Ⅵ・船長と幼馴染と3

「ブレイラ様、御召し物の支度ができました。こちらへどうぞ」

「お願いします」


 目隠しの衝立の影に立たされ、手伝われながら用意された本日のローブに着替えます。

 慣れた手付きで着せられたそれは、まるで若葉のような淡い緑のローブでした。手触りもサラサラとして心地良く、一級品の生地で一流の職人によって織られたものだと一目で分かります。とても素敵なローブですね。


「お着替え終わりました」

「このローブ、とても綺麗ですね。まるで芽吹いたばかりの若葉のようです。初めて朝陽を浴びた若葉はきっとこんな色をしているでしょう」

「ブレイラ様に大変お似合いです」

「ありがとう」


 礼を言うと、ローブを緩く抓んでくるりと回って見せました。長い裾がふわりと優雅に広がって、その仕立てに満足した笑みを浮かべます。

 でも、ふっと困ったような表情を作ってみせる。


「このローブはとても素敵ですが、今日は若葉の気分ではないのです」

「えっ?」


 侍女がはっとした顔で私を見つめました。

 その顔に優しく微笑みかけます。


「今日は若葉ではなく、朝露に濡れる真紅の薔薇のような気分です。多少時間をかけていただいても構いませんので、私の納得のいく真紅のローブを何着か見繕ってきてください」

「で、ですが」

「今日は赤の気分なんです。お願いしますね?」


 もちろん逆らうことは許しません、とばかりに笑みを深くしました。

 するとエルマリスが侍女に目配せし、「畏まりました」と侍女は退室してくれました。これで二人、次は三人目ですね。

 部屋のテーブルに朝食が用意されました。

 椅子に着席してさっそく朝食をいただきます。

 明らかに昨日までと様子が違う私に侍女たちが緊張しているのが分かります。それに申し訳なさを覚えましたが、ごめんなさい、もう私は決めたのです。


「今日の朝食もおいしいですね。特にこの果実の砂糖煮は絶品です」

「菓子作りを専門にしているコックが手がけましたので」

「そうですか。そういえば昨日のデザートもとても美味しかったですよ。今日の昼食のデザートはなんでしょうか?」

「ラズベリーのババロアでございます」

「それは美味しそうですね、楽しみです。でもラズベリーのババロアも良いですが、異国のフルーツやお菓子もいただきたいですね。この国の港にはいろんな国の貿易船が立ち寄るようですし、是非なにか見繕ってきてください。深くて濃い味わいの紅茶と相性の良いものでお願いしますね」

「そ、そんな急に」


 この侍女は私のワガママに難色を隠し切れないようですね。

 でもそんなの問題ではありません。


「無理でしたか? ハウストから、あなた方はとても優秀な侍女たちだと聞いていたのですが……」

「ま、魔王様がっ、魔王様がそうおっしゃられていたんですか?!」

「はい、ハウストから聞きました」

「た、たた大変名誉なことでございます! ブレイラ様のご期待に副うようなフルーツやお菓子をお昼までにご用意してみせますので!」

「はい、よろしくお願いします。期待していますね」


 侍女は張り切って退室してくれました。これで三人、次は四人目ですね。

 さて四人目ですが、ここからは殊更趣味の悪い方へ趣向を変えてみましょうか。

 私はおもむろに立ち上がり、窓辺へ行きます。そして美しい街並みを見下ろしました。


「ここは見晴らしの良い部屋ですね。空も海もよく見えます。美しい港の街並みも。とても活気のある良い街ですね。でも、困りました」


 困りましたという私の一言に、侍女の一人が落ち着かなくなる。ワガママの予感を察したのでしょう。

 ゆっくり振り返り、落ち着かなげな侍女ににこりと笑いかけました。


「あなたも、広場がよく見えないと思いませんか?」

「え?」

「困るんです。だって、明日は海賊が処刑される日ですから」


 処刑。その言葉に部屋の空気ががらりと変わりました。特にエルマリスが一気に張り詰める。

 しかし私は気付かない振りをして続けます。とても愉快そうな笑みすら浮かべて。


「せっかくですから処刑を見学しようと思ったのに、ここからでは邪魔なものがあってスッキリしないんです。ほら、私の隣にきてよく見てください。あそこにある天幕はなんの為にあるのですか? 見たところ使われていませんよね、片付けていただけると景観が広がって助かります。あ、あそこの広場の端に積み上げた材木もなんとかしてください。それとあっちにある物も」


 細かく指摘する私に侍女の顔が強張っていく。

 ごめんなさい。侍女は顔に笑顔を貼りつけていますが、その下では煮えくり返っていますよね。許してくださいね。


「か、畏まりました。すぐに現場の者に命令を」

「それもいいですが、あなたも直に指示をしてきてください」

「わ、わたくしもですか?!」

「はい。この窓からの景観を整えてほしいだけなんです。それはここからの景色を知っている者しか出来ないではないですか」

「それはそうですが……」

「では決まりですね。よろしくお願いします。昼までに終わらせてほしいので、今から行ってきてください」


 そう言って侍女に笑いかけると観念したように退室してくれました。これで四人、次は五人目です。とうとう侍女は最後の一人になりました。

 私は一人残った侍女に一段と優しく笑いかけます。


「明日は海賊たちがとうとう天に召される日です。私、彼らと縁がなかったわけではないのですよ」

「は、はい……」


 私に話し掛けられている侍女は戸惑いながらも返事をしてくれます。

 昨日とはまったく違う状況に付いていけていないのですね。本当にごめんなさい。でも続けますね。


「相手は海賊とはいえ、私も悲しくないわけではありません。そこで、明日は一日喪に服そうと思うんです。あなたにお願いしたいのですが、明日の喪服を幾つか見繕ってきていただけませんか? とびきりの喪服を選んできてくださいね。そうですね、新月の夜のような、それでいて月を映した海のような、神秘的で美しい喪服を、できればたくさん選んできてください。昼までにお願いしますね」

「はい、畏まりました……」


 侍女は私のワガママに早々に諦めたのか、すぐに退室してくれました。

 さあ、これでしばらく侍女たちは帰ってきません。ここからです。さて、まずは殊更傲慢に、嫌味たっぷりに、絵本に出てくる悪い魔女のように振る舞ってあげましょう。

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