五ノ環・魔王と勇者の冒険か、それとも父と子の冒険か。6
「…………アイオナ、教えてください。さっき森は短時間で変化したと言いましたよね。それはいつからですか?」
「それは、……」
アイオナが視線を逸らして押し黙ります。
あなたらしくない反応ですね。その反応に私の確信が強くなっていきますよ。
「植物が急激に変化したのは、もしかして私がこの世界に転移してきた時からではありませんか?」
「ブレイラ様、そんなことは……」
「正直に答えていいですよ。私が人間界のアロカサル跡地から異界に転移された時、あの場には私以外に何人もいたのです。でも、なぜか私だけが転移してしまいました」
「それは偶然というものです。ブレイラ様には関係ありませんっ」
いいえと私は首を振ってアイオナに苦笑を向けました。
誤魔化そうとしてくれて優しいですね。でも今はその優しさに甘えることは許されません。だって、もしそれが正解なら私があの植物を都に呼び寄せたようなものじゃないですか。
「ありがとうございます。でも違いますよ、アイオナ。理由は分かりませんが、もし何らかの力によって故意的に私だけが転移させられたとしたら、あの植物が私を狙っているのも頷けるんです」
「そ、そんなことはありません! この異界の植物が狙っているのはきっと勇者の宝です! 我らが守り続けてきた勇者の宝は都にありますっ。だから、それを狙ってのものだと考えられます!」
「たしかに、それも考えられますね」
ふむっと頷く。
その可能性も考えられます。元々この異界は勇者の宝によって繋がった世界。それが冥界の影響を受けつつあるというのです。ならば、勇者の宝が引き寄せているとも考えられます。
納得しかけた私にアイオナがあからさまにほっとした時、ゴルゴスが駆け寄ってきました。
「姉上、ブレイラ様! 御二人ともこちらにいましたか、無事で良かった! さあお逃げください! 広場は危険です! 森へ逃げる手筈でしたが、それももう簡単には出来なくなりましたっ。今は館の奥へお逃げ下さい!」
ゴルゴスが急いで私を館へ戻そうとします。
でも私は従うことはできません。まだ広場には都の人々が残っている。それなのに先に逃げることはできません。
それにあの不気味な巨木が狙っているのは私か勇者の宝のどちらかです。もしかしたら二つかもしれないじゃないですか。
「今から逃げますが、館へは逃げません」
「どういうことです?」
ゴルゴスが訝しみ、アイオナは嫌な予感を覚えてか表情を変えます。
そんな二人を尻目に、「クウヤ、エンキ、出てきてください」二頭の魔狼を呼び出しました。
クウヤとエンキの巨体が影から勢いよく飛びだし、ぐるりと駆けまわって私の側でお座りをします。
二頭の喉をよしよしと撫でて、ゴルゴスとアイオナをまっすぐに見つめました。
「勇者の宝を貸してください。それを持って私が囮になります」
「なっ、なにを馬鹿なことを!」
「ブレイラ様、正気ですか?!」
ゴルゴスとアイオナが声をあげました。
でも今はそれに構っている場合ではありません。
ガンッ! ガンッ! 巨木の枝が撓って城壁を破壊しようとしている。その度に地面を揺るがすほどの轟音が響き、衝撃に人々が震えあがっています。
「あなた方こそこのままでいいと思っているんですか? 城壁が突破されるのは時間の問題です。このままでは都への侵入を許し、多くの女性や子どもが犠牲になるでしょう。そもそも都の守りが限界だと言ったのは誰ですか」
「それは……」
「今から都の人々を外へ逃がそうとしてもかえって危険です。多くが逃げ遅れるのは目に見えています。それならあの化け物を都から引き離す方が手っ取り早いじゃないですか」
当然ですよねと二人に問う。
二人は代々首長としてアロカサルを守ってきた血族です。勇者と契約した血族であろうと、首長という重責を降ろしてはならないのです。
しかしアイオナが真っ青な顔で私を説得しようとする。
「それは、それはなりませんっ……! ブレイラ様、それだけはお考え直しください! あなたは勇者様の御母上様です! 御母上様にもしものことがあれば、我ら勇者の契約者として勇者様になんとお詫びすればいいのか!」
「城壁が破られるのは時間の問題だというのに、まだそんなことを言っているのですか!」
「それでもブレイラ様を囮にするなど許される筈がありませんっ」
「このままでは都の人々が犠牲になります。あなたは守りたいと思わないのですか?!」
「砂漠の民は勇者様の為に死ぬことを恐れません!」
「あなたはっ……!」
断固としたアイオナにカッと血が昇る。
でもここで怒鳴りあう時間くらい無駄なものはない。
冷静さを取り戻すように長く息を吐き、アイオナを冷ややかに見据えました。
「……呆れました。お話しになりませんね。それにあなたはハウストが私に預けてくれた魔狼を侮っているのですか? クウヤとエンキがいるのに、私にもしものことが起きると」
「そ、そういうつもりでは」
「いいえ、そういうことではないですか。魔王の魔狼を侮るということは、魔王ハウストを侮るということ。たとえ勇者と契約した血族であろうと許されないことです」
