十五ノ環・環の婚礼9

「ど、どうするんですか。このままじゃ……」

「心配するな、その為の三界の王だ。冥界を囲んでいる歴代勇者の結界は限界が近い、俺たちで強めて冥界の墜落を最小限に留まらせる」

「オレもする! ブレイラ、だいじょうぶだ!」


 ハウストの言葉にイスラも魔力を集中させました。

 フェルベオもジェノキスも魔力を集中する。

 巨大な光柱が立ち昇り、冥界を取り囲んでいる歴代勇者の力と重なっていく。

 しかし地震が治まることはありません。

 大地の底が抜けていくような、底知れぬ恐ろしさを感じる地震です。


「っ、もっとだ! もっと力を出せ!!」


 フェルベオが声を上げました。

 それに合わせてイスラも魔力を解放して更なる光柱を立ち昇らせます。

 でも不意に、気付いてしまう。


「……ハウスト?」


 ハウストの疲労が濃いのです。

 フェルベオやイスラに比べてハウストだけが消耗し、疲労を見せている。

 私ははっとして指輪を見ました。これはハウストの力の一部なのです。


「まさかっ。あなた、もしかして私に指輪を嵌めてくれたからっ……」


 愕然とした私の言葉に、「ゆびわ?」とイスラが反応する。

 指輪を見てイスラの表情が変わりました。

 同じ神格の王として、環の指輪が宿す力がどういったものか分かったのでしょう。私がイスラの記憶を戻せた理由も。

 イスラがハウストを見上げます。


「まおうとゆうしゃ、なのに?」

「ブレイラがいたからな」

「……きこえてた。オレに、ブレイラをかえすって。オレのため?」

「…………」


 黙り込んだハウストをイスラはじっと見上げています。

 イスラは心なしか興奮したような、ドキドキしたような、そんな顔をしています。

 舌打ちするハウストに、こんな時だというのにイスラは照れ臭そうにはにかみました。


「……オレも、てつだう。…………ちちうえ」


 ちちうえ。


 それはとても小さな声でしたが、ハウストと私の耳に届く。

 はっとして私とハウストがイスラを見ると、イスラは俄然張り切って魔力を解放しました。

 魔力の制御が苦手なのに、小さな体で必死に振り絞るのです。

 それはハウストの疲労を補うかのような姿でした。

 私などはそんなイスラの健気な姿に胸を打たれましたが。


「っ、みくびるな! 俺を超すのはまだ早い!!」


 どうやらハウストは違ったようです。

 ハウストが疲労と消耗を押し切り、限界まで魔力を解放します。

 たくさんの光柱が立ち昇って冥界全体を包んでいく。

 このまま冥界を封じることに成功するかと誰もが思いました。

 しかし。


「そんなっ……」


 崩れ落ちる冥界が光柱の壁を突破する。

 それは絶望的な光景でした。

 冥界とは一つの世界。

 世界の崩壊は、三界の王にすら食い止められないということ。

 人間界の大地が衝撃に揺れている。

 冥界の一部が降り注ぎだしたのです。

 このまま冥界全土が降り注げば、三界全てが滅亡してしまう。


「――――ブレイラ」


 ふと背後から名前を呼ばれました。

 振り向くと砂塵を握りしめたゼロスが立っていました。

 深く傷を負ったゼロスは今にも崩れ落ちてしまいそうです。

 でも、私をまっすぐに見つめる瞳には強い意志を宿している。


「ブレイラ、心配しなくていい。ブレイラが生きていく世界は滅亡しない。これからも続いていく」

「ゼロス……?」

「ブレイラ、庇ってくれただろう。嬉しかったんだ。初めて僕の為だけに誰かが怒ってくれた。嬉しかった。すごく、嬉しかったんだ……っ」


 そう言ってゼロスがにこりと笑いました。

 子どものように、嬉しそうに笑ったのです。彼のこんな顔は初めて見ました。

 ついでゼロスは厳しい面差しになり、ハウストとイスラとフェルベオを見る。


「三界の王ども、転移魔法を発動する力くらいは残っているだろう。ブレイラを連れて冥界を出ろ。あとは僕が引き受ける」

「ま、待ちなさいっ。あなた、それはどういう意味です! 馬鹿な考えはやめなさい!」

「ありがとう。でも冥界は滅んだんだ。僕はどこの王様をすればいいの?」


 ゼロスは恨むでもなく、憎むでもなく、少し困ったような顔をして言いました。

 その顔に、言葉に、胸が締め付けられる。

