エピローグ・勇者のママは今日も魔王様と息子と
先代魔王が消滅して三日が経過し、少しずつ魔界と精霊界に穏やかな日常が戻ってきています。
神の力を行使した勇者イスラによって世界は救われ、私も魔王ハウストと精霊王フェルベオの力によって命を助けられました。
瀕死状態だった私に膨大な魔力を注ぎ、生命の息吹を甦らせてくれたハウストとフェルベオにはどれだけ感謝しても足りません。私の息子である勇者イスラが戦地で孤独にならぬように、魔族と精霊族の協力関係を築いてもらえたことも感謝しています。私に何ができるか分かりませんが、二人にはこれから恩返ししていきたいです。
でも、感謝していても目の前のことは放っておけません。
「ハウスト、イスラ、見つけましたよ!」
魔界の城の庭園で二人の姿を見つけて声を上げました。
私を見た二人はばつが悪そうに手に持っていた剣を下ろす。
「まだ休んでてくださいと言ったはずです! なのに、どうして二人して剣の稽古なんてしてるんですか!?」
「す、すまない。暇だったもので、つい」
「ついじゃありません! まったく、何度言えば分かるんですか!」
「悪かった……」
怒る私をハウストが困ったように宥めようとし、イスラはハウストの後ろに隠れてしまっている。
いつも私を見ると嬉しそうに抱き付いてくるのに、こういう時は引っ込んでしまうのですね。困った子です。
あの戦いでは魔王も精霊王も勇者も膨大な魔力とエネルギーを消費し、三界の王が三人とも寝込んでしまうという非常事態になりました。
三界のバランスを崩す由々しき事態になりかねませんでしたが、戦いが終わった後は三界の王が同時に寝込んだということで逆に心配された事態になることはありませんでした。
むしろ魔王と精霊王と勇者が揃って寝込むという奇異な事態に、フェリクトールなどは「長生きはするもんだね、これは是非後世に残さなければ」と嬉々として記録していたくらいです。
この三界の王たちが完全に回復するには一週間を要するといわれています。もちろんその期間は療養をかねて休養しなければならないのですが……、ああもう、ため息をついてしまう。
「……どうして休んでくれないんですか? あなたも、イスラも……」
「すまない、寝ているだけというのも退屈で。それにもう調子は戻ってきている」
「でも一週間は安静にしているように言われているのに、剣術の稽古なんて」
「大丈夫だ、俺やイスラにとっては丁度いい」
「そうかもしれませんが、心配なんです……。心配してはいけませんか?」
ハウストをじっと見上げました。
お願いですから一週間は安静にしていてほしいのです。せめて、と願って彼を見つめます。
するとハウストは目を泳がせたかと思うと、「ずるいぞ?」と少し拗ねた顔で白旗をあげてくれました。
「降参だ、俺が悪かった。イスラにもよく言い聞かせて、きちんと休もう。約束する」
「ほんとうですか? よかった、ありがとうございます」
ほっと安堵の笑みを浮かべてそう言うと、次はハウストの後ろに隠れているイスラを見ます。
「イスラは?」
「……わかった。やすむ」
「いい子ですね」
手を差し伸べて笑いかけると、隠れていたイスラが飛びだしてきてぎゅっと抱きついてきました。
私はイスラを抱きあげ、「約束ですからね?」と言い聞かせます。
神の力を行使したイスラもハウスト達と同様に休息が必要です。先代魔王との戦いで一時は力を奪われましたが、授けられた神の力を行使して戦い、そして元の勇者の状態に戻ったのです。
寝室に戻った二人は約束通りおとなしく休養してくれました。
でも、イスラに絵本を読み聞かせて眠らせるのを、ハウストが同じベッドで横になりながらじっと見てくるのは少しだけ恥ずかしかったです。
それから一ヶ月が経過し、魔界はいつもの日常を取り戻しました。
先代魔王が残した爪痕は大きなものでしたが、あの戦いを経たことで宿敵関係にあった魔界と精霊界の関係が軟化してきています。
私は政治的なことはよく分かりませんが、魔界や精霊界の重鎮が会議を開いたり、魔王ハウストと精霊王フェルベオが少しずつ親交を深めたりたりしているので、断絶状態だった両世界は少しずつ距離を近づけているのでしょう。
今度ハウストとフェルベオが離島にある海辺の城で会談をするらしく、ハウストが私とイスラも一緒に連れて行ってくれると約束してくれました。もちろん会談に参加するわけではありませんが、イスラと海へ行きたかったので今から楽しみです。
戦いが終わってから私は魔界の城に居候……というのは語弊があるかもしれませんが、イスラと一緒にハウストと暮らしています。勇者イスラは人間の王ですが、国を持たない王なので幼いうちは親の私と一緒に魔界で暮らしてもいいですよね? 悪しき魔王討伐も無事に終わったんですから。
それに、イスラが大人になって私の元から旅立つまで一緒にいると約束しました。
最近のイスラは旅立ちごっこがブームで、一人で城の近くの森へよく遊びに行っています。
