十五ノ環・環の婚礼4


◆◆◆◆◆◆


「……魔王に冥王を紹介すると、母君はそう言ったのか?」

「…………そうだ」

「で、魔王は何も言えずに紹介されることになったと、そういうことだな」

「…………いい子、らしいぞ」


 苦し紛れに答えたハウストに、フェルベオは盛大にため息をついた。

 今夜もハウストとフェルベオは焚火を囲んで現状報告をしあっていたのだ。

「……なにがいい子だ」とぶつぶつ言いながらフェルベオが負傷した体を自分で治療する。

 今日もフェルベオはゼロスとブレイラを引き離すために戦っていた。

 三界の王である精霊王が負傷するレベルの戦闘である。体力も魔力も消耗し、一瞬でも気を抜けば死に繋がるような戦闘だった。

 命がけで戦っていたというのに……とフェルベオはハウストをじろりと睨む。

 もちろん一方的に負傷したわけではないが、肝心の魔王の方はいちゃついていたというのだから睨みたくもなるものだ。


「母君は記憶が戻りそうなのか?」

「いや、やはり記憶は戻らない。ブレイラの力だけでゼロスの魔力を解くのは不可能だろう」

「やはりか。今でこそ閉じた世界の冥王だが、かつては僕たちと同格の王だった。力だけなら今もだ。そんな男にかけられたものを普通の人間である母君が解くのは難しい」

「……だが、方法がないわけじゃない」

「方法?」

「ああ。しかし今それをすれば魔界を危機に陥れかねない」

「……まさか、環の指輪か」

「そうだ。俺の力が入ればゼロスの力をブレイラから排除することができる筈だ」


 ブレイラを取り戻す考えうる方法はこの一つだった。

 だが、それは現状において世界を危うくするものである。

 平常時ならば王妃を迎えた祝い事となるが、ここは冥界である。しかも命懸けの戦闘がいつ始まるか分からない場所だ。この場で魔王が力の一部を損なうのは危険なことでもあった。


「名案だと言ってやりたいが……」

「言いたいことは分かっている」

「……まあいい、好きにしろ。それ以上は魔界で解決することだ。せいぜい高みの見物をしてやる」

「ふんっ、なにが高みの見物だ。この問題は子どもにはまだ早い」

「僕を子ども扱いとは面白くないぞ」


 フェルベオは睨んで言い返したが、「子どもといえば」と話題を切り替える。


「ジェノキスと会った。奴は勇者殿と合流しているようだ。この場所も母君のこともジェノキスには伝えたが、勇者殿には知らせないように口止めしている」

「賢明だな。今のブレイラは会わせられない」


 フェルベオも重く頷く。

 イスラにとってブレイラは特別だ。卵から誕生した勇者にとって、卵の時からずっと側にいたのはブレイラだけだ。たった一人の身内であり、母と慕う相手である。

 そんなブレイラがイスラを忘れ、ゼロスを自分の子どもと思っている姿はとてもではないが見せられない。想像もできないほどの強い衝撃を与えることだろう。


「ラマダのことだが途中で逃げられたそうだ。拘束できれば良かったんだがな」

「精霊界最強が何をしている」

「まったくだ」


 言いたい放題の二人だったが、ラマダの動向は今後の冥界の始末に大きく左右することだった。

 フェルベオはラマダを逃がしたジェノキスに舌打ちする。


「ジェノキスめ……。仕方ない、待つしかないな。必ず冥王の側に現われる筈だ。あの女は決して冥王を裏切らない」

「ああ、裏切れるはずがない。他にヘルメスという人間を冥界で確認している。六ノ国を裏切り、裏で冥界と繋がっていた男だ」

「とんでもない人間がいたものだな。もはや一国への裏切りではない。人間界そのものを裏切ったといっても過言じゃない」


 フェルベオは腹立たし気に吐き捨てた。

 明朗で潔癖な美少年王にとって裏切りは万死に値する行為だ。


「ヘルメスの動きも気になるが、それより今は」

「ああ、冥王だ。今夜、冥王は母君から魔王が接触していることを聞かされるだろう。だとしたら動くのは明日か」

「――――いや、どうやら今夜のようだ」


 ハウストがゆっくりと顔をあげる。

 正面に座っていたフェルベオも背後を振り返って眉を上げた。

 そこにいたのは冥王ゼロスだったのだ。


「めいかいから、でていけ」


 ゼロスがそう言った、次の瞬間。

 ピカリッ!!

