十二ノ環・墜落の麗人2

「ブレイラ様、勝手に部屋を抜けられては困りますなあ」

「ふざけないでください! 今すぐダビド王を元に戻しなさい! ダビド王と私を元の世界に帰すのです!」


 ダビド王を背中に庇い、ヘルメスを睨みつけました。

 しかしヘルメスは嘲笑を浮かべる。


「おやおや、ブレイラ様はご自分の立場をお忘れのようだ。ならば思い出させてやるのが親切というもの」


 ヘルメスが一歩一歩近づいてくる。

 目の前に来た、その時。


「ガアアアアアア!!!!」

「ガウウゥゥゥッ!!」

「駄目です! クウヤ、エンキ、戻りなさい!」


 足元から二頭の魔狼が飛び出しました。

 クウヤとエンキがヘルメスに襲い掛かります。


「ガルルルゥゥ!!」

「ウゥゥ~!!」

「っ、クソッ、魔狼か!」


 ヘルメスは剛腕で魔狼を振り払い、すかさず剣を抜いて応戦しました。

 部下の男達も魔狼に切りかかり、なんとか巨体の動きを止めようとします。


「駄目ですっ、やめてください……! クウヤ、エンキ……!」


 必死で声を上げますが二頭が動きを止めることはありません。

 今のクウヤとエンキを戦わせたくありません。本当は一歩動くのでさえ辛いはずなのです。

 二頭は普段よりも動きは鈍く、呼吸も荒い。攻撃を仕掛けながらも時折ふらつき、今にも倒れそうになっていました。


「これが魔狼か、さすが魔王の使い魔だ! だが、オラアアアアア!!!!」


 ヘルメスが渾身の力で剣を振るった。

 風すらも切り裂く剛の斬撃にクウヤとエンキの巨体が弾き飛ばされる。


「クウヤ、エンキ!!」


 二頭へ駆け寄りました。

 弱々しい動きでまた立ち上がろうとする二頭を必死で制止します。


「駄目です、戦ってはいけません! ああ、動いては駄目です!」


 動こうとするクウヤとエンキを抱き締めて押し止める。

 今にも倒れてしまいそうなのに、それでも戦おうとする二頭の姿に胸が痛い。


「頼みの魔狼も毒が回って戦えないようですな」

「煩いですよ! これ以上クウヤとエンキを傷つけるのは許しません!」

「それはいい、どう許さないのか見せていただきたい。ここにはあなたを守る魔王も勇者もいないのですから」


 部下を従えたヘルメスがゆっくりと近づいてくる。

 ニタリとした笑みを浮かべた顔は抑圧的で、傲慢に満ちたそれ。

 悔しいです。でも今はあまりに不利でした。

 私はクウヤとエンキを強く抱き締める。そして。


「クウヤ、エンキ、よく聞いてください」


 小声で二頭に話しかけました。

 ヘルメスたちに聞こえないように細心の注意を払います。


「あなた達はここから逃げてください」

「グルルルッ……」

「ガウゥッ……」


 二頭が怒ったように低く呻りました

 こんな時だというのに小さな笑みが零れてしまう。心配してくれてありがとうございます。


「バカですね、違います。ハウストに伝えてほしいのですよ、私はここにいます、と。これだけ伝えてください。これは命令です、拒否することは許しません」


 私は二頭と視線を合わせて強く言い放ちました。

 助けてほしい、迎えに来てほしい、そして何より……会いたいです。でもそれを伝えるようにと命令はできませんでした。

 囚われた今、私は死んだ方がマシだと思えるような目に遭うでしょう。殺される可能性だってあります。自分が無事でいられると思うほどおめでたくありません。

 だからお願いは出来ませんでした。

 ハウストは魔界を統治する魔王です。多くの魔族が彼を愛し、尊敬しています。そして彼も魔界と同族たちをとても愛している。

 そんなハウストの汚点になりたくありません。それは私自身が最も私に許したくないことです。私は彼に相応しくいたいのですから。

 命令に二頭は不満そうですが、今はそれを聞いている時間はありません。

 私たちを囲んでいるヘルメスと部下たちが徐々に距離を近づけている。

 私がここから逃げるのは難しい。でもこの二頭だけなら逃げられます。


「私が隙を作ります。その隙にあなた達はここから逃げるんです。いいですね?」


 二頭を庇うようにして私は立ち上がりました。

 手で二頭を制したまま、ヘルメスと対峙します。

 そして改めて部下の男たちを流し見る。砂漠の戦士は戦うための男の集団。常にいろんな武器を携帯しているのですね。


「私が逃げるのは難しいようですね。理解しました」

「おや、ようやくお分かりですか。そう、抵抗は無駄でしかない。心配せずとも大人しくしていれば悪いようにはしない。さあ、こちらへ」


 両手を広げてヘルメスが私を待つ。

 冷めた心地でその手を見つめ、ゆっくりと一歩踏み出します。

 背後でクウヤとエンキが呻っています。それを手で制止ながらヘルメスに近づきました。

 目の前に立つとヘルメスが私の腰を抱き寄せようとする。でも次の瞬間。


「死になさい!!」


 ヘルメスが腰に携えていた短剣を引き抜いて振り翳す。

 ヘルメスの喉元を突き刺そうとし、寸前で腕を掴まれました。

 私を捕らえたヘルメス。騒然とする部下の男たち。今しかありません。


「クウヤ、エンキ、行きなさい!! 早く!!」


 二頭は一瞬の躊躇いを見せたものの駆け出しました。

 囲んでいた男たちの間を突破し、嵐のような勢いで二頭が部屋を脱出する。


「追え! 魔狼を逃がすな、殺せ!!」


 ヘルメスの怒号があがり、男たちが魔狼を追って部屋を飛び出していきます。

 私はそれを祈るような気持ちで見送りました。

 ここは冥界です。いくら魔狼とはいえ二頭が逃げ切れる保証はありません。ましてや今は毒に侵され、動くのも辛いはずなのですから。でもここで黙って捕らえられるよりマシです。


「舐めた真似をっ。自分の立場を忘れるとは愚かなことだっ!」

「っ、痛い、離しなさいっ! ッ、うわあああ!!」


 突然、体を担ぎあげられました。

 ヘルメスは私を肩に担いだまま、部屋を出て回廊をずんずんと大股で歩く。


「離しなさい! 今すぐ降ろすんです!」


 思いきり手足をばたつかせて抵抗する。

 このまま黙って思い通りになるのは絶対嫌です。

 しかしヘルメスの腕が緩むことはなく、寝室まで連れ戻されました。

 そしてベッドに放り投げられ、ヘルメスの巨体が問答無用で伸し掛かってくる。


「いやっ! どきなさい! どけと言ってるでしょう!」


 蹴り飛ばそうと足を振り上げるも、足首が掴まれてローブの裾が捲りあがる。

 下着をむしり取るように破られ、両足を大きく広げられました。


「な、なんてことをっ。いやですっ、離しなさい!」


 暴れても掴まれた足が解放されることはありません。

 強い力でぎりぎりと握られ、痛みに唇を噛み締める。

 しかもヘルメスは私の足を掴んだまま、もう片方の手で自分の下半身の衣服を寛げだしました。

 そして股間からそそり立つ浅黒い巨塊。先端からはたらたらと透明な液体が滴り落ち、巨塊がてらてらと不気味にぎらぎらしている。


「い、いやですっ。こないでください、絶対にいやっ……」


 声が震えました。

 恐怖に喉が引きつり、後ずさる。しかし捕らえられた足首を引き寄せられて身動きを封じられました。

 足を更に広げさせられ、後孔を差し出すように露わにされる。


「嫌ですっ! いや、やめてっ!!」

「オラッ! ……ッ、クソッ、入らない!」


 私の後孔に突き入れようとして、入らずに舌打ちする。

 私の体は恐怖のあまり縮こまって強張り、後孔も硬くなっていたのです。

 ヘルメスは硬く閉ざされたそこに、力尽くで捩じ込もうとグイグイと腰を押し付けてくる。


「いやっ、や、……うぅ」


 私はシーツを握りしめ、体を強張らせて必死に拒絶する。

 お尻に押し付けられる硬い巨塊が恐ろしい。グイグイと力尽くで押し入ろうとするのです。


「おのれっ。これだから男の体は好かん! 女なら強引に捩じ込んでやれるというのにっ! オラ! オラ! クソッ……! 奴らを呼んでこい、今すぐだ!」


 ヘルメスは舌打ちすると部屋の外に向かって命令しました。

 そして私を見下ろしてニタリと笑う。


「楽しみにしていろ。その強情な体をすぐに蕩けさせ、これをぶち込んでやる」


 そう言って私のお尻に巨塊を擦りつける。

 あまりの屈辱に睨み返すも、ヘルメスの好色な笑みが耐え難いほど憎たらしい。

 少しして三人の男たちが寝室に入ってきました。全身を黒衣に隠し、ひょろりとした長身が特徴的です。とても戦士には思えぬ体形です。


「こいつらは拷問を生業にする男たちだ」

「拷問……」


 嫌な予感に背筋に冷たい汗が伝う。

 そんな私をヘルメスが嘲笑いました。


「ブレイラ様、知っていますか? 拷問は痛みだけじゃない、快楽も度を越せば死にたくなるほどの苦しみになることを」

「い、いやですっ……。いや……」


 未知の恐怖に首を横に振る。

 しかしヘルメスは愉悦を浮かべ、自分の股間にそそり立つ巨塊を指さす。そして拷問官たちに命じてしまう。


「これが入るように準備しろ。これにむしゃぶりついて離したくないと喚かせるくらいな」





◆◆◆◆◆◆


 ブレイラがヘルメスに連れ戻され、薄暗い部屋にはダビド王だけが残されていた。

 ダビド王は虚空を見つめ、意味のない呻き声を繰り返す。

 だが不意に。


「うー……ぁ、……アイ、……オナ……。……アイオ……ナ。あ……ぅ」

「ゴルゴ……ス、……ぅ……あ、ゴル、ゴス……、あ……ぅぅ」


 呻き声に二人の名前が混じり、痩せ細った頬に一筋の涙が伝った。

 ダビド王は虚ろな目でふらりと立ち上がり、よろけて倒れこむ。

 でも倒れながらもまた立ち上がり、ふらり、ふらりと歩き出した。

 部屋を出て、ふらり、ふらり、何度も倒れるも、また歩き出したのだった。


◆◆◆◆◆◆




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