十ノ環・四大公爵会議1
魔界の中心にある魔王の居城。
私を乗せた馬車が城の正面入口で停車しました。
入口には衛兵や侍従たちが整列して待ってくれています。
馬車の扉が開かれました。
先に降りたコレットの手を借りて降りようとしましたが。
「待て。俺が迎える」
ふと、整列していた侍従たちの後ろから声がしました。ハウストです。
侍従たちが驚きにざわめきます。
当然でした。三界の王である魔王が外に出て来て出迎えるなど滅多なことではありません。
衛兵や侍従たちは慌てて左右に割れて最敬礼しました。
その間をまっすぐハウストが歩いてきます。その堂々たる風格に、私と共に帰ってきたエンベルトとランドルフも畏まって最敬礼する。
ハウストは彼らを一瞥して返しただけで、またすぐに私へと視線を戻す。
馬車にいる私の前までくると手を差し出されました。
ハウストに優しく笑いかけられて彼の手に手を重ねます。
「ただいま戻りました」
「おかえり、ブレイラ」
重ねた手をやんわりと握りしめられて胸が高鳴りました。
げんきんなものですね。人間界に心残りがあるのに、こうしてハウストに会えると嬉しいのです。
ハウストの手を借りて馬車を降りる。
その後に続いてイスラがぴょんっと馬車が飛び降りました。
ハウストは私を隣に置いたままエンベルトとランドルフに改めて向き直ります。
「よく来てくれた」
「招集したのは君だろう」
エンベルトはそう言うと、ハウストの隣にいる私を見て呆れたような顔になる。
「魔王みずから出迎えにくるとは、ずいぶん過保護なことだ」
「そう言うな。俺の妃を俺が迎えるのは当然のことだ」
「妃? どこにいるんだね」
「ここだ」
エンベルトの嫌味もハウストは意に介した様子はありません。
そして私の背に手を当て、穏やかな表情で繰り返す。
「ここだ」
「…………君は会うたびに不遜になっていく。先代も嫌な男だったが、当代は可愛げがない」
エンベルトは苦々しい顔になりました。
その顔にハウストは声を上げて笑いだします。
「ハハハッ、お前の嫌味はフェリクトールと似ている。慣れたんだ」
「私の前で易々と奴の名を出すとは」
「怒るな。それにブレイラのことは後で改めて紹介しよう。明日の四大公爵会議でな」
ハウストはそう言うと、エンベルトとランドルフ、そして他の高官たちを見回す。
「皆、ご苦労だった。今夜はゆっくり休め、明日から働いてもらう」
ハウストはそう言うと私の背中に手を添えて城内に足を向ける。
私は慌ててエンベルトとランドルフにお辞儀すると、イスラと手を繋いでハウストに従いました。
その夜。月が煌々と輝く頃。
私はイスラを寝かしつけた後、ハウストの寝所に来ていました。
ハウストは遅くまで政務があるので一人です。一人でいるといろんなことを考えてしまいます。
混迷する人間界、魔界、精霊界。特に冥界が衝突した人間界は酷い混乱に陥り、疲弊した難民の方々の顔が頭から離れません。
あの方々は今夜どこで眠るのでしょうか。王都シュラプネルの門が開かれ、温かな部屋で眠ることは叶っているでしょうか。そしてゼロは見つかったでしょうか。ゼロが一人で眠っていませんようにと願います。
私は寝所からテラスに出ると、そこから東西南北の位置にみえる四つの迎賓殿を見つめます。
今、魔王の居城には四大公爵が揃っていました。
北迎賓殿には北の大公爵エンベルト、西迎賓殿には西の大公爵ランディと先代のランドルフ、東迎賓殿には東の大公爵、南迎賓殿には南の大公爵、それぞれが滞在していました。
東と南の大公爵にはまだお会いしたことはありませんが、明日の四大公爵会議でいよいよ紹介していただけるのです。
「ブレイラ、何をしている。冷えるぞ?」
背後から声がしました。ハウストです。
振り返る前に、背後から掬われるようにすっぽり抱きしめられました。
大きな温もりに包まれて体の力が抜けていくようです。
背中の彼に凭れかかり、お腹に回された筋肉質の腕に手を乗せる。
「大丈夫ですよ。シュラプネルの寒さに比べれば平気です」
「雪は初めてだったか?」
「はい、銀世界はとても美しかったです。感動しましたよ」
初めて銀世界を見た時はとても驚きました。
書物に書いてあったとおり雪は冷たくて美しいものでした。
「ハウスト、いろいろありがとうございました。あなたに用意していただいた外套はとても暖かかったです」
「それは俺よりもか?」
その言葉とともに私を抱きしめるハウストの腕が強くなる。
私のうなじに唇を寄せられ、その甘い感触に肩を竦めました。
「ふふふ、なに甘えてるんですか」
くすぐったいですよ、と背後のハウストを振り返ります。
すると唇に口付けられました。
近い距離で見つめ合ったまま、触れ合うだけの口付けを何度も落とされます。
「なあブレイラ」
「なんです?」
「怒っているか?」
「…………意味が分かりませんが」
突然の言葉に目をぱちくりさせる。
そもそも口付けを交わしながら聞くことですか?
しかしハウストは真剣だったようで、少し困ったようななんとも言えない顔をしています。
「お前を人間界から呼び戻しただろう。怒っているかと……」
「ハウスト」
ペチンッ。
お腹に回っているハウストの腕を叩きました。
ペチンペチンペチンペチンペチンペチンペチンペチンペチンペチンペチンペチンッ。
なんだかムッとしたので何度も叩いてやります。
「……おい、痛いぞ?」
「痛くありません」
最後にペチンッ。一際小気味いい音を響かせてやりました。
「……まったく、あなたは私をなんだとお思いですか?」
ムッとしてハウストを振り返りました。
目が合い、なんとも言えない空気が漂う。
「……窮屈な思いをさせたんじゃないかと」
「たしかに面白くないこともありましたが、そんなの平気です」
私はハウストをまっすぐ見つめて言葉を続けます。
嘘偽りない私の心を。
「あなたと一緒にいられるなら、箱に閉じ込められても構いませんよ」
彼をじっと見つめて言い放ちました。
こんなことで私がハウストを嫌になると思ったのでしょうか。心外です。
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