 眩い光が放たれた。

 ハウストとフェルベオは咄嗟に防御魔法を展開する。

 光が収まると周囲一帯の木々が根こそぎ消滅していた。


「手荒な挨拶だ」

「話しが違うじゃないか。いい子、という話しはどこへいった?」

「ブレイラがいい子だと言っていた。それならいい子なのだろう、たぶん」


 ハウストはそう言って消滅した周囲を見回す。

 大規模な攻撃に舌打ちした。今はあまり派手な戦闘はしたくないというのが本音である。

 だが今のゼロスは爛々とした目でハウストを睨んでいた。

 その怒りに苦笑する。やはりゼロスは魔王がブレイラに接触したことを知ったのだ。


「俺が邪魔で仕方ないという顔をしているな。ブレイラから聞いたか?」

「うるさい。さっさときえろ」


 ゼロスは言うと魔力を高める。

 高まる魔力に山がざわめき、川の水が逆流する。

 夜空は渦を巻き、大地は低く鳴りだした。

 だが、それにハウストとフェルベオが臆することはない。


「僕に戦わせろと言いたいところだが」

「悪いが俺が始末をつける。できればこの場ですべて終わらせたい」


 ハウストも自身の防御魔法を解くと魔力を集中する。

 そして始まったのは、魔王と冥王の力の衝突だった。





 ゴゴゴゴゴッ!

 低い地鳴りが響き、イスラがぴくりと反応した。

 訝しげに首を傾げる。


「ごごご、てなってるぞ。あっちからだ」


 あっち、と指指してイスラがジェノキスを見上げた。

 その子どもの眼差しにジェノキスは居心地悪そうに目を逸らす。

 イスラが指指した方向からあり得ないレベルの魔力が立ち昇っている。

 なにが起こっているかなんて分かりきっていた。そしてそこにイスラを近づけるべきではないことも。


「……うーん、そうだね。でも、わざわざ行かなくてもいいんじゃないか? ほら、そろそろ眠いだろ。子どもはおねむの時間だ」

「ねむくない。ひとりでねてろ」

「うわっ、可愛くねぇな」

「ふんっ、オレはさきにいくぞ。ブレイラがいるかもしれない」


 そう思うとイスラはいても立ってもいられなかった。

 イスラはジェノキスを置いて勝手に駆け出していく。


「あ、コラッ! 待て!」

「いやだ! きっとブレイラがいるんだ!」

「たくっ、これだからお子様はっ!」


 ジェノキスは舌打ちするとイスラを追いかける。

 願わくば、その場にブレイラがいないことを祈るだけだ。

 しばらくして、ジェノキスとイスラはぽっかりと空いた空間に出た。

 木々が鬱蒼と生い茂る山中で、突如現われたこの空間。山の木々が消滅していたのだ。

 そして、その空間の中心には二つの人影があった。


「ハウストだっ……」


 思わぬ光景が広がっていてイスラは驚きに目を丸める。

 ブレイラがいると思ったのに、そこにいたのはハウストで、見知らぬ子どもと戦っていたのである。

 二人の戦闘は地上から上空にまで及ぶ凄まじいもので、力が衝突するたびに大気が震撼し、衝撃波が周囲一帯を襲う。

 だがここにいるのは戦闘中の二人と同格の勇者である。戦闘余波の衝撃波くらいでは動じない。


「ハウストはなにをしてるんだ。あのこども、だれだ」

「子どもが子どもを子どもって言うなよ。笑えるだろ」

「わらえなくするぞ」

「どこでそんな物騒な言葉覚えてくるんだよ。ブレイラが泣くぞ?」

「うるさい。はやくいえ」


 イスラがムッとして言い返す。

 どうやって説明するかとジェノキスは困ったが、二人を見つけたフェルベオが声を掛けてきた。

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