Ⅵ・船長と幼馴染と7
「怖い顔です。あなた、普段は気難しくて偉そうな癖に、嘘がつけないのですね」
「っ、ブレイラ様に言われたくありません。あなたこそとんだ性悪ですっ」
「言ってくれるじゃないですか」
性悪と言われてカチンときました。
たしかに私も頑固とか面倒とか言われますが、エルマリスよりマシな筈ですよ、絶対。
だって私はハウストに愛していると伝えられます。もしハウストが処刑されることになったら命がけで救いだします。見殺しなんてしません。それが無理なら一緒に死にます。
それも出来ない癖にチクチク嫌味だけ言うなんて、ちょっと甘えてるんじゃないですか? エルマリスがどんなに理性的に振る舞っても、アベルの方が大人に見えますね。
「エルマリス、あなたみたいな方に嫌味を言うのは楽しいですよ。気取ってる癖にとても反応が素直ですから。私としては、散々チクチク嫌味を言われたお返しができて気分がいいくらいです」
「それが目的ですかっ?」
私を睨む目が悔しそうに歪んでいます。
内心の激情を隠し切れなくなってきたエルマリスににこりと笑いかける。そろそろ本心を引きだすことにしましょう。激情に流されだした今ならきっと聞けるはずです。
「もちろん。そして本題の方はこれからですよ。教えなさい、あなたとアベルの関係を。まったく知らない相手というわけありませんよね?」
「っ、それは……」
「ここまできて隠せるなんて思ってませんよね? 最初は一介の海賊の船長と執政補佐官に繋がりがあるなんて信じられませんでしたが、あなたを知れば知るほどもしかしてという思いは確信に変わっていきました。理性的で聡明なあなたが、ここまで取り乱すほどの相手なんですから」
エルマリスは唇を噛み締めて怖いほどの顔で私を睨みつけます。
私も睨み返したいところですが、今は睨み返しません。
だって今日は処刑の日。あと半日でアベルや海賊たちは処刑されるのです。
今はいがみ合っている時間も惜しいのです。そして何より、私とエルマリスの目的は同じはずです。
「あなた、私が嫌いですよね? 大丈夫、私もあなたが好きではありません。でも今、私とあなたは運命を共にするべき時です」
「ブレイラ様と運命を……?」
「そうです。そして目的も一緒のはずです」
アベルの処刑を阻止したい。エルマリスもそう願っているはずなのです。
真っ直ぐ見つめる私にエルマリスは目を逸らしました。
俯いて拳を握りしめ、勇気の一歩を踏み出すべきか迷っている。
「……魔王様のお怒りに触れてしまいます」
「覚悟の上です」
きっぱり答えた私にエルマリスは目を見張りました。でも次には呆れたような、でも観念したようなため息をつく。
「……ブレイラ様は、やはり寵姫の立場に似合わぬお方です。魔王様もさぞかし手を焼いていることでしょう」
「喧嘩売ってるんですか?」
「まさか、喧嘩相手くらい選びます。……と言いたいところですが、今回ばかりは国を、いえ、もしかしたら三界の王にさえ喧嘩を売ることになるかもしれませんね」
「エルマリス、あなたっ」
「ブレイラ様のお言葉、身に余る光栄でございます」
恭しくお辞儀されました。
しかし顔には共犯者の笑みが浮かんでいて、私は思わず笑ってしまいます。
「はい、よろしく頼みますね」
こうして私とエルマリスが手を組むことになりました。
この国の執政補佐官が味方になるのはとても心強いです。
「ではさっきの続きですが、あなたとアベルの関係はなんなんですか? どれだけ考えても海賊と執政補佐官に接点が見当たらないんです」
そう問うとエルマリスは少しだけ迷ったようですが、「もう隠せませんね」と諦めて話しだす。
「海賊の船長アベルは、……いえ、アベル様はモルカナの正当な王位継承者、モルカナ王になるお方です」
「モルカナの……王様っ? アベルがですか?!」
驚きました。
アベルが王様?! モルカナの王様?! 嘘でしょうっ、だってあれ、どこからどう見ても海賊でしたよ?! しかも生意気で粗野で乱暴な!!
