六ノ環・冥界の息吹き8
宮殿を出たアイオナは、護衛を引き連れて王宮へと向かっていた。
王に会って直接伝えるのだ。寵姫ラマダが冥界と繋がっていることを。
王の心が離れた自分の言葉だけではきっと届かない。でも魔王と勇者の母であるブレイラの言葉なら、ダビド王は納得できなくても受け入れなければならない。
王宮へ急ぐアイオナは人気の少ない路地に入った。大通りを進むよりも近道になっているのだ。
だが間もなくして複数の男たちが路地を塞いだ。
「そこを退きなさい! お前達に構っている暇はない!」
アイオナは厳しい口調で言い放ったが、男たちが引く様子はない。
男たちはニヤニヤ笑ってアイオナとその護衛たちを取り囲む。
「暴漢どもめ、この方がアイオナ妃と知っての狼藉か!」
護衛が声を上げたが暴漢たちは無言のままである。
それどころかじりじりと距離を詰め、とうとう剣を抜いて襲い掛かってきた。
「くっ、どういうつもりだ!」
「アイオナ様をお守りしろ!」
護衛が暴漢に立ち向かっていく。
だが、暴漢は予想以上の強さだった。
護衛は訓練を受けた戦士なのに、無法者の暴漢たちの方が圧倒している。一人、また一人と殺されていき、最後の一人も切り捨てられた。
残りはアイオナ一人となる。
じりじりと迫る暴漢たちにアイオナは剣を構えた。
「その剣筋、ただの暴漢ではないな。お前達はラマダの手のものか!」
「さすがアイオナ様、このような状態になっても気丈なままでいられるとは。だが」
ドンッ! アイオナの背中に鋭い衝撃が走る。
アイオナはゆっくり視線をおろし、自分の腹から剣が突きでている光景を目にした。
衣服がじわじわと赤く染まっていく。背中から剣で一突きされたのだ。
「ぐッ……うぅっ、きさま……!」
アイオナはぎりぎりと奥歯を噛み締め、暴漢に向かって剣を振り翳す。
執念ともいうべき意地。アイオナは力を振り絞って反撃しようとしたが、その時、馬の嘶きが響いた。
「何をしている!」
六ノ国が誇るヘルメス率いる戦士団だった。
暴漢たちが慌てだす。
「戦士団だっ。逃げるぞ!」
「ずらかれ!!」
「追え! 一人も逃がすな!」
暴漢たちは脱兎のごとく逃げだした。
戦士団が暴漢を追い払い、ヘルメスがアイオナに駆け寄る。
「アイオナ様、ご無事ですか!」
「っ、ヘルメス……」
崩れ落ちたアイオナをヘルメスが抱きとめる。
アイオナの呼吸は荒く、腹部の出血が止まる様子はない。
しかしアイオナは縋るようにヘルメスの腕を掴んだ。
「わたしを、王宮へ……、王の、もとへ……」
「無理をしてはなりませんっ」
「いいから、はやくっ……!」
「お可哀想に、とても苦しそうだ」
ヘルメスは片腕でアイオナを抱いて支えながら、その死角で鞘から剣を抜く。
ヘルメスが口元に歪んだ笑みを刻む。
「さあ、アイオナ様。今すぐ楽に」
「キャーーー!!」
「だ、誰かーー!!」
その時、複数の女性の悲鳴が響いた。
買い物帰りの女性たちが路地に入ってきたのだ。
凄惨な光景に女性たちがパニックで騒ぎだし、人々が何ごとかと路地に入ってくる。
ヘルメスは小さく舌打ちすると素早く剣を収めた。
「アイオナ様が危険な状態だ! すぐに医師を!!」
都の民衆の前でヘルメスはそう命じると、アイオナを急いで運んだのだった。
◆◆◆◆◆◆
「ハウスト、外が騒がしくありませんか?」
「ああ」
王宮の一室でダビド王を待っていると、俄かに部屋の外が騒がしくなりました。
なかには悲鳴に近い声も混じっていて、ただ事ではない気がします。
他国とはいえ気になって従者を呼んで事情を聞くことにしました。
そして知らされた事態に驚愕する。
「アイオナ様が都で暴漢に襲われました。診療所に運ばれましたが、瀕死の状態で……」
何がなんだか分かりませんでした。
瀕死? それは、いったいどういう……。
「ア、アイオナが? どうしてっ……」
突然のことに思考がついていきません。
頭が真っ白になりましたがハウストの手が肩に置かれ、はっとして冷静さを取り戻す。
今は動揺に立ち止まっている場合ではありません。
「今すぐアイオナの所へ連れて行ってください!」
「畏まりました」
従者に案内され、私とハウストはアイオナが運ばれた診療所へ急ぎました。
診療所についた私たちを出迎えたのは戦士団団長のヘルメスでした。
ヘルメスは恭しく最敬礼し、病室へ案内しながら現状を説明してくれる。
アイオナは応急処置を終えたそうですが、いつ息を引き取ってもおかしくない危険な状態のようです。
「私どもが駆けつけた時はすでに暴漢は逃げ、護衛の戦士は全て惨殺されており、アイオナ様は瀕死の状態でした」
「なんて酷いっ」
あまりの出来事に言葉が出てきません。
ヘルメスも沈鬱な顔で頷き、アイオナがいる病室の前で立ち止まります。
「こちらでございます。意識は戻りましたが、それほど長くもたないでしょう。ブレイラ様にお見せできる姿ではありませんが、本当によろしいのですか?」
「構いません、会わせてください」
「畏まりました」
扉が開かれ、病室の光景に息を飲みました。
窓辺のベッドに横たわったアイオナは血の滲んだ包帯に巻かれた痛々しい姿でした。止血処置をしても血が止まらず、どれだけ新しい包帯を巻いても血が滲んでくるのです。それはまるで生命が零れ落ちているような絶望的な光景でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます