一ノ環・婚礼を控えて8

 大臣将校が整列するなか、ハウストが壇上の玉座へまっすぐ歩いていきます。

 私の目の前を通りすぎ、壇上への階段を上り、皆を振り返って玉座にゆったりと座りました。

 信任の儀の始まりです。

 ハウストが城を離れる間、フェリクトールに信任が与えられます。たとえ僅かな期間であったとしても魔王の城を預かるということは重大な責務を伴いました。

 今回ハウストとともに西都へ赴くのは、十二人で組織された大臣の中から二人、六人で組織された軍将校や大隊長たちの中から一人ずつが同行すると決まっています。

 魔界の軍隊は陸軍、海軍、空軍という大軍隊を三人の将軍が纏めています。それ以外では、突出した魔力を持つ魔法部隊、特殊技能に卓越した特殊部隊、そして全ての分野において優秀な成績を修めた王直属精鋭部隊、その三部隊を三人の大隊長がそれぞれ纏めているのです。三つの特別部隊はいわゆるエリートですね。

 この西都への視察へは、陸軍将校と王直属精鋭部隊大隊長が同行してくれます。

 つつがなく信任の儀が進行し、ハウストが不在の間はフェリクトールに信任が与えられました。


「――――これにて信任の儀を終了する。フェリクトール、俺が不在の間は頼んだぞ」

「お任せください」


 こうしてフェリクトールが信任を受け、無事に儀式が終わりました。

 ハウストが玉座から立ち上がり、壇上を降りてきます。

 彼が私の目の前を通りすぎた後、側に控えていたコレットにハウストの後に続くように促されました。


「このまま出発いたしますから、ブレイラ様も魔王様の後に続いてください」

「えっ、このまま出発? イスラは?」

「……まだ見つかっていないようです」

「そんな……」


 困惑しながらも、流されるようにしてハウストの後に続いて歩きます。

 その私の後ろを視察に同行する大臣や将校が続き、そのまた後ろを見送りの臣下たちが続いている。

 こんな動いている行列の中で立ち止まる訳にはいかず、流されて歩くしかないのです。

 でもこのまま視察へ出発してしまうわけにはいきません。だってイスラがいないのですから。

 仕方ありません。ハウストに相談するしかないでしょう。

 私は前を歩くハウストに小走りに近づき、「ハウスト、ちょっといいですか」と歩きながらこそこそ話し掛けます。


「どうした」

「実は、信任の儀の前からイスラの姿が見えなくなってしまったんです……」

「なんだと?」


 ハウストがぴたりと立ち止まりました。

 急に立ち止まったハウストに大臣将校たちがざわめく。

 大臣将校たちの視線が気になりつつも、ハウストに現状を話しました。


「皆さんに探してもらっているのですが見つからなくて……。昨夜のこともありますから」

「城内はすべて探したのか?」

「いえ、広いお城なのでまだだと思います」

「そうか、ならば俺の手のものも貸そう。城外へも捜索範囲を広げた方がいいかもしれん」

「ありがとうございます。すみません……」


 申し訳なさに視線が落ちていきます。

 イスラの事は心配ですが、視察前にハウストの手を煩わせることになってしまいました。

 それに視察へ出発する時間も迫っていますし、その為に準備を進めてくれていた多くの人に迷惑をかけてしまいます。

 しかしハウストは当然のようにイスラを優先してくれる。


「最近のイスラは様子が変だったから、何か重大なことが起きているのかもしれない。それに相手は子どもでも勇者だ。こちらも本気で捜索しなければ見つからないだろう」

「たしかに……」


 勇者イスラの身体能力は子どものそれではありません。イスラの前では高い城壁も役に立たず、どんな障害物もいとも簡単に突破してしまうのです。

 ハウストはただちに衛兵長と侍従長を呼び寄せてイスラの捜索範囲を広げるように命じてくれました。


「……すみません。私がもう少し気にかけていれば良かったんです」

「いや、お前は充分よくやってくれている」

「ハウスト……」


 迷惑をかけてしまったというのにハウストに気遣わせてしまいました。

 話しを聞いていた大臣将校たちも自分達の部下に勇者捜索を命じてくれます。

 大ごとになりつつある事態に私はますます恐縮してしまう。

 今までと違うのだと、改めて思い知ります。


「……本当にすみません。イスラにはちゃんと言い聞かせます」


 勝手な行動で大勢の人に迷惑をかけてしまうことがあると、イスラはまだ知らないのです。そして私の認識も甘かった。


「お前だけの責任じゃない。イスラは俺の子でもあるからな」

「ありがとうございます」


 少しだけ気持ちが軽くなりました。

 そうですね、今の私にはハウストがいます。一人でイスラを育てているわけではありません。

 私たちは出発の準備が整っている城門まで行きました。

 そこには王旗を掲げた大型の馬車が停車しています。

 しかしこのまま馬車に乗ってしまうことも出来ず、出発直前までイスラを待っていたい。

 馬車の前で足を止めた私にハウストも立ち止まってくれます。


「……すみません、ハウスト。イスラがいないのに行くことは出来ません」

「分かっている。お前ならそう言うと思っていた」

「本当にすみません。……まったく、イスラはどこに行ってしまったんでしょうか……」


 せっかくハウストやイスラと遠出できると楽しみにしていたのに。

 もちろんこの視察が政務の一環だと分かっていますが、それでも三人で過ごせる自由な時間を楽しみにしていました。西都の山にある大瀑布をイスラやハウストと一緒に見たかったです。

 ハウストは政務があるので西都へ行かなければなりませんが、私はあくまで王妃外交の練習です。最悪の場合、私とイスラの同行は見送りの可能性も出てきました。急な予定変更は多方面に大きな迷惑をかけてしまいますが、まだ幼いイスラを一人にしておくことはできません。


「せっかくイスラと旅行ができると思ったのに……」


 ため息混じりにそう呟いた、次の瞬間。

 ガターン!!!!


「ブレイラ、オレもいっしょ?!」

「うわああああ!!」


 驚いて飛び上がりました。

 馬車の荷台が吹っ飛ぶような勢いで開いたのです。そしてそこにいたのは渦中のイスラ。

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