しかしエルマリスが嘘をつく理由はありません。それに、エルマリスとアベルの繋がりにも納得がいきます。
「信じ難いことかもしれませんが、海賊の船長アベルは先代王と前の王妃様の間にお生まれになった嫡男です」
「前の王妃様? ということは今の王妃様ではないんですよね、なんだか複雑ですね……」
「アベル様は前の王妃様の王子です。しかし前の王妃様はアベル様が幼い頃に亡くなり、その後、後妻として今の王妃様がお城に入りました。後妻の王妃様は第二王子をお生みになっても、アベル様を本当の子どものように可愛がられました。誰もがこのままアベル様が王位を継ぐものだと考えていましたが……」
エルマリスはそこで言葉を切ると、なんとも複雑な顔になりました。
「五年前、先代王が崩御してからこの国は変わりました。王妃様はアベル様でなく、ご自分の生んだ王子に王位を継がせたい気持ちを隠さなくなり、アベル様を追い詰めていったのです。アベル様は信じていた王妃様に裏切られ、城を出て海賊になり、今のようなことになってしまいました」
「……そういう事ですか、あのアベルが。辛かったでしょうね」
五年前というとアベルはまだ十歳を超えたくらいの年齢ではないでしょうか。
そんな幼い子どもが信じていた大人に裏切られ、大海原に一人で旅立ったのかと思うと胸が締め付けられました。
切なさに視線が落ちましたが、ふとあることを思い出して、やはりアベルは孤独ではなかったと思い直します。
「でもあなたは、アベルが城を出た後も連絡を取り合っていたのではないですか?」
「それは、そのっ……」
「隠さなくていいですよ。アベルが持つ情報の中には、一部の王族や権力者しか知らないようなものもありました。ずっと不思議に思っていたのですが、これで納得できました」
「……申し訳ありませんでした」
「何を謝るんです。アベルが孤独でなかったと知れて安心しました。まさかアベルにあなたのような幼馴染がいたなんて」
「お、おお幼馴染?! な、なななに言ってるんですかっ、アベル様は王になられる方で、幼馴染なんてっ……!」
エルマリスが一瞬で真っ赤になってしまいました。
ほんとうになんて分かりやすいのでしょうね。いつもの嫌味な姿とは大違いです。
でもこれでエルマリスがアベルを助け出したい理由は分かりましたが、でも一つ大きな問題があります。エルマリスは執政官の嫡男です。現在、この国は王妃を味方につけた執政官によって治められていると聞いています。ということは、エルマリスの父親にとってアベルの存在は邪魔なんじゃないでしょうか。
「……エルマリス、聞き難いのですが、執政官であるあなたのお父様にとって、アベルは邪魔な存在なんじゃないですか? それなのに……」
「構いません」
エルマリスは僅かに視線を落としながらもきっぱり言い放ちました。
そして、深刻な真実を打ち明けます。
「父上は、国の禁忌を犯した時から……父上ではなくなったのです」
「禁忌?」
「はい。いにしえの怪物クラーケンの封印を解いたのは、王妃様と父上なんですっ……」
「えっ……」
告げられた内容に愕然としました。
クラーケンの封印を解いた……?
クラーケンとともに海に飲み込まれたイスラを思い出して、サァッと血の気が引きました。
あんな怪物を復活させたとは、いったい……。
「そ、それはどういう事ですっ? 復活させたって……。い、意味がわかりませんっ」
恐怖と動揺で全身がカタカタと震えました。
そんな私にエルマリスは苦渋の顔で話しだします。この国が決して許されない禁忌を犯した話しを。
「先代王が崩御されてから、王妃様と結託した父上によって次期国王だったアベル様は失踪してしまわれました。こうして権力を手に入れた父上と王妃様ですが、そんな不安定な情勢は他国からすれば好機です。周辺諸国は王不在のモルカナを狙って政治的にも軍事的にも圧力をかけてきました。そこで、圧力を一掃する巨大な力を欲してしまったのです」
「それがクラーケンだったという訳ですね?! それでクラーケンは今どこにいるんです!!」
「ブ、ブレイラ様、落ち着いてっ」
一変して激しい剣幕で声をあげた私をエルマリスが慌てて宥めます。
でも動揺は収まりません。収まるわけありません。それどころか心臓がどくどくと鳴りだす。だってクラーケンはイスラを連れ去ったのです。
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