Ⅰ・初めての海と会談と4


「まって、くだ……さい、……ッ」

「この状況で待てと言われて待てる男なんて三界中を探してもいないぞ?」


 ハウストの鼻先が私の首筋をくすぐり、柔らかな部分を口付けられて吸われました。

 股の間をやわやわと刺激されながら、首筋には羽のような愛撫をされる。

 不思議な感覚です。くすぐったいのに気持ちよくてクスクスと笑ってしまいます。


「ふふふ、くすぐったいです」

「それじゃあ気持ち良くしてやろう」


 最初は戯れのようだった愛撫がどんどん意図を持ち始めます。

 背筋にゾクゾクとした甘い痺れが走って、私は抱き締めていたハウストの顔を覗きこみました。

 目が合ってドキリと胸が高鳴る。だって、あまりに近い距離にハウストの端麗な容貌があるんです。彫刻のように美しいのに、雄々しさと精悍さが備わっていて、とても素敵なお顔ですね。


「ハウスト、あなた、すてきなお顔ですね」

「唐突だな」

「いつも、おもっています」


 まるで作り物のように美しいのは魔族だからでしょうか。とても人間離れしているんです。

 それに鍛えられた体躯は鋼のような筋肉に覆われて、偉丈夫でありながら完璧な造形美。

 きっと三界中の女性が心を奪われるに違いありません。でも彼は私だけの恋人。


「ハウスト……」


 彼の厚い胸板に両手を置き、体をそっと寄せました。

 すると彼の逞しい腕に抱き締められて、心地良さに瞼が重くなってきます。


「ブレイラ」

「なんでしょうか」

「寝るのはまだ早いぞ?」

「まだねませんよ?」

「だいぶ酔ってるようだが」

「よってませんよ?」

「…………信じるからな?」


 ハウストはそう言うと私の腰を抱いて唇に口付けました。

 夜着の長い裾がするすると捲られていき、太腿が夜の空気に晒されます。

 剥き出しの太腿をハウストの大きな手に撫でられ、背筋に甘い痺れが走りました。

 でも、その手はいじわるです。太腿を撫でるだけで、熱が籠もった場所を触ってくれません。

 甘くむず痒い感覚に下肢がむずむずして、太腿を撫でるハウストの手に手を重ねました。


「どうした?」

「……どうしたじゃありません」


 わかるでしょう? 目だけで訴える。

 しかしハウストはひどいことをします。分かっている癖に気付かない振りをするんです。


「さあ、分からないな。ちゃんと言ってくれ」

「と、とぼけないでください」

「賢いお前ならおねだりの仕方くらい分かるだろう?」


 ハウストが笑みを浮かべて言いました。

 困ってしまって私はムッとしてしまいます。

 ハウストの笑顔は大好きですが、今のはきらいです。だってとてもいじわるな笑顔です。

 でも、彼に触ってほしい。

 彼に触れられたい気持ちが大きくなって、熱に浮かされたように我慢できなくなってしまうのです。


「……さ、さわって……くだ」


 ――――コンコン。


「魔王様、ブレイラ様、よろしいでしょうか?」


 部屋の扉がノックされ、召使いの女性の声がしました。

 それに続いて聞こえたのが、


「ぶれいら、どこだ……」

「イスラ!」


 イスラの心細そうな声にはっとします。

 ぼんやりしていた感覚が一瞬で覚醒する。ふわふわしていた頭も体もシャキーンッ、としました。


「ハウスト、イスラです。あなたもちゃんとしてくださいっ」

「ブ、ブレイラ?」


 抱き付いていたハウストから離れて手早く乱れていた衣服を直します。

 イスラの声は寝惚けていましたが、とても心細そうな声でした。

 着替えながら扉の向こうに声をかける。


「イスラに何かありましたか?」

「よく眠っていたのですが起きてしまい、ブレイラ様が側にいないので探したいとのことでした」

「ありがとうございます」


 てきぱきと手早く身支度を整えました。

 ハウストはなぜか呆然としていますが、これ以上イスラたちを待たせられません。


「お待たせしました」

「ブレイラ!」


 扉を開けたのと同時にイスラが抱きついてきました。

 寝惚けて足元がふらふらしていますが、私に抱きつく腕は力強いです。


「ブレイラ、どうしてここにいるんだ。オレとねてたのに」

「すみません、ハウストにお話しがあったので」


 イスラの後ろで申し訳なさそうにしている召使いの女性に「ありがとうございます、もう大丈夫ですから」とお礼します。それでも彼女は最後まで申し訳なさそうにしながら立ち去っていきました。ハウストと私の関係は周知とはいえ少し恥ずかしかったです。


「おはなし、おわったのか?」

「……はい、終わりましたよ」

「それなら、もうねるぞ」

「そ、そうですね」


 ハウストと私の夜が流れていきました……。

 ハウストを振り返ると、仕方ないなと苦笑しています。彼も夜が流れたことを察してくれました。


「すみません、ハウスト。では、私とイスラは部屋に戻りますので」

「待て、戻らなくてもいい。せっかくここまで来たんだ。イスラもここで寝ていけ」

「ありがとうございます!」


 私は抱き付いたまま寝惚けているイスラを抱き上げました。

 重たい瞼をこすっているイスラの顔を覗き込む。


「今夜は三人で寝ましょうか」

「さんにん?」

「そうです、ハウストと私とイスラです。いいですか?」

「うん!」

「お利口ですね」


 イスラの小さな体をハウストの大きなベッドに寝かせます。

 ハウストのベッドは大人が五人でも眠れるほど大きいので助かります。


「おやすみなさい、イスラ」


 おやすみなさいの口付けを額に落とすと、イスラは照れ臭そうに肩を竦めます。

 それが可愛くていい子いい子と頭を撫でました。


「おやすみ、ブレイラ」

「はい。明日もいっぱい遊びましょうね」

「うん」


 イスラはうとうとと重い瞼を閉じて直ぐに眠っていきました。

 やっぱり半分寝惚けていた状態だったようです。

 眠っているイスラの頭をいい子いい子と撫でて、もう一度おやすみの口付けをおくりました。

 明日はイスラと海で遊ぶ約束をしているので楽しみです。

 イスラを挟んだ位置にハウストも横になる。


「ハウスト、ありがとうございます」

「構わない。それにイスラがいればお前も朝までいるだろう」

「そうですね」


 小さく笑って頷きました。

 私はハウストと二人きりで朝を迎えたことはありません。

 夜一緒の時間を過ごしても、情事が終わると必ずイスラがいる部屋に戻ります。

 朝まで一緒に過ごす時は今のように三人で一緒に眠る時だけです。

 朝まで二人きりでいたいと思わないわけでもないですが、イスラはまだ幼くて夜一人にすることは躊躇われるのです。それにこうして三人で眠るのも大好きでした。

 三人でベッドに横になり、イスラを挟んでハウストがいるという近い距離が幸せです。


「おやすみ、ブレイラ」


 そう言ってハウストが私の唇におやすみの口付けを落としてくれました。

 照れ臭くて頬が熱くなる。とても嬉しくて、いい夢が見れそうです。


「おやすみなさい、ハウスト」


 私の瞼がうとうとと重くなります。

 睡魔に誘われて意識が落ちていく。

 翳んでいく視界の中で、ハウストがじっと私を見ていました。


「……イスラの声に反応して、酔いが一瞬で覚めたのか……」


 なんとも複雑な顔をして呟きました。

 いったいなんのことかと聞きたかったけれど、睡魔に負けて完全に意識が落ちてしまいました。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る