Ⅰ・初めての海と会談と3
その夜。
イスラを寝かしつけた後、ハウストの寝室に向かいました。
ノックすると中から扉が開かれます。
「早かったな」
ハウストに出迎えられて私の頬が仄かに熱くなる。
待っていたとばかりに手を引かれ、背後でパタンッと扉が閉じました。
その音はこれからの時間を予感させて、胸が甘く高鳴ってしまう。
「イスラは疲れていたみたいで、ベッドに入るとすぐに眠っていきました」
「海で遊んで疲れたんだろう」
「はい、初めての海ではしゃいでましたから」
昼間は三人で海岸を散歩し、洞窟の探索までしました。
小さな洞窟でしたがイスラにとってはハラハラドキドキの冒険だったようです。
「お前は?」
「ん?」
「お前は疲れていないか? はしゃぎすぎて」
顔を覗きこまれて楽しげに聞かれました。
からかう口調にムッとしてしまいます。
「子ども扱いしないでくださいっ」
私にとっても初めての海でしたが、分別できなくなるほどはしゃいだつもりはありません。
不機嫌になった私にハウストは声を上げて笑いました。
「ハハハッ、それは悪かった。では大人扱いするとしよう」
ハウストに手を引かれます。
このままベッドに連れて行かれるのではとドキドキしましたが、あっさりベッドを通りすぎました。
予想外のことに驚く私を、ハウストは寝室から海が臨めるバルコニーへ連れ出して二人掛けのチェアに座らせました。
「期待が外れたか?」
「ハウストっ!」
真っ赤になって声を上げるとハウストは口元だけで笑い、怒るなと頬に宥めるような口付けをされました。
「もちろん俺もそのつもりだが、その前に少しだけ付き合ってくれ」
ハウストはそう言うと古い酒瓶を開けてグラスに注ぎました。
深い琥珀色の液体が入ったグラスを手渡され、ハウストも同じのを持って隣に座る。
くんっと匂いを嗅ぐとやっぱりお酒です。
「ハウスト、お気持ちはありがたいのですが、私はお酒をあまり嗜みません……」
「飲めないわけではないだろう?」
「はい。でも今まであまり飲んだことがないんです」
お酒は値の張る嗜好品なので気軽に飲めるものではなく、今まで数えるほどしか飲んだことがありません。
それにお酒は良薬だといいますが、慣れない者が飲むと酔って前後不覚になることもあるそうです。もしハウストの前で恥ずかしい失敗をしてしまったらと思うと、及び腰になってしまいます。
「そうか、それなら無理しなくていい。だが隣にいてくれ。この土地の古酒を飲むのは俺も初めてだからな」
「えっ、ハウストも初めてなんですか?」
「ああ、この土地の古酒の評判は聞いていたが、なかなか機会に恵まれなかったんだ」
驚きました。ハウストにも初めてのことがあったなんて。
ハウストは慣れた仕種で古酒の芳香を嗅ぎ、「香りは悪くないな」と感心しています。
「ワインのような味わいだと聞いているが、どんな味か分からない。でももし好みに合わなくても、お前と飲むなら楽しい思い出になる」
そう言ってハウストはグラスに口をつけようとし、「待ってくださいっ」と私は慌てて止めました。
「やっぱり、私も一緒に頂きます」
「無理しなくていいぞ?」
「いえ、無理してません。私も飲みたいです」
嬉しかったんです。
彼が初めてのことを私と一緒にしようとしてくれた。
どんなささやかな事でも一緒にと思ってくれたことが、胸が一杯になるほど嬉しいのです。
「いただきましょう」
「ああ」
互いに見つめ合ったままグラスを掲げ、初めての古酒を一口飲む。
「……おいしい。とても飲みやすいです」
まるで芳醇な果実のような味わいでした。
何かと比べられるほどお酒を飲んだ経験はありませんが、それでも今まで飲んだどのお酒よりも美味しいと思えます。
飲みなれないアルコールなのに、もう一口、もう一口、とグラスを傾けてしまう。
とても飲みやすくて美味しいんです。琥珀のお酒が舌を転がるように喉へ滑り落ち、お腹の奥にじんっと熱が灯る。とても心地良い気分になります。
隣にハウストがいるのも、きっとお酒が美味しい理由ですね。
