一ノ環・婚礼を控えて9

「イ、イスラ?! どうしてそんな所にいるんですか!」


 呆気なく見つかったイスラに呆然とするも、イスラは興奮したように馬車の荷台からぴょんっと飛び降りてきます。


「ブレイラ、いっしょ?! オレもいっしょ?!」

「え、あの、ちょっと、イスラ? ちょっと待ってくださいっ。ええっ?!」

「いっしょ?! オレもブレイラといっしょにおでかけ?!」


 興奮した勢いでイスラが聞いてきます。

 あまりの勢いに私は何がなんだか……。イスラが見つかった安堵と、今までの心配が怒りに変わっていくのに、イスラの勢いに負けて空振りです。


「イスラ、落ち着いてください。そうですよ、あなたも一緒に西都へお出掛けです」

「ほ、ほんとか? ほんとに、オレも、いっしょにおでかけ……!」


 イスラが感激してじわりと涙を滲ませました。

 ますます訳が分かりません。普段は表情の変化に乏しい無愛想な子なのに……。

 私は膝をついてイスラと目線を合わせます。


「いったいどうしたのです。当たり前じゃないですか」


 当初からその予定でイスラの荷物も用意したのに、そのイスラが急に隠れてしまって危うく中止になるところだったんです。


「急にいなくなるから心配してたんですよ? どうしてこんな所に隠れていたんですか」

「がんばって、おるすばんしようとおもったけど、いやだったから……」

「お留守番? どうしてイスラが留守番するんですか?」


 首を傾げて聞きました。

 訳が分かりません。不思議に思ってハウストを見ると、彼も首を横に振ります。

 しかしイスラは大きな瞳を涙で潤ませました。そして。


「ブレイラはハウストとけっこんするから、もう、オレとは、おわかれだからっ……!」

「え?」


 おわかれ? 誰が誰とですか……?

 理解が追いつかないでいるとイスラは興奮したまま続けます。


「けっこんはハウストとブレイラで、オレはっ、オレはブレイラとけっこんできないっ。けっこんはふたりだから、オレはひとりになるから、れんしゅうっ……、うぅ」

「ち、ちょっと待ってください! もしかして昨日から言っていた練習というのはっ」

「ひとりのれんしゅうだ……。ブレイラはオレとねるのすきだから、ブレイラもれんしゅうっ」


 れんしゅう、れんしゅう、と繰り返してイスラが唇を噛み締めました。

 でも練習していたのに我慢できなくて馬車の荷台に潜り込み、「オレは、まけたんだ……。うぅっ」とまた瞳に涙を滲ませていたと。

 ああ、そういうことだったんですね……。今まで不思議に思っていたイスラの異変、そのすべての疑問に合点がいきました。

 泣いているイスラに胸が一杯になります。

 ごめんなさい。やはり私の説明が足りなかったようです。親である私が結婚するということが、イスラにとってどういうことか考えも及びませんでした。これは私の落ち度です。イスラに不要な心配をさせてしまいました。