私はそれを見送る役目なのですが、寂しいような頼もしいような、少しだけ複雑な気持ちになってしまうのです。
でも、日暮れ前に「ただいま!」と帰ってくるイスラを出迎えるのは大好きです。遠くからでも私を見つけ、「ブレイラ!」と大きく手を振りながら駆け寄ってきてくれます。
そんなイスラを出迎えて、一緒に夕食を食べる時間をとても大切にしています。
「後もう少し煮込んだ方がいいですね」
甘いカボチャのスープを煮込みながらふわふわのパンを焼く。
どれもイスラの大好きなものばかりで、とても楽しみにしてくれている夕食です。
「美味しそうだな」
厨房の入口にハウストが立っていました。
優しい面差しで見つめられ、私の口元も綻ぶ。
「ありがとうございます。でも、こんな所に来ていていいんですか? 今は執務中では?」
「大丈夫だ。ちょっとした休憩だ」
「やっぱり執務中なんじゃないですか」
「固いこと言うな、お前には甘やかされていたい。それに今日はブレイラが食事を作る日だっただろう? 楽しみで我慢できなかったんだ」
「ふふふ、ありがとうございます」
城の食事を預かるコック達と話しあい、一ヶ月に数回だけ私が食事を用意する日を作ってもらいました。
我儘は承知でしたが、どうしてもイスラが大好きだと喜んでくれるスープとパンを作りたかったのです。
「イスラも俺も楽しみにしている」
背後に立ったハウストが私の手元を覗きこみ、穏やかに笑いかけてくれました。
照れ臭いようなくすぐったい気持ちがこみあげてきて顔が熱くなってしまう。
ハウストが精霊界まで私を迎えに来てくれた日から、何度も愛していると言葉を紡がれました。そろそろ慣れたいと思うのですが、今でも夢みたいで足元がふわふわしています。
もしかして夢なのではと思ってしまう度に、ハウストに口付けられて夢ではないと教えられます。それが嬉しくて、教えて欲しくてわざと不安になってみせたりして……、いけませんね、でもハウストは笑って許してくれて、やっぱり優しい口付けをくれるのです。
「ブレイラ」
耳の鼓膜を震わせるような低い声で名を呼ばれ、おずおずと顔を上げました。
目が合うとハウストは優しく双眸を細め、そっと抱き寄せられて顔を近づけられる。
口付けられる甘い予感に私も目を閉じようとしましたが。
「あ!」
視界に映った厨房の時計に驚きました。
「そろそろイスラが帰ってくる時間です! 門まで迎えに行かないと!」
気が付けば日暮れが近づいて、イスラが森から帰ってくる時間です。
私は慌てて厨房を出ようとしましたが、ハッとして振り返る。
そこには怒ったような、拗ねたような、困っているような、そんな複雑な顔をしたハウストがいました。
「あ、あの、ハウスト、すみません……」
「……そうだな。さっきのはなかなかひどいと思うぞ?」
返す言葉もありません。
驚いたとはいえ酷いですよね。それに勿体ないことをしてしまいました。
「まあいい、今さらだ。俺も一緒に門まで行こう」
ハウストはあっさり許してくれましたが、さっさと歩いて行ってしまう彼に少しだけ寂しくなります。
自業自得とはいえ、さっきの口付けはなかったことになってしまったんでしょうか。
少しだけ落ち込んでしまいましたが、ふと「ブレイラ」と呼ばれて顔をあげる。
すると唇にハウストのそれが重ねられました。
じっと見つめ合う口付けは強引に、でも離れる時はとても優しくて、胸が苦しいほど一杯になる。
「ハウスト」
思わず抱きつくと抱きしめ返されました。
彼の力強い腕が当たり前のように私を抱きしめ、口付けてくれます。
不思議ですね。
ハウストやイスラに出会うまで、私はずっと独りだと思っていました。
独りで生きて死ぬのだと、それが当たり前の摂理だと思っていました。
でも今、とても怖れています。
心の底から怖いと思えるのです。
それはきっと、もう孤独じゃないからですね。
「ブレイラ、イスラを迎えに行こう」
「はい」
彼が私の手を取って優しく微笑む。
それが嬉しくて、私は彼の唇にそっと口付けました。
完結
――――――――
小説を読んでくれてありがとうございました。
ハウストとブレイラがようやく結ばれました。これからはハウストとブレイラとイスラの三人ですね。
いろいろあった三人ですが、まだ続きますので小説を楽しんでいただければ嬉しいです!
フォローや応援をありがとうございます!読んでくれてるんだと実感できました。とても励みになります!!
星やレビューや感想などいただければ嬉しいです!!
次は『勇者のママは海で魔王様と』です。
内容は、ブレイラは魔王ハウストと結ばれて幸せでしたが貧民出身なので身分差に悩む話しです。切ないけど溺愛系で、いろいろあって最後は求婚です。
このまま連載を続けますのでよろしくお願いします。
連載を開始したら近況ノートでお知らせしますね。
すぐに開始できると思うので、ぜひまた読んでください。
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