私が毅然と言い放つと、グルルル……、側にいたクウヤとエンキが低く呻ります。
好戦的な二頭の魔狼を宥めるように頭を撫でてあげます。
「よしよし、怒っては駄目ですよ? 人間は襲わないと約束したじゃないですか」
微かな脅しを匂わせた私にアイオナが押し黙りました。
決まりですね。この都の人々を救う方法はそれしかありません。
「すぐに勇者の宝を持ってきてください。早く」
私の命令にアイオナが拳を強く握り締める。ぶるぶる震えるそれは、彼女にとってこれが苦渋の決断だから。
「……畏まりました。ブレイラ様のお言葉のとおりにいたします。しかし、私も同行させていただきます。せめてそれはお許しください」
「……いいでしょう。許可します」
受け入れなければ納得してくれなさそうです。
アイオナはほっとして深々とお辞儀しました。
「ありがとうございます。それでは準備いたします」
そう言ってアイオナが駆けだして行く。
それを見送り、今まで黙っていたゴルゴスに目を向けます。
「あなたは何も言わずに許してくれるのですね。良かった。あなたまでアイオナと同じことを言い出したらどうしようかと思いましたよ」
「…………勇者と契約した血族として、姉上は間違っていません」
「そうかもしれませんね。でも、あなた方は代々首長として都を守ってきたのも事実です」
ゴルゴスが黙りこみました。
彼は天秤に勇者と都を乗せても、どちらにも傾かせることができなかったのでしょうね。
「ブレイラ様、姉上をお許しください。姉上は勇者様の為に生きることを誇りとしています」
「それについては否定しませんが、都の人々にとっては迷惑なこともあるでしょうね」
「手厳しいことをおっしゃる」
「私、怒ってるんです」
「ご容赦ください。本当は姉上も都を大切に思っているんです」
「そうは見えませんでしたが、どういうことです?」
「…………」
黙ってしまいました。姉弟揃って堅物のようですね。
話していると疲れてしまいそうです。
少ししてアイオナが馬に乗って戻ってきました。手には松明を持っています。
私もクウヤの背に跨ってゴルゴスを振り返ります。
「後は頼みます。都の人々を守ってくださいね」
「畏まりました。都はお任せください」
頷き、城壁を壊そうとしている巨木を見据えました。
なんらかの意思を持った動きをする巨木。森全体がざわめいて、都が森に飲み込まれてしまいそう。
「急ぎましょうっ。クウヤ、エンキ!」
私はアイオナとともに駆けだしました。
あっという間に広場を抜け、風のように都の通路を駆け抜ける。
跳躍したクウヤは建物の屋根から屋根へと飛び移り、城壁の巨木へと接近しました。
そして、ビュッ! 寸前でクウヤが避けたのは鞭のように撓った巨木の枝。巨木は私に狙いを定めたような動きを始めたのです。
「やはりそうでしたか」
思っていた通りです。やはりこの森の植物が狙っていたのは私でした。
好戦的な動きを始めたエンキに苦笑します。
「エンキ、戦うわけじゃありませんよ! おびき寄せるだけです!」
ここで戦っては都の人々も巻き込んでしまいます。それに目的は巨木を都から遠ざけること。
「ブレイラ様、こちらです!!」
振り返ると馬で城門を駆け抜けるアイオナが見えました。
疾走するアイオナに巨木が攻撃しようとしますが、彼女の手にしている松明に怯えて道を開けています。
「クウヤ、エンキ、頼みました!」
私はアイオナの後に続き、巨木に追われながら森に入りました。
◆◆◆◆◆◆
休憩を終えたハウストとイスラはブレイラを探して森を進んでいた。
「ハウスト」
「ああ」
頷いたハウストにイスラは確信を強める。
イスラは近くにある手頃な木に、「おい」と声をかける。
ビクゥッ!! 木があからさまに怯えた。
周囲の木々がざわめくがイスラが構うことはない。
「いうことをきけ」
そう言うとスルスルと木の蔦がイスラの足元に降りてきた。
イスラがぴょんっと飛び乗ると蔦がスルスルと上がり、森を見渡せる高さでぴたりと止まった。
最初は攻撃的だった森の植物だったが、ハウストとイスラの力の前にすっかり大人しくなっていたのだ。
「やっぱり、へんだ。もりがうるさくなった」
ざわめく森を見渡す。
最初から騒々しい森だったが、もっと騒がしくなっていた。
視界に映る一面の緑が波のようにざわめいている。その中で特に騒がしい場所を見つけた。
「ブレイラもあっちかな」
スタンッ! イスラが着地した。着地の衝撃にも表情一つ変わらない。
大人の背丈よりも遥かに高い場所から飛び降りたが、勇者イスラにとってはなんの問題もない。体は子どもだが身体能力は普通の子どものそれではないのだ。
「あっちがうるさい」
森の奥を指差したイスラにハウストは頷く。
この異界は勇者の宝によって繋がったものだ。イスラが異変を感じたなら、それは何かが起きているということ。なによりハウスト自身も異界を満たす冥界の力が濃くなっていることに気付いている。
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