三ノ環・崖っぷちの父子3
「ブレイラ! すごいっ、おみずすごい!」
先に来ていたイスラも大瀑布に興奮しているようですね。
興奮を伝えようと私の手を握ってぴょんぴょん跳ねまわります。
「ごおおおおっ、てすごい! おみず、あんなにたかいとこから!」
「そうですね。私もびっくりしました」
「あっちにすごいところあった! ブレイラ、いこ!」
「わっ、ちょっと待ってください!」
イスラが私の手を引いて走りだそうとする。
ハウストを振り返ると、「一緒に行ってこい」と頷いてくれました。
「どこに連れていってくれるんですか?」
「あっち! あっちのはしっこ!」
「えええっ、はしっこ?!」
「うん!」
イスラが嬉しそうに私の手を引いて崖の先端へ連れて行こうとする。
ちょっと待ってください。冗談じゃないですっ。怖いですっ!
「ま、待ってっ。イスラ待ってください! ダメですっ、危ないですから!」
「いきたいのに」
いきたいのに、じゃありません。大瀑布に飛び込むつもりですか、子どもとは恐ろしい。
「落ちたらどうするんですか?!」
「でも、いけるようになってるぞ?」
「そ、それはそうですが……」
見ると展望台になっている場所から、更に崖の先端にも柵が設けられています。
観光客がぎりぎりまで崖の先端に近づいて、滝の真下を見学できるようにという気遣いですね。好奇心旺盛な観光客の満足度を上げる為のものでしょうが、……ああ、なんという余計な気遣い。眩暈がしそうです。
「ブレイラ、ふたりでいこ?」
「……分かりました。でも、私の手を握って、絶対に離してはいけませんよ?」
「わかった!」
嬉しそうに頷いたイスラに私の頬も緩みます。
でも崖の先端に近づくにつれて緊張で顔が強張っていく。
だって万が一落ちたら何百メートルも下の滝つぼへ落ちてしまうのです。緊張するなという方が無理でしょう。
しかしイスラは平気なようで、私を崖の先端へ連れていってくれました。
「すごいぞ、ブレイラ!」
「よ、よかったですね、イスラ」
イスラはとても興奮していますが私はとてもそんな気持ちになれません。柵があるとはいえ大迫力すぎて恐ろしい……。
私は滝つぼの迫力に瞳を輝かせるイスラと手を繋ぎ、恐くて直視できないもののチラチラと迫力の絶景を見学しました。
「……ブレイラ」
ふと、イスラに沈んだ声で呼ばれました。
今までの興奮した声色とは違ったそれに、首を傾げてイスラを見つめます。
「どうしました?」
「……さっきは、ごめんなさい」
「さっき? ああ、馬のことですか?」
「うん。ブレイラを、あぶなくしたから……」
そう言ってイスラは俯いてしまいました。
たしかに落馬しそうになりましたが、こんなに落ち込んでしまっているイスラを責めることはできません。
ローブの裾を整えて膝をつき、イスラの顔を覗きこむ。
「私は大丈夫ですから、元気をだしてください」
「でも……」
「では、また一緒に馬に乗りましょう。イスラと一緒に馬に乗れて楽しかったんです」
「ブレイラといっしょ? ふたり?」
「はい、二人で一緒ですよ」
「それなら、のる」
「ありがとうございます」
「ブレイラっ」
イスラが嬉しそうに抱き付いてきました。
私の首元に顔を埋めてくふくふ笑うイスラは可愛いです。でもここ崖の先端なんですよね。崖っぷち過ぎてちょっと怖いです……。
「イスラ、こんな凄い場所に連れて来てくれてありがとうございます。そろそろ戻りましょう」
「え、もう?」
イスラが残念そうに眉を八の字にしました。
怖いもの知らずの子どもはまだまだ迫力満点の場所にいたいようです。
「……え、えっと、ハウストも来たいと言っていたので、次はハウストの番です! ハウストをここに案内してあげてください! ね?!」
勝手に名前をだしてごめんなさいハウスト。
でもこれ以上ここにいたら眩暈を起こしてしまいそうで。
しかし、そんな私の提案にイスラは口をもごもごさせる。なにか言いたいことでもあるのかと思いましたが、「わかった」と頷いてくれました。
「……ブレイラ、オレとふたりで、ここ、たのしい?」
「は、はいっ。もちろん!」
親の意地にかけて怖かったとは言いたくないです。もちろん長居するつもりはありませんが。
それにイスラと二人でこんな所に立っているなんて、人間界で二人暮らししていた時を思うと夢のようです。崖っぷちは怖いですがイスラと一緒なのは楽しくて幸せですよ。
「ならいい」
イスラはなにやら納得したように頷くと、ようやく崖っぷちから離れることを許してくれました。
さあ、ハウストと交替です。
◆◆◆◆◆◆
崖っぷちの父子。
今のハウストとイスラは、物理的にも精神的にもまさにそんな状態だった。
ハウストは眼下に広がる大迫力の滝つぼと側のイスラを見おろす。
どうしたものか……、内心ため息をつく。
崖の先端から戻ってきたブレイラに「さあ、ハウストの番ですよ」と言われて交替させられたのだ。
戻ってきたブレイラはにこにこした笑顔を浮かべながらも少し青褪めた顔をしていた。何かあったのかと思ったが、ここにきて納得である。ブレイラは恐くて交替してほしかっただけだろう。普段のブレイラは控えめながらも強気で、いざという時の開き直りと度胸はある。だが基本的に臆病な性質だった。
それにしてもとハウストはイスラをまたちらりと見る。
ブレイラと二人でここにいた時はとてもはしゃいでいたが、ハウストと二人になった途端ぎこちなくなってしまった。本来のイスラは表情の乏しさが逆に太々しく見える子どもだが、ハウストと親子になることを意識し始めてからどうにもぎこちない。目を合わせてくれない。合ったと思ったらサッと逸らされてしまう。
嫌われている訳ではないのが救いだが、まだイスラの中で整理がつかないのだろう。
どうしたものか……、やはりハウストは悩む。
いくら魔王ハウストといえど、当然ながら今まで父親になったことはない。こんなに早く父親になる予定もなかった。
それどころかブレイラを愛するようになるまでは、いずれどこかの貴族の令嬢を王妃に迎えて世継ぎの子どもを作ると思っていたのだ。それが無理なら寵姫に世継ぎを作らせればいいと。
人間界で暮らしていたブレイラに勇者の卵を託した時も、あくまで先代魔王に対抗するための手段として渡したのであって自分の子どもにする為に渡したわけではない。イスラが誕生したばかりの時など、ブレイラにほとんど子育てを丸投げしていた自覚もある。むしろあの時のイスラはハウストを警戒していたくらいだ。
だから、今のような状況になるなどまったく予定外で夢にも思っていなかった。
「イスラ」
「……なに?」
「いや……」
どうしたものか……、親子らしい会話ができそうな言葉が見つからない。
魔王ハウストにとって勇者イスラはなんとも難しい立ち位置だ。
イスラが誕生した時から、イスラのことは同等の三界の王として特別に思っている。でもブレイラを愛するようになってから、ブレイラの大切な子どもという認識になった。それはやがて自分にとっても大切にしたい子どもに変わっていったのだ。
ブレイラの子どもだからという気持ちがないわけではないが、それでもイスラと過ごすうちに勇者を息子にしても悪くないと思い始めたのである。
しかし、それをイスラに伝えるのは難しい。
そして理解させるのも難しい。
ゴオオオオオッ! 大瀑布の轟音が響く中、ハウストはコホンッと咳払いを一つ。
崖っぷちでハウストは父子の会話を試みてみる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます