Ⅲ・海戦と怪物と6

「ブレイラ、眠ったのか?」


 静かな声で話しかけられました。

 返事をできないでいると、ハウストがゆっくりと近づいてきて枕元に腰を下ろしました。

 ギシリッとベッドが軋み、私は今気づいた振りをして彼を振り返ります。


「……ハウスト、すみません、眠ってしまって……」


 嘘をついてしまいました。

 でも眠れずにいたなんて知られたくありません。

 眠そうに目を擦り、寝惚けた演技をしながら起きようとしましたが、「そのままでいい」とハウストにベッドへ戻されました。


「晩餐会は終わったのですか?」

「いや、途中で抜けてきた。お前が先に下がったと聞いて」

「……ご心配おかけしてすみません。その、疲れてしまって」

「そうか。無理をさせてすまない」

「いえ、大丈夫です」


 私は枕元の彼に背を向けたまま、イスラの寝顔をじっと見つめていました。

 ハウストの視線を痛いほど感じていたけれど、振り向く勇気はありません。振り向いたら、きっと彼を困らせてしまいます。

 彼が私を見つめたまま言葉を紡ぐ。


「ジェノキスから聞いた。辛い思いをさせて、すまなかった」

「……あなたの所為ではありません」

「いいや、お前が辛い思いをした時に側にいてやれなかった。許してほしい……」

「謝らないでください。本当にあなたの所為じゃないんですから」


 ハウストを振り返ると、彼は弱りきった顔で私を見つめていました。

 そんな顔しないでください。少しでも慰めたくて、その顔に手を伸ばす。すると手を取られて唇を寄せられました。

 とても大切そうに口付けられて、まるで彼の宝物にでもなったような気持ちになります。

 だから、祈るような気持ちで聞いてみる。


「……明日の夜、舞踏会があると聞きました」

「それは……」


 彼が少しだけ困った顔をしました。

 どうして困った顔をするのでしょうか。理由を知るのが怖いです。


「出なくていいぞ?」


 彼の答えに、グッと心臓が握られる。

 寝返りを打つ振りをして彼から少しだけ表情を隠します。

 彼から見えない場所で、爪を立てた手を痛いほど握り締めました。


「……なぜ、ですか?」

「面倒だろう? わざわざ無理しなくていい。お前は出なくていいんだ」


 出てくれるなと、そう願われている気がしました。

 彼は私に舞踏会へ出て欲しくないのです。

 ならば、私は彼の望む返事をします。


「分かりました。……出ません」

「ああ、その方がいい。お前は好きにしてくれていて構わないんだ」

 

 彼がほっとしているのが分かります。

 私の答えは正解だったようです。

 それなのにどうしてでしょうね、嬉しくありません。

 なんだか疲れてしまいました。


「……おやすみなさい、ハウスト。疲れたので先に寝ますね」

「ああ、おやすみ」


 そう言ってハウストは私の目元に口付けを落としてくれます。

 そして名残惜しげにベッドから立ち上がり、「おやすみ」ともう一度言って静かに部屋を出て行きました。

 彼の気配が遠ざかり、私の全身から力が抜けていく。

 …………もう、何も考えたくありませんでした。




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