「イスラ、泣かないでください」


 ハンカチでイスラの涙を拭いてあげました。

 涙で赤くなった瞳を見つめて慰めます。


「私がハウストと結婚するので、イスラは一人になると思ったのですか? 結婚は二人でするものですから」

「うん」

「練習していたのも一人で寝る練習だったんですね。私にも、イスラと一緒に寝ない練習をしろ、と」

「うん。ブレイラ、オレとねるのすきだから」


 笑ってしまいそうになりました。でも我慢します。たしかに私はイスラと眠るのが好きですから。


「自分だけ留守番だと思って、馬車に隠れて一緒に行こうとしたんですか?」

「がまん、できなかったんだ。……せっかく、れんしゅうしたのにっ。オレは、オレは……っ」


 イスラが泣きそうな顔で言いました。

 ぎゅっと握り締めた小さな拳。私はその拳を両手で包み、そっと握り締めました。


「そうでしたか、いろいろ頑張ってくれたんですね。ありがとうございます」

「オレは、いいこだから。おるすばん、できるとおもって……。でも、オレもいっしょにおでかけ?」


 イスラがおずおずと見つめてきました。

 私は頷いて笑いかけます。


「そうですよ。今回の西都はイスラも一緒に行くんです。当たり前じゃないですか」

「そうかっ。オレも!」


 イスラの顔がパァッと明るくなりました。

 表情の乏しい子がこんなに嬉しそうな顔をしてくれるなんて珍しい。本気で安心したのですね。


「それともう一つ、イスラにお話ししたいことがあります」

「おはなし……」


 身構えるイスラに苦笑します。

 小さな眉間に小さな皺を作ったイスラに、「難しいお話しじゃありませんよ」と眉間をもみもみしてあげました。


「ハウストと結婚しても、私はイスラとお別れしませんよ」

「ほ、ほんとか?!」

「はい。私とイスラは親子です。親子はお別れしないんですよ。約束したじゃないですか、あなたが大人になって私の元から旅立つまで、ずっと側にいると」

「ブ、ブレイラ~!!」


 イスラがぎゅっと抱きついてきました。

 私も抱き締め返し、いい子いい子と頭を撫でてあげます。


「たくさん不安な思いをさせましたね。ごめんなさい」

「ううん、もうだいじょうぶ」

「これでいつものイスラに元通りですね。私もハウストも心配してたんですよ」


 イスラを抱き締めながらハウストを見上げます。

 目が合うとハウストが優しく笑んでくれました。

 ああ、そうです。イスラにもう一つ大事なことを伝えなければ。


「イスラ、もう一つ聞いてください。私とハウストが結婚するとイスラにも嬉しいことがあるんですよ?」

「えっ、オレにも?」


 イスラがパッと顔をあげました。

 期待でワクワクした面持ちになったイスラに、とっておきのお知らせです。


「ハウストもイスラの親になってくれるのです。あなたの親が増えるんですよ」

「えっ……」


 驚きすぎて言葉も出ないようです。

 当然ですよね。今まで親は私一人だけで、イスラには寂しい思いや辛い思いをさせました。でもハウストが親になってくれれば心強いです。

 ハウストは魔王でイスラが勇者なのでいろいろ複雑ではありますが、今まで問題なかったので大丈夫でしょう。

 それにハウストはイスラを息子のように思ってくれていますし、イスラもハウストを嫌っている様子はありません。それどころか抱っこされると喜んだりしていました。


「ハウストも……オレの? ブレイラだけじゃ、なくなる?」


 嬉しすぎてまだ驚いているんですね。

 そうですよね、私もハウストが結婚の約束をしてくれて、イスラを息子のように思ってくれていると知った時は驚きました。でもとても嬉しかったんです。


「良かったですね。ね、イスラ?」


 ね? と笑いかけると、イスラがハッとした顔になりました。


「う、うんっ。わーい。や、やったー、やったー」


 イスラはとっても嬉しいようです。その気持ち、よく分かりますよ。

 さて、これでイスラの誤解も解けて憂いが晴れました。心置きなく三人で視察旅行へ行けますね。魔界で遠出をするのは初めてなので楽しみにしていたんです。


「さあ、行きましょう」

 馬車の扉が開かれて中に乗りこみました。

 でもハウストとイスラがなかなか馬車に入ってきません。

 外を見ると、イスラはぎこちない顔でハウストを見上げ、ハウストは複雑な表情でイスラを見ています。

 親子だということを意識して緊張しているのかもしれません。

 私もイスラの親になると決心した時のことを昨日のように覚えています。親子になるってそういうことですよね。


「何してるんですか。早く行きましょう」


 声をかけると二人はハッとして、ようやく馬車に乗りこんでくれました。

 こうして無事に全員揃い、王旗を掲げた馬車を中心にして長い隊列が動きだす。私たちは予定通り西都への旅路についたのでした。





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