一ノ環・婚礼を控えて7


 翌朝。

 今日は視察に出かける日とあって、朝から城内は俄かに慌ただしくなっていました。

 コレットや侍女たちは旅行支度を終えて側に控えてくれています。


「ブレイラ様、お支度は整っていますが出発までに最終確認をお願いします」

「ありがとうございます。ではイスラの荷物の確認も一緒にしてしまいますね」

「よろしくお願いします」


 休んでいた部屋からたくさんの荷物が並べられた部屋に移動します。

 広い部屋だというのに所狭しに私とイスラの旅支度が並べられていました。

 でも確認作業といっても私は椅子に腰かけて見ているだけです。コレットが目録を手にして私に説明し、その指示で侍女たちが動いてくれました。

 なんだか恐縮してしまいますが、ここで申し訳ないと私が動くとかえって邪魔だということは学習済みです。

 こうして旅支度の確認作業をしていると、ふと侍女が慌てた様子で部屋に入ってきました。


「失礼します。ブレイラ様、大変ですっ。イスラ様の姿が見えなくなりました!」

「えええっ?!」


 あまりのことに椅子から立ち上がる。


「そ、それはどういうことですっ!」

「それが、少し目を離した隙にイスラ様がいなくなってしまって……」

「そんなっ」


 最近ずっと様子が変でしたが、とうとう姿まで隠してしまうなんて。

 しかも今日から視察旅行に出発です。時間を確認すると出発まで後一時間に迫っていました。


「とにかく急いで探しましょう! この城のどこかにいるはずです!」


 そう指示すると、女官や侍女や召使いなど、私に仕えてくれている大勢の人々が城中を探し回ってくれます。

 もちろん私も一緒に探そうとしましたが、コレットに制止されてしまう。


「ブレイラ様、お待ちください。お気持ちはお察ししますが、ブレイラ様は魔王様の側にてお待ちください」

「でも大勢で探した方が早く見つかるかもしれません」

「もうすぐ出発の時間が近づいております。魔王様が留守役に信任を与える中、そこにブレイラ様の御姿がないというのは……」

「……た、たしかに、その通りですね」


 コレットの言う通りでした。

 まだ王妃でないとはいえ婚約者になったのです。魔王の不在時、城を守る留守役は大変な役目を信任される。その相手は馴染み深い宰相フェリクトールですが、だからこそ信任の儀は厳格でなければなりません。