私はグラスを手に、バルコニーから一望できる夜の海を眺める。
昼間の海はキラキラと輝いていたのに、夜の海は吸い込まれそうなほどの闇一色で、月明かりさえ海の底には届きません。
規則正しい波音は星の鼓動。目を閉じて聞いていると、あまりにも雄大な力を感じて悠久の闇に囚われてしまいそうになる。
夜の海って、幻想的で美しいけれど……怖いのですね。
私は臆病なので、もし一人で夜の海を見ていたら怖くなって引き返し、部屋のカーテンを閉じて夜の海を見えなくするでしょう。
でも、今は怖くありません。
ハウストが一緒にいるからですね。一緒にいるから、恐れと背中合わせの美しさを感じることができます。
「ハウスト、ありがとうございます。お酒も、海も」
「俺が連れて来たくて連れてきたんだ。酒もお前と楽しみたかった」
「ふふ、ありがとうございます」
嬉しくなって、隣に座っているハウストの腕に手をかけてそっと凭れかかります。
寄り添った私を彼が少し驚いた顔で見下ろし、見上げた私と目が合いました。
近い距離で目が合って、彼の驚いた顔も素敵で、また嬉しくなって顔が綻んでしまいます。
「あなた、おどろいた顔もすてき、ですね」
彼の逞しい腕にぴたりと頬をくっつけると、もっと距離が近づいて嬉しくなります。
心地良いぬくもりと感触が気持ちよくて、彼の腕に頬をすりすりしてしまう。
「……酔ったか?」
「なんのことですか?」
頬をぴたりとくっつけたまま見上げると、今度は少し困った顔のハウストと目が合いました。
少しの間じっと見つめ合っていると、彼がゆっくりと覆い被さってきます。
口付けの予感がして目を閉じると……、ああやっぱり正解です。彼は口付けてくれました。
「あ、んっ……ん」
啄むような口付けを何度もしながらチェアの背凭れに背中を押し付けられ、肘置きに体を凭れかからされる。
口付けながら彼が私の持っていたグラスを取り上げ、テーブルに置いてしまいました。
美味しい古酒は惜しいけれど、それよりも今は両手でハウストを抱き締める方が大事です。
「ハウスト……」
唇が触れあうほどの近い距離で見つめ合い、名前を呼んで笑いかけました。
するとまた口付けられて、鼻腔をくすぐる微かな古酒の香りに頬が緩む。
「あなたでも、はじめてのことが、あったのですね」
「当たり前だ」
「ふふふ、うれしかったんです。わたし、ほんとうに」
緩んだ頬を元に戻せません。
きっと今の私は浮かれたような恥ずかしい顔をしています。
だって彼が私から僅かに目を逸らして、少し困った顔をしています。怒っている様子はありませんが、こちらを見てくれないと不安になります。
「ハウスト、わたしを……みて、ください」
おねがいです、と彼の輪郭を指先でなぞる。
そうすると手を取られ、手の平に唇を寄せながら彼が私を見下ろしました。
私を見下ろす彼の目は熱を帯びていて少し怖いです。だって、その目は狼が獲物を前にした時の目に似ているんです。
「ハウスト……?」
「ブレイラ、誘ったのはお前だ」
耳の鼓膜を震わすような低い声。
握られていた手が引っ張られ、抵抗できぬままハウストの膝の上に跨らされました。
正面から抱き合うような体勢になり、近くなった彼との距離に胸が高鳴ります。
彼の肩に手を置いて口付けを待つ。でも。
「あっ、ハウストっ……」
跨っていたハウストの片膝があやしく動き、股の間をとんとんと刺激されました。
後孔がある箇所をノックするような刺激に顔が真っ赤になってしまう。
思わず身を引こうとしても腕を引き寄せられ、今度は私の股の間を擦るように片膝を動かすのです。
「な、なにするんですかっ。あっ……、ぅ」
「お前だってそのつもりだっただろう」
「だからってっ……、んッ」
大きな刺激ではないものの、体の熱を高めるような行為に腰がぴくりと反応してしまう。
甘い熱が体の中心に灯り、堪らずに目の前にあるハウストの頭を抱き締めました。
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