第六章・あなたの親になりたい。今、心からそう思うのです。2
「まったく、いきなり水かけるからびっくりしたぜ」
びしょ濡れになった体を拭くジェノキスに警戒しながらも、私も自分とイスラの体を拭きます。
「急に来るあなたが悪いんです」
「おまえがわるい」
「ハイハイ、俺がわるい俺がわるい。はい、これ干しといて」
「……今回だけですからね」
少しは罪悪感もあるのでジェノキスの濡れた服も干してあげます。
ついでにイスラに着替えもさせ、私も着替えようと自分の服に手をかけました。
でもその手がピタリと止まる。
ジェノキスが私をじっと見ているのです。
「…………なんですか、人をじっと見て」
「いや、せっかく美人の生着替えだから見学させてもらおうと思って」
「ば、馬鹿ですか!?」
「馬鹿って言うなよ。見るのは当然だろ、あんたのことは性的な目で見てんだし」
「い、いい今すぐ出て行きなさい! 今すぐ!!」
思いきり怒鳴ると、イスラも「あっちいけ」とジェノキスをポコポコ叩きだす。
そんな私たちにジェノキスは降参とばかりに両手をあげました。
「悪かったって。それよりあっち向いてるから早く着替えろよ。今日は口説きにきたんじゃなくて、真面目な話をしに来たんだから」
「あなたが悪いんです」
「おまえがわるい」
「ハイハイ、俺がわるい俺がわるい。だから早くしろって」
ジェノキスに急かされて手早く着替えます。
この男に従うのは面白くありませんが、取りあえず着替えは終わらせました。
「もういいですよ。それで、真面目な話しとはなんです。イスラはどこにも連れて行かせませんからね」
「分かってるって。それに今日は俺も精霊族としてっていうより、個人的にあんたを説得しに来ただけだし」
「個人的に?」
「俺の所為でいろいろあったんじゃないかと思って、ずっと気になってたんだ。魔王様を逆撫でしたんじゃないかな~って」
「……たしかに、あなたの所為でいろいろありましたね」
思わず目を据わらせてしまいます。
たしかに精霊族がイスラを狙ったことを引き金に、ハウストが警戒してイスラを魔界へ連れて行ったことで本当にいろいろありました。
「……もう気にしていません。終わったことですから」
ため息とともに答えました。
そう、もう全て終わったことなのです。
「てことは、やっぱり魔界から出てきたのは魔王と別れたから?」
「別れるも何も、私とハウストは最初から何もありません」
少しだけ俯いてしまう。
やはりハウストの話しはまだ辛いです。その名を口にするだけで胸が締め付けられる。
でもこの言葉のとおり、ハウストと私には何もないのです。私が一方的に期待しただけでした。
「そうなのか? あの人間嫌いの魔王が人間を魔界に連れてったって、精霊界では結構騒がれたんだぜ?」
「イスラに私が必要だったからです。それだけです」
「そうか。まあどっちでもいいよ、魔界から出てきてくれたんだから」
ジェノキスはそう言うと、今までの軽い調子を改めて真剣な表情になりました。
「俺と精霊界に来てほしい、正式な命令が下される前に。これはイスラの為じゃない、あんたの為だ」
「……意味が分かりません」
「もう直ぐ精霊王から正式に勇者保護の命令が下る。その時にイスラの親のあんたも強制的に精霊界行きだ。だが」
ジェノキスはそこで言葉を切ってさらに深刻な顔をしました。
そして何とも複雑そうに言葉を続けるのです。
「俺のとこの精霊王は魔王が大嫌いなんだ。恨んでいると言ってもいい。だから、一度でも魔王のお手付きになったあんたに、精霊王がどんな処遇をするか分からない。そうなる前に自分から精霊界へ来い。それなら処遇だって甘くなるかもしれないだろ?」
ジェノキスは必死な口調で言いました。
本当に焦った様子です。きっと言葉通り近々精霊王の命令が下るのでしょう。
「なんだ、そんな事でしたか」
「そんな事ってなんだよ。俺はあんたの為に」
「余計なお世話ですよ。あなたこそ何度言えば分かるんですか、イスラを精霊界には行かせません」
きっぱり言い切りました。
魔王と精霊王にどんな因縁があるのか知りませんが、私は精霊界に行かないのだから関係ありません。もう何にも関わり合いたくないのです。
「ああもうっ、相変わらずだな。あんたがどんなに強情な態度に出たって、精霊王の命令が下れば精霊族はそれを遂行する。俺だって精霊王に逆らうつもりはない」
「っ……」
悔しいのに言い返せません。
ジェノキスの言う通り、力の前で私はあまりに無力なのです。
でもその時、側にいたイスラが私の手を握りしめました。
「オレがまもる。やくそくした」
「イスラ……。そうでしたね、ありがとうございます」
手を握り返すと、「オレはつよい」とイスラが嬉しそうに胸を張りました。
いくら勇者とはいえ幼いイスラが精霊族と戦うのは難しいでしょう。でも、守ろうとしてくれる気持ちが嬉しいのです。
しかしそんな私たちをジェノキスは苦笑する。
「ハハッ、涙ぐましいな。そうやって母と子で生きてくつもりか?」
「私はイスラの親ですが、男の私を母と呼ぶのは訂正してください」
「そこ訂正してる場合かよ。あんたらが人間界で暮らしていくのも難しいってのに」
「なぜです、私もイスラも人間です」
「ここの領主、魔王に殺されたんだろ? あんたが魔界に行ってる間に、犯人があんたって事にされて賞金首になってるぜ。あんたには気の毒だけど、当然だよな。いくら領主が殺されたっていったって、魔王を責めるわけにはいかない。そんなことしたら魔界対人間界の大戦争になる」
「そ、それじゃあ私は罪人ということですか!?」
「ああ、領主殺しの大罪人だ」
「そんな……」
あまりのことに眩暈がしました。
愕然とする私をジェノキスが真剣な面差しで見つめてきます。
「だから俺と来い。絶対悪いようにしない」
そう言ってジェノキスが私の手を握ろうとし、でもイスラが握っていることに気付いて肩に手を置かれました。
肩を握り締める手は強いのに、痛みを感じないように加減してくれています。
お人好しな人です。きっと彼の言葉に嘘はないのでしょう。でも。
「いろいろ教えてくれてありがとうございました。でも帰ってください」
「おい、俺は真剣に」
「私も真剣です」
遮るようにして言い返しました。
無言で対峙したまま睨みあう。
しばらく張り詰めた緊張感が漂いましたが、ふっとジェノキスが緊張を解きました。
「……ああもうっ、ほんと頑固だな!」
「知らなかったんですか?」
「知ってるよ! ……たくっ、とりあえず今日は帰るけど、どうなっても知らないからな」
「心配してくれるんですね。ありがとうございます」
「礼言うくらいなら」
「行きませんよ」
「ハイハイそうでした」
ジェノキスは大きなため息をつくと、私と手を繋いでいるイスラを見ました。
「……頼んだぜ?」
「あたりまえだ」
しっかり頷いたイスラにジェノキスは微かに笑うと、魔法陣を描いて立ち去ったのでした。
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