「ご理解いただけましてありがとうございます。どうぞ、ブレイラ様は玉座の間へお急ぎください」

「分かりました」


 魔王ハウストが儀式、儀礼、命令、謁見、それらを行なう時、そこは玉座の間でなくてはなりません。たった数日間不在にする為の信任の儀も例外ではないのです。

 私はイスラの捜索を侍女たちに任せ、コレットとともに玉座の間へ向かいました。

 豪奢な装飾をされた巨大な扉。玉座の間です。

 中に入るとすでに魔界の将校や大臣など高官たちがずらりと整列し、ハウストを待っていました。


「ブレイラ様はこちらです」


 私はコレットに連れられて玉座の間の奥へ、壇上の下へと促されました。

 隣にはフェリクトール宰相閣下。その隣にはハウストの妹姫であるメルディナが並んでいます。

 私は壇上の下ながら最も玉座に近い場所に立たされました。

 現在、玉座がある壇上に上がることが許されているのは魔王ハウストだけです。正式な王妃になると私も壇上に上がることになりますが、婚約中は許されていないのです。


「遅かったね。何をしていた」

「すみません、イスラがいなくなってしまって」


 フェリクトールに話しかけられ、さっきまであったことを話しました。

 彼は最近のイスラの異変を知っていたので同情してくれます。


「見つかりそうなのか?」

「分かりません。出発までに見つかるといいのですが……」

「最近様子がおかしかったからね」

「はい。私もそれで気になって……」


 こそこそと話していると、側で聞いていたメルディナが嘲笑を浮かべます。

 私をちらりと見て鼻で笑ってきました。


「あの勇者の子どももあなたに嫌気がさしたんじゃなくて?」

「あなたには関係ありません」


 イラッときて私も冷たく言い返す。

 そんな私の態度にメルディナもカチンときたのか、ぎろりっと睨んできました。


「まったくお兄様も趣味が悪いわ。こんな人間の男を妃にするなんて、何を考えているのかしら」

「嫌味くらい隠れて言ったらどうです? 不快の感情を隠せないなんて情けないことです。ああでも、ワガママなお子様には難しかったかもしれませんね」

「あら、あなたも隠し切れていなくてよ?」

「とんでもない。あなたのことはハウストの大事な妹姫だと思っていますよ? 私の義妹になるわけですし」

「義妹ですって? わたくしが? 人間風情のあなたの? 冗談じゃありませんわ。あまり調子に乗らない方がよくてよ。お兄様だってきっと目を覚まされますわ」

「どんな妄想をしているか知りませんが、その妄想は妄想のままで終わりますのであしからず。せいぜい一人で楽しんでいなさい、妄想を」

「ッ、ただの人間のくせにっ……!」


 小憎たらしいメルディナに、フフンと私も鼻で笑ってあげます。

 最初の頃はメルディナに散々嫌味を言われていた私ですが、いつまでも黙って聞いてあげるほどお人好しではありません。

 そう、重度のブラコンであるメルディナとは初対面の時から反発し合っていました。しかも婚約してから更に悪化の一途を辿っています。もちろんハウストの前では互いに隠していますが。

 ……本当はこんなふうにいがみ合っている場合ではないのは分かっています。

 ハウストと幸せに暮らしていくためにもメルディナとは円満な関係を築かなければなりません。分かっています。分かっています、が。


「身分の違いも分からないなんて、恥知らずな方ですこと。羨ましいくらいの厚顔無恥ですわ」

「どういう意味ですっ。もう一度言ってみなさい!」

「何度でも言ってやりますわよ!!」


「や、やめたまえ君たち!」フェリクトールが慌てて私とメルディナの間に入ってきました。

 今にも掴み合いそうだったのが遮られ、フェリクトール越しにメルディナと睨みあいます。


「落ち着きたまえ。まったく二人して恥ずかしいとは思わないのかね」


 呆れた様子のフェリクトールにはっとする。

 気が付けば周りの将校や大臣も何ごとかと私たちを見ていました。


「も、申し訳ありませんっ」

「あらフェリクトール。あなたは人間の肩を持ちますの?」

「私は一般常識の話しをしている」

「くっ、それは申し訳ありませんこと」


 メルディナはツンとした口調で言うとそっぽ向いてしまいました。

 素直に謝ればいいものを、そういうところが子どもなのですよ。

 とりあえず私は自分を棚に上げて内心呆れました。でも彼女の存在が、今後のハウストと私の関係に大きく関わっていることも分かっています。

 今、この城で魔王ハウストと普通の人間である私の結婚を認めている者は少数です。フェリクトールをはじめ、幾人かの女官や侍女なども認めてくれています。

 大臣や将校などの高官たちは中立といったところでしょうか。彼らは魔王ハウストに異を唱える気はないので、問題がなければ認めるというスタンスです。

 そもそも三界の王は存在が別格なのです。その一人である魔王に異を唱えられるのは、同じ三界の王である精霊王や勇者くらいでした。それに魔王に次ぐ権威であるフェリクトール宰相閣下が認めてくれているのも大きいでしょう。

 しかし、それ以外の者達。特にメルディナの息がかかった者達は大反対しているのです。

 ハウストの心証を気にして表立って反対の声を上げることはありませんが、私に対してはチクチクチクチクチクチクチクチクと嫌味を……。明らかな宣戦布告なので受けて立ってあげています。もちろんハウストには内緒ですよ、これは私に売られた喧嘩なので私が買うまで。

 間もなくして衛兵が魔王ハウストの訪れを報せます。

 玉座の間の扉が開かれ、ハウストが姿を見せました。

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