークが私へと手を伸ばし、腕を掴もうとした次の瞬間。
ガオオオオオッ!!!!
「ギャアアアアア!!」
私の足元から二頭の魔狼が飛びだしてきてオークが悲鳴を上げました。
魔狼がオークに襲いかかり、鋭い牙で食い破っていく。
もう一頭の魔狼もエルマリスを捕らえているオークへ襲いかかりました。
「ギャアアア!!」
「なんで魔狼が!! ウワアアアアッ!!」
「畜生っ、グアアアッ!!」
オークたちから悲鳴と怒号があがり、私とエルマリスは窮地から一転しました。
突然のことにエルマリスは唖然とするも、慌てて私の元に駆けつけてくれます。
「ブレイラ様、ご無事ですか?!」
「ありがとうございます、私は大丈夫です。あなたは?」
「僕も大丈夫です。でも、この魔狼はいったい……」
「これはハウストの魔狼です」
「魔王様の」
私は頷くと、次々とオークを食い破っていく巨大な魔狼を見つめます。
そしてオークたちを倒し、最後は異形に変化したエルスタンだけが残されました。
エルスタンは憎々しげに形相を歪め、巨大化させた腕を振り上げて魔狼に向かっていく。
「クソッ、魔王め!! 図ったか!!!!」
「ガアアアアアアッ!!」
魔狼の鋭い牙がエルスタンを食い千切る。
エルスタンが夥しい血を噴きながら倒れました。
「父上!!」
エルマリスが堪らずに駆け出しました。
ヒューヒューと細い息のエルスタンを抱き起こす。
私は更に攻撃を加えようとした魔狼を手で制し、今は静かに見守ります。
「父上、どうしてっ。どうしてこんな事をしたのです! こんなっ、国を裏切って、人間をやめるなどっ、いったい、どうして……!」
「どうしてだと? お前こそっ、どうして私の邪魔をしたっ……。おのれっ、あと少しで、私が……王になっていたと、いうのにっ……! グハッ」
大量の吐血をしながらも、エルスタンは忌々しげに恨み言を口にします。
死ぬ間際まで権威に憑りつかれた男はまるで悪鬼のような形相をしていました。もはや人間ではないのです。
その姿にエルマリスは唇を噛み締めると、近くに落ちていた剣を拾いました。
そしてエルスタンを地面に寝かせ、剣を下向きにして切っ先を首元に向ける。
「今、楽にしてさしあげます」
グサッ……!
剣で首を突き刺され、エルスタンは絶命しました。
エルマリスは剣を引き抜いて黙祷する。
でもしばらくすると何事もなかったように立ち上がります。
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