 ゼロスに手を伸ばそうとして、ハウストに腕を掴まれました。


「ブレイラ、行くぞ」

「ハウストっ……」

「分かっているだろう。冥王は俺達と同格の王、四界の王の一人だ。世界を失った王に、生きることを強要するのは酷なことだ」


 ハウストは言いました。

 ゼロスは四界の王だと。

 魔王、精霊王、勇者、冥王、今ここにいる四人すべてを含めて四界の王だと、そう言ったのです。


「四界の王……、懐かしい響きだ」


 ゼロスが小さく笑いました。

 その笑みに切なさがこみあげる。泣いている場合ではないのに、視界が涙で滲んでいく。

 頬を濡らす涙が止まりませんでした。

 そうしている間にも冥界の崩壊は止まらない。人間界に墜落する冥界を食い止めなければいけません。

 ハウスト、イスラ、フェルベオ、ジェノキスが転移魔法陣を出現させます。

 魔法陣が発動し、光に飲まれてゼロスの姿が見えなくなっていく。

 でも見えなくなる寸前、堪らずに声を上げる。


「もう一度生まれる奇跡が起きたならっ、その時は私のところに来てください! 私の元に帰ってきてください……!!」


 今度は偽りではなく、本当の子どもとして。

 ずっと一緒にいると約束しました。約束は守ってください、必ず。

 視界が完全に光に包まれました。

 私の声は聞こえたでしょうか。分かりません。でも最後にゼロスが笑ってくれたような気がしました。それだけが救いです。




◆◆◆◆◆◆


 転移魔法によってブレイラ達の姿が見えなくなった。


「もう一度、生まれる奇跡……」


 ゼロスはぽつりと呟いた。

 夢物語だ。でも、叶えばいい。

 願わくばブレイラの元に帰りたい。

 そして魔王は立ち去る時、ゼロスを【四界の王】と呼んだ。

 こんな時だというのに、冥界は滅ぶというのに、四界の王と。

 ゼロスは握っているラマダの砂塵にそっと口付ける。


「僕をずっと見守ってくれていてありがとう」


 ラマダの復讐はすべてゼロスの為。

 でもそれを叶えることはできない。

 なぜなら、冥王は四界の王だから。

 閉ざされた世界から解放された冥王は、冥界とともに滅ぶ。


◆◆◆◆◆◆






 転移魔法によって冥界から人間界に戻りました。


「ここは人間界ですね」


 私たちは砂漠に降り立ちます。

 でも凄まじい風と衝撃波に体が吹き飛ばされそうでした。


「うわっ」

「ブレイラ、掴まっていろ」

「はいっ」


 ハウストの腕にしがみ付き、上空を見上げます。

 冥界の一部が雨のように地上に降り注いでいる。

 今、崩れゆく冥界にはゼロスが一人きり。

 いったいどんな気持ちで残ったのでしょうか。


「ゼロスっ……」


 その時、墜落する冥界が青い光に包まれました。

 三界を照らすほどの青い光。

 冥界を包んでいたそれが瞬く間に四散し、世界に青い光の雨がキラキラと降り注いで……。ああ、それはまるで流星群。

 美しい力です。

 冥王は四界の王として逝ったのです。

 それは、冥界が冥王とともに完全に消滅した光景でした。

 ゼロスが三界を守ってくれました。


「……終わったのですね……」

「ああ、終わった」


 頷くハウストに、フェルベオとジェノキスがほっと安堵の息を漏らす。

 イスラは私の側に来て、ぎゅっと手を繋いでくれました。

 冥界は消滅し、冥王以外のすべてが救われたのです。

 でもその時。


「あっ、ブレイラ、あれ!」


 ふとイスラが空を指さしました。

 空から小さな塊が落ちてくる。


「あれはっ……」


 思わず駆け出しました。

 私、あれを知っています!

 夢中で走りました。

 そして空から降ってきた小さな塊を受け止める。

 それは青い卵。

 胸がいっぱいになりました。

 卵を両手で包み、そっと胸に抱く。


「ゼロス……、私の元に、帰ってきてくれましたね」


 あなたは約束を守ってくれたのですね。

 涙が溢れて止まりませんでした。

 今度こそ、ずっと一緒にいましょう。

 あなたが大人になって、私の元から旅立つまで。ずっと一緒にいましょう。





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